宅録カオス時代を生き抜いて― ある世代の自宅レコーディング回顧録 ―

今のDAWはトラック数は無限に重ねることができて、音質は劣化せずにVSTプラグインを立ち上げれば一瞬でプロ品質のサウンドが手に入ります。
マウスで波形をドラッグし、コピー&ペーストすれば誰でも直感的に音楽を組み上げられる時代になりました。だが自分がギターを持って、機材と向き合い始めた頃は全く違う世界でした。環境は制約だらけで、そして規格はバラバラで、容量はいつも足りませんでした。
それだからこそ、知恵と執念で音を組み上げていく過程には今では味わえない濃密な手応えもありました。この回顧録はそんな「カオスな時代」を生き抜いた一人の記録です。


最初のシンセサイザー ― YAMAHA EOS B500

自分にとって最初のシンセサイザーとなったのが、YAMAHAのEOS B500です。実はシンセサイザーがやりたかったのだが、当時はハード全盛でB500だけでは足りず、ハードを何台も買うこともできるはずもなく、あまりにお金がかかるので諦めました。
高校を卒業して資本主義に敗北しました。ふとキーボードに向き合って、TM NETWORKの「GET WILD」をMacで一音ずつ打ち込んで覚えた時の感動は今でもはっきりと記憶に残っています。
ギターとは違う鍵盤とシーケンスという新しい表現の入り口に触れた瞬間でした。あの体験がなければ、その後のMTRやシーケンサーや音源モジュールへと広がっていく宅録の道のりもまた違ったものになっていたかもしれません。その後の生活の中心はあくまでギターでした。ギター中心の日々に定着していったのはこういった経緯がありました。

出発点 ― SamickのストラトとTASCAMカセットMTR

始まりは石橋楽器のSamickのハムバッカー搭載ストラトキャスターでした。入門セットをそのままもらえました。とりあえず音が出ればよかったし、とにかく始めたかった。やがてTASCAMのカセットのMTR(マルチトラックレコーダー)を手に入れました。音を重ねる楽しさを知りました。
だがすぐに壁にぶつかりました。トラックを増やす為には「ピンポン録音」で複数トラックを1本にまとめる必要があり、その度に高域が削れて、音がどんどんモコモコになっていきます。重ねるほど音が良くなるのではなく、重ねるほど劣化していきます。この物理的な制約とのせめぎ合いこそ、宅録人としての原体験でした。

VS-1680とZIPディスクの衝撃

次に手にしたのが、RolandのVS-1680でした。テープの物理的な劣化から解放されて、非破壊編集ができるようになったことはまさに革命でした。
データの保存先はZIPディスクという持ち運び可能なディスクです。
1枚あたり100〜250MBという、今では考えられないほど限られた容量に一曲分の魂を込めて記録していました。ディスクがカチャカチャと音を立てて読み込まれるあの数秒は期待と緊張が入り混じる特別な時間でした。
大型のLCDディスプレイを中心に右側には編集用のカーソルボタンとダイヤルと左側には12本のフェーダーとマスターフェーダーがずらりと並びます。パソコンの画面をみるのではなく、機材そのものと向き合って音楽を作る感覚はまるで宅録スタジオの「コックピット」に座っているようでした。
トラックごとのVトラック(仮想トラック)を切り替えて、小さな画面の中で波形を拡大して切り貼りし、フェーダーを指先で追い込んでいきます。
あの操作感は今思い出しても愛おしく思います。

GSとXGの異なる音源規格との格闘

宅録の醍醐味でありながら、最大の難関でもあったのが、RolandのGSサウンド(SCシリーズなど)とYAMAHAのXGサウンド(MUシリーズなど)を共存・同期させることでした。両者はエクスクルーシブ・メッセージ(システムエクスクルーシブ)の規格がまったく異なり、エフェクトの割り当てや音色バンクの切り替えプログラムを組むだけでも一苦労だった。
更にVS-1680をマスターにするか、シーケンサーをマスターにするか?
MIDIクロックやMTC(MIDI Time Code)のズレやMMC(MIDI Machine Control)によるトランスポート連動の調整など、乗り越えるべき壁は幾重にも重なっていました。それでもそれらが奇跡的に噛み合い、プレイボタンを押した瞬間外侮に外部音源が一斉にシンクロして鳴り響いて、VS-1680のデジタルオーディオトラックと完璧に混ざり合います。
あの瞬間の感覚は「全知全能感」という言葉以上にふさわしい表現がみつかりません。

Performaと数値入力の世界

この時期、シーケンスの打ち込みにはMacintosh Performaを使っていました。90年代半ばから後半、DTM・宅録黄金期の真っただ中です。
VisionやPerformerといった名作MIDIシーケンサーソフトが全盛の時代で、Performa(5200/5400/6200/6300シリーズなど)は一体型モデルやチューナー内蔵モデルもあり、パーソナルな部屋に置く「DTM専用マシン」として最高の相棒でした。処理が重くなると爆弾マークが出るのも今となっては愛嬌の一つでした。
作業の中心はイベントリスト画面での数値入力でした。
ノートナンバー/ベロシティ(強弱)/ゲートタイム(音の長さ)そしてCC#11(エクスプレッション)やCC#10(パン)の数値をキーボードでカチカチと一音ずつ打ち込んでいきます。MacのシリアルポートにMIDIインターフェースを挿し、そこから太いMIDIケーブルをRolandやYAMAHAの音源モジュールへ伸ばします。ディスプレイの光と音源モジュールのインジケーターだけが明滅する暗い部屋で、一人壮大な楽曲を組み上げていく時間はまさに自分だけのプロデュース空間でした。

QY700と様式美メタルへの挑戦

そして、この環境の集大成として挑んだのが「様式美メタル」でした。
組んだシステムはPerformaで練り上げたシーケンスデータとYAMAHAの最強モンスターシーケンサーQY700とそしてVS-1680という、90年代DTM・宅録の頂点とも言える贅沢かつ強靭な布陣です。
様式美メタル特有の「スウィープ・ピッキング」や「高速アルペジオ」16分音符の超高速フレーズを発音タイミング・ベロシティ・ゲートタイムまで細かく追い込みながら数値で打ち込んでいく作業は気の遠くなるような職人技のような状態でした。GS/XG音源をフル活用してバイオリンンやストリングス/パイプオルガン/合唱を重厚にレイヤーし、CC#11でダイナミクスをコントロールしてクラシックの荘厳さを表現しました。
超高速ツーバスもジャストのタイミングに人間味を混ぜるか、あえて冷徹な精度で叩き込むか、こだわり抜きました。
PerformaでMTCやMIDIクロックによりQY700とVS-1680をガチガチに同期させて、そこへ本物のエレキギターの重厚なリフと超高速ソロを録音していきます。再生ボタンを押した瞬間、QY700のLCDインジケーターが激しく点滅し、外部音源から怒涛のネオクラシカル・サウンドが鳴り響いて、録音した歪みギターと完璧にシンクロしました。自分だけのオーケストラとバンドが、完璧な精度で様式美メタルを演奏している――あの達成感はDTMで手に入れた全知全能感の極みでした。

SONARからCubaseそしてPro Toolsへ

波形をパソコンの画面に直接貼り付けるという感覚を初めて味わったのはSONARでした。SONAR 3まで使い込み、そのあとしばらくCubaseに移った時期もありました。ハードウェアのシーケンサーやMTRから、ソフトウェアDAWへと軸足が移っていく過渡期になりました。
転機はSONAR 8でした。あのレキシコン(Lexicon)のリバーブが標準搭載されたことで、SONARは自分の中で一気に「復活」を遂げました。
プロが使うハードウェアリバーブの質感が、ソフトウェアの中に取り込まれている――それだけで十分すぎる衝撃でした。
だが結局、その後の制作環境は最終的にPro Toolsに収まっていくことになりました。VS-1680からSONARやCubaseを経て、業界標準であるPro Toolsに着地するまでの道のりもひとつの時代の縮図だったように思います。

今、振り返って

今は本当に便利になりました。トラック数は無制限になり、何度でもやり直しができるようになり、波形をみながら直感的に音を組み立てられます。
あの制約だらけの時代とは比較になりません。だが、あの制約の中で規格の違いを乗り越え、有限のディスク容量と向き合い、音の劣化と付き合いながら、知恵とこだわりだけでシステムを組み上げていった記憶は今の時代になっても色あせない一生の財産だと思います。
そして今、改めて思うのは生演奏の良さや「その日限りの一発」の価値はいくらでもやり直せる便利さの中では測れないということです。
何度でも修正できる環境で作った音と、一発勝負の緊張感の中で鳴らした音とでは宿っているものが違います。ただしそれはあくまで本当の実力を持った上での話です。やり直しがきかない時代を通過し、制約の中で耳と手を鍛えてきたからこそ、「一発の価値」を語る資格が生まれるのだと思います。便利さに甘えず、実力を土台にした上で一発の緊張感を選び取る――それこそが、この回顧録を通じて自分が辿り着いた結論なのかもしれません。

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