見出し画像

大学を休学して旅をしたら「私が私で居られた」のはなぜか。

2024年の最後は、
愛媛県の八幡浜(やわたはま)という地域に滞在して、1ヶ月間、みかんを収穫していました。

見渡す限りの山、海、空。

日の出とともに働いて、
日の入りとともに、1日を終える。

太陽の高さで時間を感じ、
すり抜けていく風で天気を感じながら、
目の前のみかんをひたすらに採る。

木に登って海の向こうまで眺めながら、
みかんの枝をパチンッ。
採れたて3秒、
甘酸っぱいみかんの果汁が、
口の中いっぱいに広がっていく。

いつかやってみたかった、
「自然」と距離の近い生活に、
どっぷり浸かることができた1ヶ月でした。


新しい場所で、新しい人たちだけに囲まれての1ヶ月の生活。それは、休学してから各地を転々と旅して起こった私自身の心の変化を、ぎゅっと凝縮した「プチ体験」でもありました。

おかげで、言葉になるものが沢山ありました。

新しい環境に身を置いてみるって、
やっぱり面白い。

そこで今回は、
新しい環境に転々と身を置くと起こる変化から、これまで感覚的に感じてきたことを、
言葉になおして綴っていきます。

八幡浜で撮ったフィルム写真を添えて。


自分語りが上手くなる。


私を知る人が誰も居ない土地で、
私が何者で、どんな人間なのか、どんなハートを持った人なのかを、言葉と姿で伝えていく。

私を語れるのは、私しかいない場所で、私についての過去の情景を振り返りながら、言葉を紡いでいく。

私が私を感じていく時間の中で、見えてくる私に、言葉を添えて少しずつ掴んでいく作業。

この作業を、休学している間、
幾度となく、繰り返してきました。

私が私を知らないと、私を語ることはできない。しかも、相手は私を1ミリも知らなくて、私も相手のことを1ミリも知らないのに、相手に分かりやすく伝えていく。
自分語りって実はかなり難しいです。

時に、
その土地、あの土地の、
いろんな場所で出会った人たちから、
私を引き出してもらうこともあります。

大学にいるだけでは出会えない、
赤ちゃんから人生の大先輩まで。
みんな、私ではない他人であり、
私ではない別のストーリーを持った人。
出会いが多様なこともあって、色んな言葉が引き出されますし、大事な言葉をもらいます。

はじめまして同士、
意気投合して、
お互いに語り合って、
「そうそう、私ってこんな人」
「この言葉がぴったりだ」
とハッとする瞬間もあります。

自分語りを通して、
私自身の解像度を高めていく。

自分語りを通して、
私自身の言葉にならなかった部分に、
言葉として出会って乾杯。

自分語りを通して、
私を好きになる。 

他者が語る自分に左右されるのではなくて、
自分の言葉で自分を語ることができる強さは、
私の中にある自分軸を強くしたと思います。


自分をチューニングしなくていい。


慣れた場所に居続けると、
その場所において、自分自身が平穏無事でいられるように、環境に適応しようとする「チューニング(調整)」の作業が始まるような気がします。

例えば、学校のコミュニティは、
長期に渡って同じ場所、ほとんど同じ人たちの間で形成されますから、

・先生と児童生徒の立場の構図
・こどもたち同士で起こるパワーバランス
・合う合わないの関係 など、

色んなものから自分自身を守り、快適で居られるための「チューニング」が始まるのではないかと私は考えています。これは、私自身が大学を休学して、「学校」という所属から初めて離れてみて感じたことです。「キャラ」と呼ばれるものは、こういう環境の特性から生まれたものではないでしょうか。「あの人はこういう人だよね」という印象が、このコミュニティの、自分への「固定的な」印象になるということです。

チューニングは、
自分自身の「快適」を守る作業である一方で、やりすぎると、「私が在りたい自分の姿と離れてしまう作業」でもあります。

人は時間とともに変わっていきます。当たり前のことです。出会う人や出会う環境で、いいようにも悪いようにも変わります。

チューニングは、そんな、変わっていくことが当たり前である人間の気質に、逆行するように、
・変化しないようにする
・その環境に一見適応している自分像を守る
・他者が認識している『私』の見え方でいる

そういう性質もあるのではないでしょうか。

それはしんどいことでもあります。

以前、
塾講師のバイトをしていたときに関わっていた生徒が、「私は学校では頭の悪いヤンキーだから、教室で机に座って自主勉強なんてできない。」と話していたことがあります。
受験勉強にようやく火がついて、一生懸命に頑張っている姿が私の前には、ここにハッキリとあるのに、そんな姿を学校の先生や同級生に見せたくない、見られたくない、「馬鹿にされるかもしれない」と感じてしまうのは非常に残念なことでした。

少し話が逸れてしまいましたが、

私は大学を離れて、自分をチューニングする作業が少なくなりました。日々、色々なものに触れ、心の中で起こっている変化を、そのときそのときで在りたい自分として、自然に表現できることが少しずつ増えていきました。笑ったり泣いたり気が抜けたり頑張ったり。ある人に「ももちは、感情がコロコロ変わるのが可愛いね」と言われたのを、素直に嬉しく感じました。

「この場所が私自身にとって唯一無二ではないこと」、他にもたくさんの選択肢があること、いい意味で依存してなくて、依存させられてもなかったことが、チューニングをする必要がなかった大きな理由です。

全国各地を転々として、新しい場所を増やして、居られる場所を増やして、再び帰ってホームが増えていく。

私が私で居られる「ホーム」と呼べる場所を1つと限らず、いくつも持っていることが、私自身を、得意だったチューニング作業から解放しました。

おかげでとても息がしやすくなりました。


ということで、
ここまで綴ってきたお話は、

私が休学して、
全国各地を転々としたら見えてきた
「私が私で居られた理由」について、

でした。

教育学部生である私が休学を始めたのは、

こどもたちが、地域の中で多様な大人に出会い、多くの「人」や「環境」、描きたい「未来」の選択肢を得ていくことの必要性を感じた時に、

その仮説に納得できるくらいの素材を、
私自身が実験台になって集めようとしたのがきっかけです。

詳しくは、このnoteの一番最初に書いた記事(プロフィール記事)をご覧ください。休学を始めた当時の新鮮で荒削りな言葉が残っています。

結果、休学は山あり谷ありでしたが、
苦味も、すべてを含めて楽しい。

休学して、ここまで歩いてきて、
休学して良かったなぁ、と自信を持って言えることが、とても幸せなことです。

突然ぶっ飛んだことを言い出した娘の休学を、
見守ってくれている両親には、
心から感謝しています。

夜明け

ではまた次のnoteで。


大学を休学して旅をしたら「私が私で居られた」のはなぜか。| Ep.19
2025/01/28

いいなと思ったら応援しよう!

ももち 読んでくださりありがとうございます。この記事いいなと感じてくださった方、良ければ応援お待ちしています。1つ1つの記事、言葉が、どこかの誰かに届いていると嬉しいです。