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戊辰戦争後、会津藩の人々はどうなったのか。「会津衆」の苦難から学ぶ

最近、幕末や明治維新の歴史に興味があり、YouTubeで関連動画を見たりしています。その中でも特に関心を持ったのが、明治新政府に最後まで抵抗した会津藩です。

会津若松市には、仕事の関係で何度か訪れたことがあります。福島県の西部に位置しており、磐梯山や猪苗代湖など豊かな自然に囲まれた、自然景観に恵まれた街です。

現地では、戊辰戦争における会津藩の悲惨な結末や白虎隊の話に触れ、当時の人々はどれほどつらい思いをしたのだろうと、思いをはせました。

会津藩では、「会津家訓十五個条」や「什の掟」を会津武士道の精神として幼少期から教え込まれます。正しい道理や恩義のためなら命を落としてもよいが、不正や恥を知る生き方はしないという「義に死すとも不義に生きず」は会津武士道の精神を表す言葉です。また「ならぬことはならぬものです」という言葉は、2013年に放送されたNHK大河ドラマ『八重の桜で全国的に有名になりました。

今回、会津藩の人々が明治以降に経験した苦難について、改めて調べてみました。

戊辰戦争後の会津藩

戊辰戦争に敗れた会津藩は、明治2年(1869年)、青森の地に斗南藩として再興を許されました。領地は、現在のむつ市を中心とする下北半島と、上北・三八地方の一部でした。

かつて23万石を誇った会津藩に与えられたのは、わずか3万石でした。しかも、実際の収穫高は7,000石ほどだったといわれています。寒冷な下北半島には火山灰地が多く、稲作に適した土地ではありません。そこへ旧会津藩士とその家族、約1万7,000人が移住しました。その処遇は、まさに流刑でした。

戊辰戦争後の処分で取り潰しになった藩が、1万石ほどの小藩だった請西藩(千葉県)と会津藩だけだったことを見ても会津藩への処分がどれだけ厳しかったのが分かります。

青森の下北半島に移住した旧会津藩の人々は山菜や野草、海藻を集め、犬や猫の肉まで口にして飢えをしのいだという記録も残っています。さらに、米を購入するための資金を商人に持ち逃げされる事件まで起こり、困窮はいっそう深まりました。

住環境も過酷でした。人々は、1人当たり2畳ほどしかない粗末な小屋で暮らし、十分な暖房も衣服もないまま、氷点下20度を下回る冬を迎えました。明治3年の冬には、寒さや飢え、疫病による死者が相次ぎ、遺体を埋葬する人手さえ足りなかったといいます。

かつての武士たちは、生きるために農作業の下働きや漁師の手伝いをしました。しかし、「朝敵」「賊軍」という偏見は消えず、子どもたちまでいじめを受けたといわれています。

一方、もともとその土地で暮らしていた南部の住民にとっても、困窮した人々の大量移住は大きな負担でした。食糧をめぐる争いや、住民同士の摩擦も起こりました。こうした暮らしが「挙藩流刑」と呼ばれたのも無理はありません。

会津魂による復興

それでも、会津の人々は絶望するだけではありませんでした。斗南藩の幹部だった広沢安任らは、弘前・黒石・八戸・七戸・斗南の各県を統合するよう政府に進言しました。これが、青森県誕生のきっかけの一つとなりました。

広沢はさらに、米が育ちにくい土地を牧畜に生かそうと考え、現在の三沢市に谷地頭牧場を開設しました。西洋式の農具や放牧方法を導入し、ハムやチーズの製造にも取り組みました。こうした試みは、青森が馬や牛の産地へと発展していく土台になりました。

また、広沢は下北半島を横断する運河の建設も提唱しました。実現には至りませんでしたが、海上交通と物流の将来を見据えた構想だったといえます。

人々は、飢えに苦しむ中でも子どもたちの教育を止めませんでした。むつ市の円通寺を仮藩庁とし、会津の藩校「日新館」の教育を復活させました。福沢諭吉の『西洋事情』なども教材に取り入れ、新しい時代を生きる人材を育てようとしたのです。

斗南藩は廃藩置県によって2年足らずで消滅しました。その後、多くの人が会津へ帰郷するか、各地へ離散しました。それでも青森に残った人々とその子孫は、今も親しみと敬意を込めて「会津衆」と呼ばれています。むつ市と会津若松市も、この歴史的な縁によって姉妹都市となりました。

すべてを失い、極寒と飢餓に苦しみながらも、教育と開拓を諦めなかった会津衆。その歩みを、ただ「敗者の歴史」として片づけることはできません。彼らは苦難の中で新しい可能性を探り、青森の未来につながる種を残した人々でもあったのです。

まとめ

明治以降の会津の歴史は、敗者側の物語であるためか、広く語られる機会があまり多くありません。しかし、江戸幕府を最後まで支え、流刑にも等しい土地で再起を期して生き抜いた会津の人々の精神には、現代を生きる私たちにとって、学ぶところが多いと思います。

それは、現代のビジネスやリーダーシップ論において、「会津精神」はコンプライアンス(法令遵守)、心理的安全性、そして自己規律型の組織づくりの観点から非常に高く評価され、実際の研修や経営の現場で活用されているといいます。さらに興味が湧きましたので、さらに深く勉強してゆきたいと思います。


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