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『滅国の英雄』

【あらすじ】
ーーわたしが本当に守りたいものは何か。

セレスは幼少期から、師の後ろ姿に憧れていた。
穏やかな故郷でともに歩んだ、あの懐かしい情景を胸に、敬愛する師匠への期待に応えることが、彼女にとっての生きがいであった。

かつての師への小さな思いは、大きな想いへと変化していく。
一番弟子を自負する彼女の想いは、今や二人をリブラリス王国の宰相と王の関係になるまでに飛躍させていた。

そんな中、国内では国の存続を揺るがす「ある不穏な噂」がたっていた。
彼女の中で、何かが終わり、何かが始まる。

それは、長く続いた二人の新たな物語の始まりであった。

『滅国の英雄』【あらすじ】


この世界の1つの小国、リブラリス。
宰相さいしょうセレスは、リブラリス王に仕えている。

ーーわたしにとって、王はかつて、教練を受けた「師匠」だった。

わたしは、「師匠」のことをたくさん知っている。

でも、「彼」のことをよく知らない。

以前、一度だけ、聞いてみたことがある。

「あの、師匠のお名前は何というのですか?」

「セレス。その名はリブラリスと共に捨てたのだよ。そうだな、国が滅び、私が王でなくなった時にでも、私の名を教えよう」

穏やかな春の空気とは裏腹に、現在この国は、危機的状況にあった。

リブラリスの北方に位置する、軍事国家バルマに目をつけられ、いつ開戦するかわからない。

ある日、一通の国書が届く。
震える手で国書を握りしめ、わたしはあの方のもとへ向かう。

執務室は緊張に包まれ、重い空気が漂っていた。

ーートントン。失礼します。

「‥‥‥師匠‥‥‥バルマより国書が届きました」

『リブラリスの領地を一部、無条件で割譲せよ。従わない場合は、軍事的侵攻を開始する。返答期限は1か月以内とする。また、返答がない場合も同様とみなす』

「なるほど。セレス、きみならどうする?」

わたしは考えた。でも、どれだけ先人の知恵を借りても、この国が滅びる未来しか見えない。師匠が王でなくなるのであればいっそ‥‥‥

「徹底抗戦の場合、たとえ勝利しても、この地に残るものは廃墟しかないかと‥‥‥」

「では、戦わない方がいいと思うかね?」

「それは‥‥‥要求をのめば、領民を見捨てることになります。他国との同盟や、割譲する領地を最小限に抑えるための交渉をするぐらいかと」

わたしは思い悩む。
この国だけが戦うことが、本当に意味のある戦いなのか。

これはわたしたちの問題。
何かを巻き込み、大きな争いになるのも嫌だ。

故郷の穏やかな風景。

みんなと過ごした、あの懐かしい記憶が語りかける。

「そうだな。きみの言う通りだと思う。この盤面に『誰も傷つかない正解』など存在しない」

「‥‥‥」

わたしは無力だ。
これは、わたしにしかできないことだと、信じてここまで生きてきた。

宰相という立場は、このような時でも変えられる誇りだと。
その想いを胸に、これまで頑張ってこれた。

かつて名君と呼ばれた、あの父の姿に憧れて、この方とともに歩んできた。でも、そのすべてが‥‥‥今は無意味のように感じる。

わたしでは、この国を救う方法が浮かばない。
いや、本当はあるのかもしれない。

これは、わたしのわがままなのかも‥‥‥

「セレス。本当に滅びる道しかないと思うか?」

「‥‥‥今よりも明るい未来が見えません」

わたしは、悔しい。
わたしたちが愛した、このやさしい平和な空気が乱れることが。

守ることも、あらがうことも出来ない自分自身が。
わたしが本当に守りたいものが、見えなくなる。

何かが、わたしを苦しめる。何をどうすれば‥‥‥

「わかった。きみがそう言うなら、誰も文句は言わないだろう。この国を滅ぼそう」

師匠は、やさしくわたしに語りかけてくれる。

いつもと似ているようで、どこか違う。

『国を滅ぼす』という言葉に驚いたから?

師匠は少し笑っている。でも、その瞳はそうじゃない。

この言葉はこれまで感じたことのない、決意の重さを感じた。

――バルマとの国境に最も近い町、北方の「フリーデル」について、軍議が開かれ、王から命令が出る。

「3週間でフリーデルを宿場街として開発させる。すべての物資と人材をそこに集結させよ」

軍議室に集まった家臣たちは、重なる不安に震えていた。

フリーデルは、かつてみんなと過ごした町。

もう、何年あの景色を見ていないのだろう‥‥‥
ここより、豊かではない。けれど、なぜか時々思い出してしまう。

師匠は、わたしのわがままに、ただ付き合ってくれているような気も。

「王よ! 正気ですか!?攻め込まれることが明白な町に、なぜ物資と人材を注ぎ込むのです!」

「それはバルマに『どうぞ略奪してください』と言っているようなものでは?」

飛び交う言葉を、王として素直に受け止めているように見えた。

過去と未来、そして今の不安が一斉に押し寄せる。

わたしは知っている。この方が笑う時はいつも何かに‥‥‥

「そうにしか思えないだろ?それが生きる道だ」

王から指示されたことは、これだ。

1.疲弊した兵たちを瞬時に癒す、極上の酒と食料。
2.敵国の将軍さえも魅了させる、最高級の調度品。
3.招き入れるような、広く美しい宿屋。

これらをすべて、バルマ軍の前線に晒すようにせよと。

それは、あまりにも危険すぎる。

最悪の場合、かつての魂がどこかになくなるような感覚。

ある家臣の1人が、この狙いが分かったように発言した。

「王よ、もしや、このような街を作ることで、我々に存在する価値をバルマに見せ、存続させようという狙いで?」

「正解だ。お前たちの命、預けてくれるか?」

軍議室の空気は重苦しいほどの沈黙が落ちた。

それでは、バルマの傀儡ではないかと‥‥‥
滅びるよりも残酷な風景が頭をよぎる。

この言葉を、ただ受け取るしかできなかった。

それでも、この場の空気に流されたくない想いがあふれ出る。

「私の命など‥‥‥とうの昔に、あの学び舎で差し上げております」

不安で押しつぶされそう。また、逃げたくなる。本当はとても怖い。

でも、わたしは、師匠の一番弟子だと自負している。
それだけが、今この状況でわたしが唯一頼れるものだと。

バルマではない。目の前の師匠から逃げたくない。
そんな思いで、この場の誰よりも師匠の瞳を強く見つめる。

沈黙の空気を、現状この国で最も長く生きたであろう家臣が、皆を代弁するように重い口を開く。

「王よ、我々はあなたの決断によってこれまで何度も救われてきた。だから、この場の皆が納得はしている。この道しかないのだろうと。それが最善であるということも。教えてほしい。その真意を‥‥‥」

わかっていたはずだった。
わたしだけではなく、皆がこの方を信頼していることを。

でも、何もわかっていなかったとも。
みんなが見つめる視線の強さが、わたしと変わらないことに。

大きな戦いになるかもしれない。

この場の雰囲気から出る、言葉にできない不安。
急に湧き出る不信感から、みんなの心をどこかで疑ってしまった。

それは、わたしの信念すら疑うような‥‥‥

今、ここにいるのは、いつもの師匠じゃない。
それは王としての器を、改めて突きつけられたようだった。

何かにとらわれて、その真意がわからない。

過去のわたしならできたような。
彷徨えても、流離えない。

師匠はこの場にいる全員の目をゆっくり見渡した。

あの時の、瞳は忘れられない。

この場にいる全員にわかるように、本当の作戦がゆっくりと説明される。

「‥‥‥これで納得したか?」

『国を滅ぼす』

それは自分たちの家を、歴史を、誇りをすべて捨てるもの。

けれど、その先に「真の勝利」があるのなら、迷うことはない。

勝利の光と未来が見える。同時に、悪魔になれと囁かれるような。

なぜ、また迷うのだろう。さっき決意を固めたはずなのに‥‥‥

わたしは弱い。すぐに揺らいでしまう。

でも、またできる気がする。

この方の姿を見ていると、不思議とそう思える。

いつから、自分の道を信じられなくなったの‥‥‥

変えなければ、変わらない。
その一歩が重く感じるようになったのは‥‥‥

でも、この方についていくことが、いつもわたしを幸福にしてくれた。

何も迷うことはない。ただ、その光の道をともに歩む。

様々な感情が交錯するも、心は1つになっていた。

この方こそ『真の王』であると。

そして、わたしたちがこの『真の王』を歴史から消すのだと‥‥‥

「では、作戦に取り掛かる。今この瞬間、我々は死んだ」

――フリーデルは兵士の傷をいやすには、十分な宿場街へと変化していた。

生い茂る木立が途切れた、わずかな隙間。
師匠に連れられたわたしは、その頂から街を静かに眺めていた。

わたしは、この景色が好き。
幼き頃、あの場所から見てすごした、この風景は今でも覚えている。

懐かしさが、わたしの心を癒してくれる。
けど、今は不安も高まってしまう。

「‥‥‥滅ぼす国の領地とは思えんな」

「ここが、戦地の最前線になるとも思えませんね‥‥‥」

こだわりたい。でもそれでは滅びてしまう。
この感覚はいったいどこからきているのか、今はわからない。

「あぁ、たぶんならないだろうな。壊すにはあまりにももったいない」

師匠も見えていないのだろうか。この先の未来が。
でも、どうしてできるのだろうと不思議に思う。

わたしは、今の師匠が不安になる。

「王自ら最前線に来るのは、危険かと‥‥‥」

この作戦で一番危険なのが、彼自身であることを知っていた。

わかっていたのに、わからなくなるこの感覚。

でも、この時の師匠は違った。

そこには一人の街の青年になったような、すがすがしさがある。

『バン・テイル』

「わたしのこれからの名前だ。これからはマスターと呼ぶように。あと、きみにこれを渡しておこう」

師匠から受け取ったのは、エプロンだった。
やさしい、師匠のぬくもりを感じた。

これには、大きな意味があるようにも。

「あの、これは?」

「今日からきみの戦闘服だ。もちろんわたしの自作だ」

このエプロンが戦闘服であること。
そして何より、これがあの師匠からの自作プレゼントであるという‥‥‥
2つの驚きが隠せない。

「えっと‥‥‥わたしはこれからいったい何を?」

わたしは、不安と安心で揺らいでいた。
この先に何が待っているかわからない。

もしかして‥‥‥

「昼は役場の秘書、夕方からは私の酒場のウエイターだ」

「だから、マスターだと。わかりました」

何かに裏切られたような。でも、嫌な気持ちにはならない。

「一応、確認しておくが、酒が極端に弱いとかじゃないよね?」

「浴びるほど飲めます」

「‥‥‥え?」

うれしいのか悲しいのかわからない。
初めて師匠が動揺した姿を見たかもしれない。

あの頃とは違うという想い。
なんだか複雑になった。

「失礼しました。最近は控えています」

「そうか‥‥‥きみのことを、まだ何も知らないのかもしれないな‥‥‥」

互いに少し緊張が和らいだように見えた。
昔とは違う、どこか変わったやさしさがそこにはあった。

「‥‥‥盗み聞きはよくないぞ。それで、情報は集まったのかな?」

背後の気配を全く感じなかった。
少し恥ずかしい気持ちになる。

誰もいなかったはずのその場所に、少数の黒き影が控えていた。

「マスター!お客様第一陣は500人ほど来店だそうですよー!」

「500か、存分におもてなししよう。ありがとう、ナギ」

「セレス、紹介する。この子がナギだ」

「この子が、隠密部隊の隊長だったのですか?」

普段はどのように暮らしているのかわからない。

部隊は『チムニースイープ』と呼ばれている。

師匠からは漆黒の一族と聞いていたが、対面するのは初めて。
すでに、バルマに潜入し、敵の情報を引き出していた。

「ちなみに、バルマ兵士の総数は5000はいるみたいですよー!」

「5000‥‥‥わが軍の5倍ですね」

「引き続き、わたしの指示で動いてくれ。あと何か足りないものがあれば言ってくれていい」

「了解ですー!あと、開店初日はどうすればいいのでしょう?」

師匠は、当然のように例の物を渡す。

「むむっ!セレスちゃんとお揃いですねー、かわいいー!」

和やかな二人の様子を眺めていると気づいた。

師匠はこの状況下でいつ、このエプロンを作っていたのかと。

わたしは畏怖した。

わたしは緊張していた。でも、どこか懐かしい匂いがする。

そして、この隊長の彼女を信頼していいものなのか?
師匠の一番弟子のわたしより、どこか親しげにも。

いや、師匠だけでなく‥‥‥

漆黒の一族とは、おそろしい存在だと思っていた。
でも、目の前の彼女からは、殺気をみじんも感じない。

いったい何に恐れているの‥‥‥

また、この気持ちになる‥‥‥あの軍議の時と同じ‥‥‥

「ナギ‥‥‥後のことはきみに任せる。頼んだぞ‥‥‥」

「お任せくださいマスター!」

師匠はナギさんに何かを託したように見える。
とても重いものを任せたように。

「セレスちゃん!またねー!」

・・・スゥー‥‥‥

やさしい風を感じた。

不安な気持ちを察した師匠は、わたしにやさしく話しかけてくれる。

「安心していい。あの子は決して裏切らない。見ての通りだ」

裏切ると言われると、裏切る可能性を確認してしまう。
悪い癖だ。未知の不安が重なる。
その根拠をどこかに求めたくなる。

「なぜ、そう言い切れるのですか?」

「では、きみはわたしを裏切るのかね?」


この世界で最も信頼できる言葉がそこにあった。

――開店の日、バルマと一目でわかる軍勢がこちらに向かっていた。

「さて、営業時間か」

部隊の一番前には、重装備の隊長と思われる者がいた。

その姿を見て、わたしも師匠も覚悟を決める。

「たしか、レオン隊長だったか」

「ナギさんの報告ではそのように。豪傑な者と聞いております、しかし、貧しい階級出身なようで、あまり認知はされていないと」

「‥‥‥なるほどな」

――ザッザッザッ。

レオンとその部下は、困惑しているようである。

「おい、聞いていた情報と違うが、本当にあれがフリーデルという町なのか?」

「支給された地図には、間違いなくこの位置なのですが‥‥‥もしかすると違うかもしれません‥‥‥」

「‥‥‥どうみても、戦闘の前線には見えない。兵士の姿も見えない。城門に関しては、何の防備もない。もしかして違うところに来てしまったのか?」

レオンと兵士たちは、辺境の町を占領する予定だった。
そして、相手も武装して待ち構えているはずだと。
ところがその様子は全くなく、ただ平和で栄えた街の様子にしか見えない。

「本当にここが戦いになる地で、間違いないのだろうな?」

「絶対に、そうだとは‥‥‥」

互いの自信のない言葉からくる不安がかけ合わされ、さらに不安が高まる。
気を紛らわすため、整った街並みを眺めているようだ。

そして、レオンの視線の先に、あるものが映る。

「おい、あれを見ろ」

街には本来、リブラリスの国旗が高々と掲げられているはずである。
しかし、そこには半分燃えたような状態で掲げられている無残な姿。

「どうなっている。すでにどこからか攻められたのか?もし、別の国が攻めているとなると、問題になるぞ。ここは、情報を集め、戦うなら日を改めた方がいいんじゃないか?」

レオンは、想定していた戦場の様子と、あまりにも違いすぎることに戸惑っている。この街を戦場にするかは隊長である、彼の判断にかかっている。

関係のない街を戦場にしたら、盗賊と変わらないという不安。

そうなったとき、いったい誰が責任を取るのか。

そんな中、1人の青年が近寄り、膝をつき深々と頭を下げた。

「お初にお目にかかります、レオン将軍。わたくしはこの街の管理を任されております。テイルと申します」

「‥‥‥わたしのことを知っているのか?」

「はい、バルマで一番の豪傑だと伺っております。この街で知らない者などおりません。我々はあなた方を歓迎します」

バルマで一番の豪傑将軍という響きによって、レオンの機嫌はよくなったように見えた。そして、この状況を聞き出すいい機会だと。

「ふん‥‥‥そうか。我々は、リブラリスの支配から、ここフリーデルを解放しにきた。戦う意思はあるか?」

「とんでもございません。リブラリスはこの地が戦場になることをわかっていて、自国の兵士も送らず、この平和な街が滅びるまで戦えと‥‥‥」

テイルは、悲しい表情を浮かべ、少し泣いている。

何かにこだわり頑張ってきたものが、裏切られた気持ちときのよう。

瞳の奥には、魂が宿るような。彼は視線を何かに向ける。

「フリーデルの総意はあの旗を見ていただければ、将軍ならご理解していただけるかと。どうか、我々をお救いください‥‥‥」

レオンは、納得せざるを得なかった。
持っている情報は、もはや何の意味もなさない。

むしろ、この情報にとらわれていると、ただ不安が積み重なるだけ。
目の前に見えているもの。この現状が真実であると。

バルマ国王は当初、この地を手に入れることが目的であった。

ならば、この街を廃墟にするのではなく、活かすことこそ、バルマの未来のためになるとレオンは判断する。

「なら、話がはやい。ここは支配地ではなく、我々の領地としよう。この街にはそれだけの価値がある。国王に贈り物をして、今後の侵攻拠点とすると、わたしが報告すれば、不当な扱いはされまい」

「レオン将軍の慈悲に感謝いたします。どうです?長旅でお疲れでしょう。ここで今夜、宴を開かれ、英気を養われては?もちろん、この街が、不当な扱いをされないということに感謝し、費用はこちらが負担いたします」

部隊の兵士たちは、ここまでの長旅と不安で疲れている様子。
この提案を受け入れる次の戦いに備えること。

隊を率いるものとして、それが最善であり、部隊の指揮が上がることは明白だった。

――宴は、盛大におこなわれ、街の食事、酒が存分に振舞われた。兵士たちは疲れを忘れ、満足げな寝息を立てて酔い潰れている。

バルマ軍と我々は仲間として、すでに打ち解けた空気に包まれていた。

「マスター、すまない。休める場所に案内してくれないか?」

「セレス、わたしはレオン将軍を宿屋に案内する、皆に片づけの準備を指示しておいてくれ」

「‥‥‥かしこまりました」

意識が限界に達しているレオンをテイルが介抱し、部屋に運ぶ。

レオンは、この戦いで武勇をあげ、バルマに幸福を与えると語る。

「テイル。今日話してわかった。あんたはいい人だ。バルマのために、これからもよろしく頼む」

「レオン将軍の英雄譚に加われるよう、全力で支援いたします」

「‥‥‥‥‥‥」

テイルがレオンの眠りを確認したときには、すでに皆、宴の片づけ準備が整っていた。

「‥‥‥予定の時間だな」

テイルはレオンの剣を持ち、窓から合図を送る。

セレスは、街の中央建物屋上から松明に火をつけ、高々と掲げる。


静かな夜、500の部隊は一瞬で全滅した。

――翌朝、街には高々とバルマの旗が掲げられていた。

「‥‥‥おはようございます。レオン大将軍」

「おはよう、セレス。冗談が言えるのはいいことだな」

ーーズシーィン!
そこには、レオンの身に着けていた重装備を纏う、テイルの姿があった。
わたしは、なぜこのような冗談を言ったのかわからない。
目の前にいた、あの豪傑がいなくなったからか。

いや、あの感覚は深淵を覗くような‥‥‥

ーーわたしはあの時、街が一望できる場所で待機していた。

街の灯がだんだんと消えていく。
こんな時間に、夜空を見上げるのは久しぶりに感じる。

「‥‥‥星空が綺麗だわ」

・・・スゥー‥‥‥

「いつから、星を見るのをやめたのだろ‥‥‥」

ーー‥‥‥

街が静寂に包まれていく。

わたしは、少し肌寒い夜風を感じながら、その瞬間に備えていた。

ただ、一挙手の合図を出すだけ。
これが、この戦いの勝敗を分ける、宰相としての責務なのだと。

何かに躊躇いでもすれば、みんなの命に関わる。
みんなが師匠に預けたものがあの瞬間、すべて託されたのだと‥‥‥

懐にある、あたたかさを感じながら。

わたしは、師匠からの合図が来るまでの間、この暗闇に震えていた。

昨夜の重圧から解放されたからか。

たった一夜で、これまでにない様々な思いを抱えていた。だけど‥‥‥

ただほっとしたのだと思う。

これまでと変わらない故郷の風景と、師匠に出会えたことに。

「今日はゆっくり眠りなさい」

「‥‥‥はい」

閉店作業で忙しかったからではない。

わたしは、あの一瞬ですら、重みに押しつぶされそうになった。
時間は十分にあった。ただ、眠れなかった。

師匠はずっと、あれを背負っていたのだと。

師匠もおそらく寝ていない。
それは、わたしの理由と逆なのだと。

「作戦の状況を説明してくれるかい?」

「はい。こちらの被害は皆無。500の部隊は全滅。一般市民の被害も報告されていません。街に入った兵士と、その亡骸は完全に一致しています」

師匠の作戦は、人間の油断をつく極致のようなものだ。
このような戦いは歴史的にも聞いたことがない。
卑怯といわれるかもしれない。

だが、多勢に無勢を利用し、潰しに来た相手こそ卑怯である。
その強敵にわたしたちは勝利した。

そこには、かつて誰もできなかったことを、やり遂げたという達成感すらあった。

「遺体はイカダに乗せ、下流のリブラリスで葬ってやれ。ここでは次の客に感づかれるかもしれん」

「ナギさんの部隊は何を?」

「数日後バルマ兵に変装させ、伝令を送らせる」

師匠によるとこうだった。

すでに、フリーデルの占領は完了。
次の村へ侵攻するため、部隊を同じように送るように誘導する。

手土産に、この街の一番うまい酒を国王に献上させ信用させる。
内部から情報を操り、隙があれば、兵を削らせる。

いつもの師匠を見て、わたしは安心する。
どこか、気をつかっていつもより話してくれているような。

もう、すでに前を見ている。はるか先の勝利の未来を。

「既に占領しているとわかっている分、今回よりも警戒が薄れていますしね」

「あと、数回これが行われる。バルマは勝利を重ね、我々の軍を壊滅。各地を占領。という歴史をつくる」

「そのあとはどうされるのですか?」

「英雄レオンを筆頭に、バルマ兵として凱旋し正面から溶け込む」

こうして、最初のような緊張感は薄れ、流れ作業のような営業が続いた。

――最後の閉店作業を終わらせたわたしたちは、バルマ凱旋に向かった。

バルマ国内は、激しい戦いの中掴んだ勝利のしらせで熱気に包まれていた。

「来たぞ!」

レオンの姿が見えたとき、市民は熱狂に包まれた。

レオンの活躍はナギさんを通して、何度も国中に報じられていた。

すでに、英雄レオンは誕生していた。

バルマ国王との謁見で、英雄レオンはリブラリス王を討ち取った証として、リブラリスの宝剣を献上する。

しばらくして、バルマ国王は病死したと人々に伝えられた。


――玉座に座る「彼」は、遠くを見つめていた。

「‥‥‥あの師匠。これからは、なんとお呼びすれば?」

「好きに呼べばよい」

こうして、バルマ国王レオンが誕生した。

レオンの治世はバルマの最盛期と後に語られる。

『この世界で誰よりも「師匠」を知っている。でも、「彼」を知らない』

『この世界は「彼」を知っている。でも、誰も「師匠」を知らない』

――レオンの治世が終わった後の時代。バルマから南の小さな領地。

そこはかつてリブラリスと呼ばれていた。
今は、バルマ国直轄地レオンという。

その昔、そこを統治していたリブラリス王は、バルマとの戦いの際、真っ先に逃亡し、領民を見捨てたという。

領民はバルマと抗戦したが、英雄レオンが逃げ隠れていたリブラリス王を打ち取ったことで、戦いが終結した。

後にレオン国王主導のもと、領地は驚異的な発展を遂げることとなる。

現在、直轄地レオンは、バルマ経済の中心であるフリーデルとの交易が盛んであり、幼い当主が治めている。屋敷には多くの商人が出入りしていた。

あの日、リブラリス王に命を預けた家臣たちの名は、どの立派な装丁の歴史書にも載っていない。

それでも、わたしたちはその時代、確かに生きていた。

執務室の壁には、伝説の宝剣が少し埃をかぶり、後世に受け継がれていた。

静かな執務室の窓から差し込む光が、一冊の『ボロボロの絵本』を照らす。

幼い当主はそれを手に取り、楽しそうに笑う。

「僕は祖母からよく聞かされた、こっちの『おとぎ話』の方が好きだ!」


――『滅国の英雄譚』は、わが一族のみぞ知る。


――終


『わたしは、時代を描かない』

『わたしは、わたしの生きた時代を描く』


▼この物語の始まりは、こちらからどうぞ。(過去編:第1話)

▼異世界大河ファンタジー小説『わたしが本当に守りたいものは何か?』
 
 『滅国の英雄』(シリーズ全11話公開中)
 TALESにて、創作大賞2026 ファンタジー小説部門 エントリー中

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▼異世界冒険ファンタジー小説 TALES版
 流離の冒険者 『小さな灯は、やがて大きな灯となる』

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