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後にも先にも中村歌右衛門(六世)

女の役者ばかり話してきたが、ここらで男も。
といっても歌舞伎の女方である。
この人のことは忘れられない。

六世中村歌右衛門の演技の凄さについて語るとき、私たちは単に一流の歌舞伎役者としての技巧や芸歴を称えるだけでは足りない。彼の舞台には、技巧を超えた、見る者の身体にまで染み込んでくるような「時間」と「精神のかたち」が確かに存在していた。近代以降の日本演劇において、これほどまでに芸の深みと精神性を一致させた俳優は数少ない。六世歌右衛門の演技には、まさに「役に生きる」という言葉の本当の意味が体現されていた。

まず、六世の女方には、単なる女性の模倣ではない、「女性であることの本質」への探求があった。彼は、しなやかで繊細な動き、匂いたつような情感を演じるだけではない。むしろその演技には、女性の社会的立場や生きづらさ、内面の哀しみまでもがにじみ出ていた。それは、役に対して絶えず問いかけ、悩みぬいた末に見えてくるものだったのだろう。たとえば『隅田川』の狂女の役。我が子を失った痛みの果てに狂気に沈んでゆく姿は、六世の身体を通して見る者に容赦なく突き刺さった。台詞回しは極めて静謐で、叫ぶことなく、むしろ抑えた語りと沈黙の間にこそ、深い慟哭が込められていた。あの静けさのなかにこそ、心が凍てつくような絶望があった。

六世の凄さはまた、その「間」の取り方にもあらわれている。言葉を発する前、目線を移す前、あるいは扇をそっと置くその「一瞬」の溜めに、観客の時間を引き込み、思考を止めさせる力があった。演技というのは動きや言葉だけで成り立つものではない、ということを六世は徹底して教えてくれる。その一挙手一投足に、心の襞が織り込まれていたのだ。

また、声の使い方の美しさも、特筆すべき点である。女方としての高音域の作り方にしても、単に喉を細めるだけではなく、まるで声そのものに香りがあるかのような錯覚を抱かせた。とりわけ、哀しみや諦念をにじませるときの低く震える声には、胸の奥を締めつけられるような、痛切な響きがあった。そこには技術を越えた、六世個人の人生観や死生観までもが投影されていたように思える。

六世歌右衛門の舞台を語るうえで欠かせないのは、「老い」を引き受ける勇気と美しさである。高齢になっても第一線で舞台に立ち続けた彼は、年老いた女方という前例の少ない領域に、自らの身体を捧げることで新しい地平を切り開いた。老いのなかにしか現れない所作の遅さ、声のかすれ、肉体の重さすらも、彼は表現の一部として取り込んだ。その潔さと誠実さが、観客の心を打ったのだ。年齢とともに変化する身体性を受け入れ、それを芸として昇華させた姿には、芸道に生きる者としての覚悟が滲んでいた。

六世は、演技とは「生き方」であるということを、言葉ではなく全身で示し続けた人だった。役の悲しみ、怒り、喜びを通して、彼自身がその感情を深く経験し、受け入れていたように見える。だからこそ彼の演技には、観客が「何か」を重ねずにはいられない力がある。それはかつての恋の記憶であり、喪失であり、自らの老いであり、母の背中であるかもしれない。六世の演じた人物は、そのまま観客の心の中に住み着き、長い時間をかけて語りかけてくる。

現在の舞台芸術の中で、こうした「時間を越えて届く演技」を見ることは稀になった。しかし六世の遺した映像や記録を前にすると、その精神がいまだに生き続けていることに気づく。彼は一つひとつの舞台を、作品としてではなく、人生として演じていた。演技というよりも「生きることそのもの」だった。

六世中村歌右衛門の凄さとは、単に技巧が卓越していたことではない。彼は、舞台の上で人間という存在の複雑さ、儚さ、気高さを一身に背負い、演じきった。その芸は、決して懐古されるだけのものではない。今を生きる私たちにも、「生きることの重みと美しさ」を教えてくれる、まさに不滅の芸である。

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