矛盾を抱えた私
少しだけ、自分の勉強との向き合い方について正直な話をさせて頂きたいと思います。
私は日々、語学の学習や資格試験の勉強に時間を使っています。
平日の朝は少し早く起きて机に向かいます。移動時間には単語帳や教材を開きますし、帰宅後もわずかな時間を見つけて学習を進めています。
決して十分な勉強時間が確保できているわけではありません。それでも限られた時間の中で、少しでも前に進もうと考えながら日々を過ごしています。
私は時間の大切さを理解しているつもりです。一日は24時間しかありませんし、その積み重ねが結果として現れることも分かっています。学習においては特にそうです。1時間の差は小さく見えても、それが一か月、一年と積み重なれば大きな差になります。
だからこそ、毎日のスキマ時間を活用しようとしています。
しかし、その一方で不思議な自分もいます。たまに訪れる連休や予定の少ない休日になると、思ったほど勉強が進まないことがあるのです。
時間はその時あるはずなのに、、、です。
平日であれば「あと一時間あったら勉強できるのに」と考えているにもかかわらず、実際に時間ができてしまうと、なんとなく動画を見たり、ぼんやり過ごしたりしてしまうことがあります。
もちろん休息は必要です。人間ですから、常に集中し続けることなどできません。それでも、時間の大切さを理解していると言いながら、その時間を有効に使えていない自分を見ると、どこか矛盾しているように感じるのです。
時間が足りないと言いながら、時間がある時には十分に活用できない。そう考えると、私はずいぶんと勝手な人間なのかもしれません。
ただ、最近になって一つ感じることがあります。それは、適度に忙しい時の方が、むしろ学習はうまく進むということです。
平日は使える時間が限られています。だからこそ、「この30分だけは集中しよう」、「この移動時間だけは無駄にしないようにしよう」と考えます。
時間に制約があるからこそ、その時間の価値が高く感じられるのかもしれません。一方で、時間が潤沢にあると、いつでもできるという安心感が生まれます。そして、その安心感が、いつの間にか先延ばしにつながってしまうこともあります。
勉強そのものが嫌いなわけではありません。むしろ続けたいと思っています。
それでも、人間は必ずしも合理的には行動できないのでしょう。だから私は、自分の矛盾を無理になくそうとは思っていません。
「時間を大切にしたいと思いながら、時には怠けてしまう」、「成長したいと思いながら、休息を求めてしまう」──そうした相反する気持ちを抱えているのが、人間の自然な姿なのだと思います。
だから、大切なのは、完璧であることではなく、また勉強に戻ってくることなのかもしれません。少し怠けた日があったとしても、翌日に机に向かえばよい。連休を思うように使えなかったとしても、また平日のスキマ時間を積み重ねればよい。
総括すると、私は時間の大切さを理解しながらも、ときに時間を無駄にしてしまう矛盾を抱えています。
しかし、その矛盾も含めて自分なのだと思います。これからも完璧を目指すのではなく、限られた時間を少しずつ積み重ねながら、自分なりの歩みを続けていこうと思っています。
田町 崎(たまち さき)

翻訳者。南山大学経済学部経済学科卒業後、人材派遣会社で日系ブラジル人たちとともに働く。これがきっかけとなりブラジルポルトガル語の勉強を始め、のち、市役所/警察/病院などで翻訳と通訳を経験。その後、京都外国語大学でブラジルポルトガル語を専攻し同大学院修士課程を修了。院生時には外務省留学プログラムに参加し、メキシコシティにあるメキシコ国立自治大学(UNAM)でスペイン語を約1年学ぶ。海外メディア報道を通じて主には中米/南米の情勢を研究している。TOEIC910点。

