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霊魂とは何か?神とは何者か?「スウェーデンボルグ神学」が面白かった件

夏のKindle半額セールで買った『スウェーデンボルグ 科学から神秘世界へ』(講談社学術文庫) 高橋和夫 著 を読みました。

これが想定外にメチャクチャ面白かったので、内容をご紹介したいと思います。

スウェーデンボルグという人のことは以前から知っていたのですが、「オカルト的」「異端キリスト教派」という程度の雑な認識しかなかったんです。ところがこの本を読んでその認識を改めました。そして「これはとても興味深い思想家だ」と思ったので、ぜひ紹介させていただきたいと思いました。


科学者スウェーデンボルグ

エマヌエル・スウェーデンボルグ(1688〜1772年)は、スウェーデン・ストックホルム出身の科学者・神学者です。

父はルター派の牧師で、母は富裕な鉱山主の娘でした。当時のスウェーデンは三十年戦争に参加した英雄王グスタフ・アドルフの後の世代です。旧教(カトリック)と新教(プロテスタント)との先鋭的な争いが収まり、スウェーデンの絶対王政が確立した時代で、莫大な国庫を支えるために当時のスウェーデンは鉱山収入が生命線でした。その一方で当時の欧州はイギリスやフランスをはじめ先端的な学問が発展を見せていた時代でした。そして宗教的には、デカルト的な合理主義の発展により、キリストの復活とか三位一体説といった「非合理的な物語」が排除されていこうとする初期段階にありました。

スウェーデンボルグはこのような時代の中で貪欲に知識を吸収し、ある意味で「時代の寵児」になっていきます。

若い頃はスウェーデンボルグは科学者、発明家として名前が知られていました。空気銃や航空機、水時計、潜水艇などの設計案を考えたりしています。「飛行機の合理的な設計を考えた世界初の人」とされています。
彼が発明したもっとも合理的な発明が、鉱山で発掘する鉱石を効率的に運搬する装置です。知識を知識のままに置いておくのではなく、「人の役に立てる」という姿勢は、その後の彼の人生に強く引き継がれました。

その後、外国での勉強を経てスウェーデン国王カルル12世に仕えます。国王の死後は貴族に列せられ、鉱山技師として鉱山局に勤めました。ツルハシを持って鉱石を掘るわけではなく、ラボでの実験や鉱山技術の導入、外国の鉱山の視察などを行い、論文や著作にまとめてスウェーデンの基幹産業であった鉱業の発展に尽くしました。そして仕事の傍ら、数学、宇宙論、解剖学などの著作活動を続けました

有名な著作が『原理論(プリンキピア)』。これはミクロの原子論からマクロの宇宙論までを扱う哲学的な内容です。詳細は書籍をご覧いただきたいのですが、これは現代の原子論の先駆け的な内容で、宇宙論も20世紀の宇宙学者から先取的だと評価されているものです。彼はこれを観察ではなく科学的な想像力の結果導き出しているのがすごいんです

「霊魂」とは何か

スウェーデンボルグは40代半ばのときに、科学的興味から「霊魂」とは何かの研究に没頭するようになります。
そして人体の研究を10年間続け、1743年に結果をまとめた『霊魂の王国』が出版されました。この著作の内容は膨大なのですが、面白いポイントで言うと、スウェーデンボルグが「霊魂の活動の中心が脳である」ことを指摘した点にあります。
彼は、現代でいうところの「ニューロン」的機能を果たす何らかの物質があることを見抜き、一体いったいは小さい信号であるものの、それらが大きく集まることで人間の意識を生み出していると考えました。これも完全に合っています。すご。

スウェーデンボルグは人体への興味から研究を重ね、「霊魂」とは何かを考えました。彼の考えは以下の通りです。
まず、思念的な存在として「霊的流動体」というものがあるそうです。手塚治虫『火の鳥(未来編)』に出てくる「コスモゾーン(宇宙生命)」が意味的に近いかもです。「霊的流動体」は、母親の腹で生命が懐胎したら肉体を形成する源となる。そして生まれて成長する時には、外部からの刺激によって思考や行動をする器官を形成する。これが「心」に発展すると考えました。原始的な「霊」は生命のゆりかごであるというわけです。

スウェーデンボルグによると、心には3種類あります。
「自然な心」「合理的な心」「霊的な心」です。

思考や行動を司るのは「合理的な心」。
外部の刺激をうけたときの非合理的で感覚的な心が「自然な心」。
霊魂から発している超意識的な知的直観が「霊的な心」。
霊的な心というはよく分かりませんが、おそらく虫の知らせだったり、無意識の中での心の動きといった第6感なんだと思います。
この霊的な心が霊的な世界や神とのコンタクトを取るための心(媒体)になるのだろうと思います。

無意識の領域で個と世界が接続し影響を与え合う、という感覚は大乗仏教の考えと少し近いのではと思います
仏教では無意識のことを、「末那識(まなしき)」と「阿頼耶識(あらやしき)」と言います。末那識は、意識や五感よりも深いところにあり、自分の内的な記憶とつながる無視意識の領域です。阿頼耶識は、末那識よりももっと深いところにある、この世の全ての物や生物の記憶が収められているデータベースのようなものです。
スウェーデンボルグの考える霊的な心は、阿頼耶識とつながった末那識のことが近いかもしれません。

スウェーデンボルグは理性の奥に理性を原理づけるもう一つの知性があり、「霊魂」こそがそれを生み出していると考えていました。このような思弁的なアプローチは、通常はデカルトやカントのような西洋の合理主義、論理的思考から生まれてこないと思います。

人は死んだらどうなるか

スウェーデンボルグは思弁的な思考を辿ったのと関係があるかもしれませんが、スウェーデンボルグは様々な神秘体験や心霊体験をするようになります。
音や光の幻視をするようになり、どんどん精神世界のほうへの関心を深めていく。スウェーデンボルグは父と同じくルター派ではありましたがそれまで特に熱心なキリスト教信者ではなかったそうですが、イエス・キリストと邂逅する体験も経験して、それまでの解剖学の分析をやめてしまい、神への信仰により傾倒し、30年つとめた鉱山局を退職して、神学研究に没頭するようになります。

スウェーデンボルグは1748年に『天界の秘技』という書籍を出版します。これは全8巻からなる大著で、スウェーデンボルグ初の神学の著作です。この本の中にある「霊界日記」という巻では、霊との交流と会話が描かれていて、これが面白かったので少し引用します。

霊界へ新しく入ってきたある人が、私が霊や霊魂について話すのを聞いて、
「霊って何ですか」
と尋ねた。彼自身はまだ、自分が地上に生きていると思っていたようだ。少し説明して話し合った後、私は彼に告げた。
「あなたは今やひとりの霊です。あなたはそのことを、自分が私の頭上にいて大地の上に立っていないという事実からお分かりでしょう」
そうして私は彼に、このことを受け入れることができるかどうかと尋ねた。すると彼は恐れおののき、
「私は霊だ、私は霊なんだ!」
と叫びながら逃げていった。

『天界の秘技』447

これらの体験を通じてスウェーデンボルグは、霊とは肉体の中に存在して心を司る物ではあるが、霊界にある意識的な精神の両方に共存するのだと考えるようになります。
スウェーデンボルグによると、死は終わりを意味するのではなく、生の連続であって、一つの状態が終わって次の状態に移行することにすぎません。古い服を脱ぐように、肉体と似た霊的な身体をもって蘇るのです。

霊界の人間の様子がなかなか面白いです。あの世では人間は、この世にあるような五感を含めた感覚に加え、記憶さえも維持します。天や地、川、山、海、動植物などもある。だから死んだ人間は自分が死んだと気づかないそうです。
ただこのような感覚は物理的なものではなく、生きた霊的な自然であって、固定されている物ではないそうです。
ある人間がA地点からB地点へ移動すると、その周囲のすべての事物も変化してしまう。本質的な時間や空間はなく、生命の状態だけが存在する。霊の内部の想いや感情がその周囲に応じた環境を形作るので、外部環境はどんどん変化するのが霊界だといいうわけです。例えば霊が「でかい豪華な家に住みたいな」と思ったらそれがすぐに現れるような感じです。

これを読んだ時、子供の頃に父親が借りてきて見た丹波哲郎が監督をつとめた映画「大霊界」を思い出しました。これは死んだ物理学者が霊界を旅するという内容なんですが、「なにか心で思ったらそれが実現する」という表現があったんです。もしかしたら丹波哲郎もスウェーデンボルグの本を読んでいたのかもしれません。

閑話休題。スウェーデンボルグによると、死後の世界は信仰や善悪を縦軸、個性や好みを横軸にして階層化されています。そのため、天国と地獄があります。
人は死んで3日後に「霊の世界」に入ります。ここは天国と地獄の中間にあり、ここに滞留する人もいるが、天国と地獄どっちかに行きます。
天国と地獄のどちらかに行くかは、スウェーデンボルグによると、個人のなかにある「善」がどの程度自分を制御しているか次第であり、本人の意思によって地獄と天国のどちらに行くかを決めるそうです
善というものを重要に感じられず、人を騙したり、競争をして人を打ち負かしたり、復讐や支配に喜びを感じる人は自発的に地獄にいくそうです。地獄の住民は地獄での暮らしを快適に思い、天国に行ってみても、天国の暮らしが性に合わず戻ってくる人もいるそうです。
その一方で天国では、愛に基づく相互扶助の社会が形成されています。職業も結婚も家庭もあり、お互い愛し合って暮らしているという、理想的な社会が形成されています。

さらにスウェーデンボルグは、仏教の輪廻転生のようなことも起こり得ると述べています。キリスト教もイスラム教も基本的にはリニアな世界観なので、一つの魂が別の肉体に生き変わることはないと考えますが、スウェーデンボルグは何らかの理由で自分の記憶を地上の人間の記憶に入り込ませることも起こると主張します。霊魂が地上に戻る、というわけではないが、憑依のようなことがおきて、前世の記憶を語るといったことが起きる可能性があるそうです。

神とは何者か

スウェーデンボルグは『無限なるものと創造の目的因』という著作の中で、神の正体について大胆な説を唱えました。

それは「神とは神的な人間だ」というものです。

神は無限の人間であり、人間だから自分の形に似せて我々人間を作ったがそれは有限のものなので死ぬ。霊魂と身体との関係が無限と有限であるように、この世界にも神という無限と宇宙という有限があり、その間を繋ぐのが神人、神の人だ、という考えです。
スウェーデンボルグによると、神の本質は「無限の愛」。
宇宙は神の愛を対象にして神の知恵を通じて創造され、常に神によって正気づけられている。現代の宇宙物理学のような、宇宙ダークマターのような物質的なものとは全然違い、目に見えず、定量的に計測もできない、感情や想いによってできるものだとしています。

このような観点から、スウェーデンボルグは三位一体説や贖罪思想、復活といった伝統的なキリスト教の思想を批判しています。
そして主張する彼自身の神学の根本には、「自分を常に愛し導く絶対愛の神への信頼」という信仰があります。三位一体説のような、人間側の都合によって生まれた難しい神への解釈は廃すべきであり、シンプルな「神への信頼」に救いがあるというものです。

私たちが神を信頼し隣人を愛するのは、それによって神の正義を委譲されたり、未来の抽象的な天国に入る条件を獲得したり、最後の審判の際に天罰を免れるためではない。人間は、自らの創造主・救済主なる神を信頼し、その導きに自らを委ね、自己愛に死に隣人愛に生きること自体が天国であり、そこにおいてこそ、確固たる内なる平安と幸福が実現する、とスウェーデンボルグは断言する。

『スウェーデンボルグ 科学から神秘世界へ』電子版 P158

これは個人的な感想ではありますが、大乗仏教の考えに近寄ってるなと思いました。
大乗仏教は、悟りを開いて世の中の道理を理解した上で、社会や他人への善を行うことで、自らが幸福になると考ます。スウェーデンボルグの考えでも、このような幸福を得られる状態になるには新生、新しく生まれ変わるという生涯にわたる試練を乗り越えないと到達できないとするので、それが仏教で言う悟りを開くための修行が該当するのだろうと思います。

スウェーデンボルグ神学と仏教思想の類似

スウェーデンボルグ神学と仏教思想の類似性で言うと、日本の仏教学者鈴木大拙もスウェーデンボルグ神学を仏教に似てると語っています。

スエデンボルグが神学上の所説は大いに仏教に似たり。我(プロプリアム)を捨てて神性の動くままに進退すべきことを説くところ、真の救済は信と行との融和一致にあること、神性は智と愛との化現なること、しかして愛は智よりも高くして深きこと、神(ディヴァイン)慮(プロヴィデンス)はすべての上に行き渉りて細大洩すことなきこと、世の中には偶然の事物と云ふもの一点もこれある事なく、筆の一運びにも深く神慮の籠れるありて、此処に神智と神愛との発言を認め得ること、格の如きはいずれも、宗教学者、殊に仏教徒の一方ならぬ興味を惹き起すべきことならん。

『スエデンボルグ』緒言、丙牛出版社 1913年

神と個人との契約といった「個人」の観念や、魂のありかたの問題、神の神性の問題などなどで、スウェーデンボルグ神学は正統的なキリスト教からはかなり外れています。
実際にスウェーデンボルグ神学は正統的なキリスト教学者からはかなり批判されていますし、現代でも異端的キリスト教、スピリチュアルなものと評価されている節があります。

私がこの著作を読んで思った感じだと、単なるスピリチュアルな思想ではなく、キリスト教をベースにかなり普遍的な教えに昇華しており、とても興味深いものになっています。
これを「事実」としてみなすかどうかは置いておいて、西洋近代主義の正統的なアプローチできない分野に対し、西洋近代主義をバックボーンにしながらリーチしている点がすごく面白いんです。西洋では新プラトン主義や錬金術などの傍流の学問でアプローチをしてはきました。しかしあくまで克服すべき異教的な手法というみなされかたをしてきました。その一方で仏教は、社会と個の無意識レベルでの結合と意識的な個と社会のバランスという課題に紀元前の時代から取り組んできています。

まとめ

スウェーデンボルグが面白いのは、霊とは何かという観点を突き詰めた結果、仏教的な「人間の苦をいかに消滅させられるか」という観点と似たような結論に到達している点です。
仏教に関心のある方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。

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