青森県の情報公開制度が嘘の答申でヤヴァい
「黒塗り」の裏に隠された嘘?
青森県警の不自然な情報開示拒否を紐解く
行政機関に情報公開を求めた際、手元に届いた書類が「黒塗り」だらけで、肝心なところが何も分からない――。そんな経験やニュースを耳にしたことはないでしょうか。私たちの「知る権利」を守るはずの制度が、時として行政側の不都合を隠すための「盾」として悪用されている実態があります。
今回、私が調査を勧める中で浮上したのは、青森県の情報保護審査会を舞台にした不可解極まる不祥事の疑いです。
キーワードは「インカメラ方式」。これは、審判役である審査会だけが、黒塗りの下にある「中身」を直接見て、開示の妥当性を判断する仕組みです。いわば、一般市民には決して見ることができない「ブラックボックス」の中での審議です。
しかし、その聖域であるはずのブラックボックスの中で、あろうことか「公文書偽造」の疑いすら生じかねない矛盾が起きていました。青森県警が主張し、審査会が追認した「非開示の理由」が、後に「真っ赤な嘘」であった可能性が濃厚になったのです。

衝撃の事実1
DV疑惑を晴らすための請求を阻んだ「魔法の言葉」
事の発端は、平成30年(2018年)頃に遡ります。ある個人が、青森県警に対し、自身に関連するインターネット上の書き込み情報の開示を求めました。
この情報の開示は、請求者にとって死活問題でした。なぜなら、請求者はこれらの書き込みを根拠に「ドメスティック・バイオレンス(DV)の加害者」であると見なされ、検察から厳しい追及を受けていたからです。
自分自身の書き込み内容を正確に把握し、身の潔白を証明しようとする、切実な「知る権利」の行使でした。
しかし、実施機関である青森県警が提示したのは、ほぼ100%に近い「黒塗り」の文書でした。県警が持ち出したのは、開示を拒むための「魔法の言葉」です。
「本件保有個人情報は全体として一体不可分の……記述などであるから、条例21条第2項の規定による部分開示をすることはできない」
県警は、その文書が特定個人の心情の吐露などと複雑に絡み合っており、一部を切り出すこと(部分開示)は絶対に不可能だと断言したのです。

衝撃の事実2
裁判になった途端に「開示」された決定的な矛盾
ところが、令和3年(2021年)になって事態は急展開を迎えます。この決定を不服とした請求者が、青森県を相手に「国家賠償請求訴訟」を起こしたのです。
すると、驚くべきことに、あれほど「部分は絶対に出せない」と頑なに拒んでいた青森県警の情報が、青森県(知事)の手によって、あっさりと裁判所へ「部分開示」された状態で提出されました。
「一体不可分だから分離できない」と審査会に説明していた全く同じ文書が、裁判という場では、行政自らの手でいとも簡単に切り分けられ、証拠として利用されたのです。
ここに、極めて悪質なダブルスタンダードが露呈しました。 「市民にはプライバシーを盾に隠し、裁判では自分たちの武器として公開する」 この使い分けこそ、情報公開制度の根幹を揺るがす背信行為です。ここで浮上する可能性は二つに一つです。
1. 青森県警が審査会に対して虚偽の説明を行い、審査会を騙した。
2. 審査会も「インカメラ方式」で中身を確認し、分離可能であることを知りながら、あえて嘘の答申を書いた。(答申55号として誰でも閲覧可能)
https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/soumu/bunsyo/files/joko-tousin_055.pdf

衝撃の事実3
それは「虚偽公文書作成罪」ではないのか?
もし後者であれば、事態は「行政のミス」では済みません。事実と異なる内容を公式な「答申書」に記載し、それを請求者や公安委員会に送付する行為は、刑法上の「虚偽公文書作成罪」および「同行使罪」に該当する可能性が高い極めて重い罪です。
審査会の事務局に電話取材を試みても、「なぜインカメラ方式で確認しながら分離可能であることを見抜けなかったのか」という問いに対し、明確な回答は得られませんでした。
審査会は「インカメラ」という特権的な調査権限を持ちながら、そのブラックボックスの中で、県警の嘘を追認する装置に成り下がっていたのではないか。

審査会のメンバーは、県民から付託を受けた「特別職の公務員」です。彼らがその重い責任を放棄し、行政の言いなりとなって「嘘の公文書」を作成したのだとすれば、それは県民に対する重大な裏切りです。
県警本部長の名の下で行われる決済も、部下による忖度や虚偽報告が常態化しているのではないかという疑念を禁じ得ません。
考察:森友・桜を見る会と通底する「文書軽視」の病理
この青森県で起きた問題は、決して地方の一過性のトラブルではありません。近年、日本を揺るがした「森友学園をめぐる公文書改ざん」や、「桜を見る会の名簿廃棄」と本質的に同じ病理を抱えています。
共通しているのは、「不都合な事実は隠し、公文書さえ書き換えれば乗り切れる」という行政側の傲慢な文書軽視です。この異常な事態に対し、当事者は震える声でこう訴えています。
「民主主義の根幹を揺るがす大変なこと……市民が知らないことをいいことに、虚偽の事実が書かれている」
市民が中身を確認できない「黒塗り」を隠れ蓑にして、公的機関が虚偽のストーリーを構築する。それは民主主義そのものを内側から腐敗させる行為です。

結論:透明な社会を取り戻すために私たちが問い続けるべきこと
今回のケースが暴いたのは、「開示できない理由」そのものが、後付けの嘘であったという戦慄すべき事実です。
行政が「捜査への支障」や「一体不可分」といった専門用語を並べ立てるとき、私たちはその言葉を鵜呑みにしてはいけません。ブラックボックスの中にある「真実」が、彼らの都合に合わせて勝手に書き換えられているかもしれないからです。

最後に、想像してみてください。
「もしあなたの人生を左右する個人情報が、あなたの知らない場所で、行政に都合の良い物語に書き換えられていたとしたら?」
情報の透明性は、私たちの自由と権利を守る最後の砦です。その砦を「黒塗り」という名の嘘で崩壊させてはなりません。私たちは、行政に対して常に「誠実な説明」を求め続ける権利と、監視し続ける義務があります。





私は、このことを永久に問い続けるし、語り続ける。
同様の被害を「感じている」方がおられたら、私まで連絡いただけると幸いです。
