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【映画感想】『スター・ウォーズ マンダロリアン・アンド・グローグー』 最強可愛いキャラ設計にやられる・・・  ~映画のまち調布で、観る・食べる・語る~


※ネタバレあり、写真は『映画.com - 映画のことなら映画.com』より
※約3100字 



はじめに グローグーは最強に可愛いキャラ


いわゆる「普通に面白い」。

観た友人がみんなそう言うので、もうスター・ウォーズシリーズは9作目以降は観る気がなかったのですが、ついふらっと行ってしまいました。
そして完敗しました。グローグーの可愛さに。



仕掛けはわかる でも負ける


グローグーはストレートに可愛いキャラクターではありません。

全体としては爬虫類かネズミっぽいし、色も暗い緑で地味。
顔全体の造形も、よく見るとかなり老人っぽい。
ピカチュウのように「見た瞬間に誰もが可愛い」という類のデザインではありません。

ところが動き出すと、これがずるいくらい可愛い
まず、あの大きな黒目の動き。ワンテンポ遅れてついてくる足取り。ゆっくりと傾く頭。じれったくなるような反応速度。

やろうと思えばいくらでもスムーズに動かせるのに、あえてモタモタとぎこちなく動かす。そのデザインにも狙いすぎなくらいの計算を感じます。



ローブの袖が大きくて手が見えないデザインなのも、女子が可愛く見せるために大きめのトップスを着るのと同じ効果を狙っている気がします。


しゃべらないという設定も、あざとい
『鬼滅の刃』の禰豆子と同じです。守るべき対象キャラを造形する強力な武器になっています。

しゃべらないからこそ、その表情や動きから観客が思い入れを持って深く読み込もうとする。少し悲しげなだけで妙に切ないし、「まだ食べたいんだな」とわかるしぐさには、本気で餌をあげたくなってしまう。

ペットと赤ちゃんの可愛い要素をてんこ盛りです。

食いしん坊という設定も良いですね。食べるものが少し気持ち悪い昆虫系だったりしますが、普通なら引くところなのに、あの無邪気さで全部許されてしまう。




要素を並べると、どれも単体では「可愛い」の決め手になりません。けれど、それらが重なって動き出した瞬間、気づいたら完全にやられている。
ストレートな見た目の可愛さではなく、見れば見るほどじわじわと侵食してくる可愛さ。

分析すればするほど仕掛けが見える。見えているのに負ける

グローグーのキャラクターデザインや設定には、観客を魅了すると同時に、商業的にも息の長いキャラクターにするためのハリウッド映画の実力や凄さを感じます。

パペットだから成長しない。1000年生きる設定なので幼児のまま、可愛いままシリーズを続けられる。



ついでに言うと、マンダロリアンがヘルメットを外さないという設定も、役者が加齢によって交代したとしても違和感なく継続できるという点で優れています。

とか何とか言いながら、あざといことが全部わかった上でも、それでも可愛い。
「可愛いは正義」と言う人がいますが、ここまでやられたらもう仕方ないです。



どこからどう見ても『子連れ狼』


本作には、日本のドラマやアニメで観たことがある要素がたくさんあります。

まず、流れ者が幼い子を連れて依頼をこなす構造。
その二人の立ち姿や、建技の圧倒的強さなど、まさに『子連れ狼』です

監督のファヴロー自身がその影響を認めているので確定情報だと思うんですが、これまでアメリカ映画ではあまり見たことのない組み合わせです。
アメリカ映画のヒーローと子供って組み合わせは、例えばバットマンとロビンみたいに、少年もしくは青年という感じでしたよね。

そういえば、昔、テレビで『子連れ狼』をやっていた頃は、数年ごとに大五郎役の子役が交代し、「次の大五郎は誰か」が話題になることがありました。やはり大五郎の可愛さがドラマ人気の鍵だったんです。

グローグーはパペットキャラクターなので、その子役交代問題を丸ごと回避しています。巧みです。



黒澤明へのリスペクトも随所に仕込まれています。そもそも『スター・ウォーズ』は最初から黒澤作品へのリスペクトや引用を公言していましたしね。


宮崎駿の痕跡もあちこちに見えます。
冒頭、マンダロリアンが敵の拠点に単身乗り込んで圧倒的な強さを見せる場面。あのシーンは、ユパ様がトルメキア軍の船に乗り込む場面によく似ています。呆然と立ち尽くす雑兵たちの反応まで含めて重なります。

本作でマンダロリアンが手に入れる新しい宇宙船も、継ぎ接ぎだらけの鉄板に溶接跡がむき出しで、いかにも宮崎メカっぽい。

さらに三度笠をかぶった刺客キャラのビジュアルは、木枯し紋次郎など想像させます。




好きなシーン二つ——泣けるシーンと遠い未来に思いを馳せたシーン


一番エモいと感じたシーンは、小型宇宙船での救出が不可能だと判明するところです。

グローグーとメカニック担当の小猿キャラたちが、捕まったマンダロリアンを助けようと、自分たちの小さな宇宙船でどうにかこうにか救出に来る。
その船にマンダロリアンも乗れるものだと疑わず、助けたい一心で必死です。
ところが、船に乗ろうとしたマンダロリアンは「乗れない!!」。
チビたちの体格に合わせた船なので、身体の大きなマンダロリアンは乗ることができないのです。




どれだけ失望したかわからないその状況で、マンダロリアンはあっさりと「お前たちだけ行け」と言う。逆にチビたちだけを脱出させようとして、自分は敵を食い止める。

子供の健気で全力の努力が、子供ゆえの限界によって残酷に無駄になってしまう。

昔からよくある「脱出できるのは○人だけだ」というシーンなのですが、それを「子供のけなげな努力が、知力や経験不足によって報われない」という形で見せているところが実に切ない。

そして誰も責めないマンダロリアンと、マンダロリアンを助けられないグローグーの気持ちが非常に丁寧に描かれていて、ここ、本当に泣けます。



もう一つは、グローグーとジャバの息子ロッタが海で遊ぶ場面です。

人間的な年齢で見れば、「青年と幼い子供」の二人が、危機を逃れてキャッキャッと海ではしゃぐシーンです。

ハット族も1000年近く生きる種族。
この二人は、マンダロリアンも他の新共和国の同志たちも、登場する人間たちがすべて死んだ後まで生き続ける、ほぼ唯一の組み合わせです。

作中でマンダロリアンが敵キャラに、「お前が死んでも、その子は生き続ける。その時、お前は守ることができない」という趣旨のことを告げられる場面があって、「これってもしかして『葬送のフリーレン』的なテーマなのでは?」と思いました。



八百比丘尼などの長寿者が、共に過ごした人たちを次々と見送っていくしかない淋しさと孤独。グローグーにも、いずれそれが訪れます。

まだ幼児のグローグーにその自覚はないでしょうが、いずれマンダロリアンと過ごしたこの"わずか"数十年が、何百年後にはかけがえのない記憶になっているかもしれません。

グローグーとロッタ、そしてそれを見守るマンダロリアン。三人のこのキラキラした海の思い出。

ロッタはラストで「共和国で働こうかな」とつぶやくので、もしかしたらこの先何百年も交流が続き、この思い出を共有し続けるのかもしれない。
そんなことを想像し始めると、このシーンは非常に意味深いものに感じられました。




最後に


本作は、SWシリーズ知らなくても、まったく問題なく楽しめます。
もちろん、マンダロリアンがなぜずっとヘルメットなの?というような疑問は多々ありますが、それはなんとなく浅く説明されていて、たぶんこういう設定なんだろうと想像できる範囲に収まっています。

そういう意味で、ディズニーで制作されたとても親切設計なSWですし、なんなら別にSWと思わなくても「普通に面白い」です。

なんと言ってもグローグーのキャラデザインは秀逸です。
というより可愛くってそれだけで癒しです。


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