桜の木になれたかな
深山の桜
深い山奥で人目つくことなく咲き、散っていく桜。
誰の目につくことなく変わることなく桜は、
その一瞬を生きている。
あれを見よ 深山の桜 咲きにけり
真心尽くせ 人知らずとも
春色の空の下を 君は一人で歩き始めるんだ
いつか見た夢のように 描いて来た長い道
式が終わって、生徒以上に緊張から解放されて、
やれやれ。
最後の話なんて、洒落たことは好きじゃない。
毎日長々と語って来たから、もういいだろう。
語り尽くしたよ。
時間が来たので「じゃあ」と声をかけようとしたその瞬間
虚をつかれた。
全員が立って机を下げる。
教卓の前に立たされる。
生徒たちに囲まれた。
誰もが無言で、手際よく。
こんなときだけと心の中で苦笑する。
隠し持っていたラジカセの音が鳴り出し
イントロが始まる。
いつもは、AKBの曲が響き渡っていた教室に
しっとりとしたメロディー
アッちゃん、アッちゃんとはしゃいだあいつも
野球部で最後のバッターになった彼も、
いつもおちゃらけている男子を叱り飛ばしていた
学級委員のあの子も
いい顔をしている。
ドラマなら、お涙頂戴かもしれないが、
不思議に頭は、冷静で
これが最後になるかもしれないと思い
生徒たちの顔をゆっくり見回した。
永遠の桜の木になろう
そう僕はここから動かないよ
もし君が心の道に迷っても
愛の場所がわかるように立っている。
あゝ、これでお別れかと
思っていたら、二番へ突入。
もう一度、顔をゆっくりと。
この学校に赴任して最初に出会った生徒たち。
2年生からの担当。
いろいろと気を使った。
ごめんな。
いい子ちゃんすぎて、印象の薄い優等生。
本当に生真面目で、手のかからなかった君。
担任が決まったとき「ありがとう」と
飛んできてくれたエース。
どんどんやってあげられなかったことが溢れてくる。
我慢の限界に来た時に、最後のサビが。
永遠の桜の木になろう
そう僕はここから動かないよ
もし君が心の道に迷っても
愛の場所がわかるように立っている。
呼び出し係の先生が、
「もう、みんな待ってますよ」
ありがたい。
この声で、冷静になれた。
最後の最後までご迷惑をおかけしました。
教室を一番最後に出た。
前にいる学級委員に、
小声で聞いた。
「すごくいい歌だったけど、誰の曲」
「AKBの桜の木になろうです」
潤んだ眼で睨まれてしまった。
「桜の木になろう」を家でかけながら泣いた。
彼らからの同窓会の出席依頼が、届いた。
