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【エルサルバドル】近年起きてきたこと

本記事では、近年のエルサルバドル情勢について特集していきたいと思います。エルサルバドルの経済や社会に関心がある方のみならず、エルサルバドルへの旅行をご検討している方にとっても有益な情報となるかと思います。
 
「一体、何が起きてきているか」/「その背景には何があるのか」――これを読者の皆さまとともに考えていけたらと考えております。最後までお付き合い頂けますと嬉しいです。それではスタート致します。


ブケレ大統領

ドラスティックな改革を何度となく行なったブケレ大統領
ナジブ・ブケレは、2019年6月、エルサルバドル大統領に就任しました。就任後、彼が行なったドラスティックな改革により、エルサルバドルは大きく変わったと言われています。一方で、時に強権的とも言える対策を疑問視する声も多く、彼の諸改革は国内に賛否両論の嵐を巻き起こすこととなりました。本コラムではそれらの改革のうち、治安に焦点を絞り、ブケレ大統領について深堀していきたいと思います。

https://abc7chicago.com/post/trump-hosts-el-salvadors-bukele-amid-deportation-controversy/16170384/ ナジブ・ブケレ(Nayib Bukele、1981年生まれ)は、2019年からエルサルバドル大統領を務め、2024年に得票率約85%で再選された現職大統領です。元実業家出身で、InstagramやXを駆使したスタイリッシュな発信スタイルが特徴です。

ブケレは「世界一クールな独裁者」を自称し、国民の支持を集めています。最大の功績は、ギャング(MS-13など)対策です。非常事態宣言を長期化させ、大量逮捕と超大型刑務所(CECOT)の建設により、犯罪率を劇的に低下させました。これにより国内では絶大な人気を博していますが、一方で権力集中・言論統制・人権問題から「民主主義の後退」との国際的な批判も強く受けています。

そんなブケレですが、彼は、実はパレスチナ系(祖父母がエルサレム・ベツレヘム出身)の父親を持つ中東系のルーツで、親イスラエル路線を明確に取っています。トランプ大統領とは蜜月の関係で知られ、アメリカとはMS-13対策や移民送還で連携を強化しています。

治安を大きく改善させたブケレ大統領
ナジブ・ブケレ大統領はエルサルバドルの治安を大きく改善させました。これに関連し、以下にて国連薬物犯罪事務所(UNODC:United Nations Office on Drugs and Crime)のデータをご覧ください。

エルサルバドルの治安を大きく改善させたブケレ大統領
表はエルサルバドルにおける10万人当たりの殺人事件発生率の年次推移です。これを見ると、2000年から2018年まで40件から100件付近を記録していた殺人事件発生率の数値は、ブケレが大統領に就任した2019年以降、年を追うごとに小さなものとなっています。ここから、同国の治安が劇的に改善していることがわかります。2022年に至っては7.9件と過去23年間で最もよい数字が出ているのです。
 
なお、参考として2021年における他国の数値に関しては以下の通りでした。ホンジュラス(35.0件)、メキシコ(26.1件)、グアテマラ(19.9件)、ハイチ(13.0件)、アメリカ(6.8件)、日本(0.2件)です。
 
12年もの長期に渡ったエルサルバドル内戦
ナジブ・ブケレの登場によってエルサルバドルの治安は大きく改善しましたが、以前のエルサルバドルは中米でも随一に治安の悪い国として世界的に知られていました。この治安悪化の原因の一つにはエルサルバドル内戦(1979年―1992年)があると言われています。


https://www.britannica.com/biography/Oscar-Arnulfo-Romero

大司教オスカル・ロメロ(1917年―1980年)。エルサルバドルの大司教で、当初は保守派と見なされていましたが、親友の司祭暗殺をきっかけに、政府軍や右派死の部隊による人権侵害・民間人虐殺を強く非難する立場に転じ、ラジオ説教で全国に訴え続けました。

彼の暗殺は、内戦をさらに激化させる大きなきっかけとなり、葬儀では参列者に向けた銃撃事件も起きました。それほど、当時の政権にとって危険な存在だったのです。

オスカル・ロメロは左派ゲリラの暴力も批判しつつ、貧しい人々の「声なき声」として正義を説き、エルサルバドル国民にとっては希望と抵抗の象徴です。2018年にローマ教皇フランシスコにより聖人に列聖され、ラテンアメリカ全体で解放の神学と人権の象徴として今も深く崇敬されています。

この内戦は1979年に起こされたクーデターが引き金となって起こされたものでした。当初は軍事独裁政権とそれに対立する左派ゲリラという構図でしたが、これにアメリカやソビエト連邦といった国際社会からの介入が行なわれ、内戦は長期化。この内戦は1992年に和平協定が締結され終結するまでに、犠牲者75,000人以上、行方不明者多数を出すという大変悲惨なものとなったのです。

https://www.biografiasyvidas.com/biografia/m/marti_farabundo.htm

ファラブンド・マルティ(1893-1932)は、エルサルバドルのマルクス主義革命家で、1932年に起きた農民蜂起(La Matanza)を指導した人物です。

この蜂起は政府軍による大虐殺(約3万人死亡)で鎮圧され、マルティ自身も処刑されました。彼は中米共産主義の象徴的存在であり、貧困農民の権利と反寡頭支配の闘いを体現しています。

FMLNは1980年の結成時に彼の名を冠し、「ファラブンド・マルティ民族解放戦線」と命名することで、1932年の蜂起精神を内戦の闘争に引き継ぎました。今日もマルティは、エルサルバドル左派にとって抵抗と革命の永遠の象徴となっています。

エルサルバドル内戦下で成長していったストリートギャング
そして、この内戦の間、「マラス(Maras)」、「パンディージャス(パンディーヤス)(Pandillas)」とものちに呼ばれることとなるストリートギャングがエルサルバドル国内で勢力を拡大していくことなりました。
 
うち、エルサルバドルにおいては以下のグループが大きな勢力として確認されています。彼らは、殺人、強盗をはじめとする凶悪犯罪をはじめ、麻薬密売、誘拐、恐喝などを行ない、エルサルバドルのみならず中米を中心とした周辺国の治安を悪化させてきたと考えられています。


スレーニョス
Sureños(別名Barrio Sureños、18S)

https://www.bbc.com/mundo/articles/czdyvp18njqo

元々は総称としてバリオ18としてカテゴライズされていたグループですが、2005年にレボルシオナリオスとともにバリオ18から分離独立したと考えられています。

世界最大級のメキシコ麻薬カルテル「シナロアカルテル」とのパイプがあり、違法薬物の取引で資金を稼いでいるとされています。


マラ・サルバトルーチャ
Mara Salvatrucha(別名MS-13)

https://www.infobae.com/america/mundo/2021/01/24/historia-criminal-de-la-mara-salvatrucha-como-paso-de-pandilla-callejera-en-los-angeles-y-el-salvador-a-organizacion-terrorista/

1980年代のアメリカのロサンゼルスにいたエルサルバドル移民のストリートギャングが発祥とされています。

バリオ18とともにエルサルバドルの2大ギャング勢力の一つと考えられています。アメリカ国内にも構成員を抱えており、その数は1万人もいるとされています。


バリオ18
Barrio 18(別名Calle 18、Mara 18、エイティーンス・ストリート・ギャング)

https://insightcrime.org/news/analysis/assessing-el-salvador-gangs-in-a-post-truce-context/

1960年代のアメリカのロサンゼルスにいたメキシコ移民のストリートギャングが発祥とされ、現在、アメリカのみならず、カナダ、メキシコ、中央アメリカにまでテリトリーを広げているとされています。

また、アメリカ国内にも構成員を抱えており、その数はアメリカ20州のみで3万人から5万人もいると見積もられています。


レボルシオナリオス
Revolucionarios(別名Barrio 18 Revolucionarios、18R)

https://insightcrime.org/es/noticias/analisis/pais-entrego-carceles-a-pandilleros/

元々は総称としてバリオ18としてカテゴライズされていたグループですが、2005年にスレーニョスとともにバリオ18から分離独立したと考えられています。

スレーニョスとは敵対関係にあり、両者間での武力衝突がたびたび引き起こされています。


補足

バリオ18、レボルシオナリオス、スレーニョスはメキシカン・マフィアともカテゴライズされる場合があります。その際には、総称として「ラ・エメ(La Eme)」と呼ばれることもあります。

他に、ミラーダ・ローコス 13(Mirada Locos 13)、マオ・マオ(Mao Mao)、マラ・マキナ(Mara Máquina)などのギャングも確認されています。彼らは、マラ・サルバトルーチャをはじめとするグループから追放されたメンバーで構成されたギャングとも考えられています。
 
トランプ大統領は、エルサルバドルのマラスを危険視しており、不法移民対策を強く主張した際にはマラ・サルバトルーチャに触れ、「彼らは人間ではない。アニマルだ」と表現しました。

https://www.politico.com/story/2018/05/17/trump-immigrants-animals-595118

一方で、トランプのこの発言を巡ってはいぶかしむ声も聞かれ、マラ・サルバトルーチャを一例に挙げ移民の存在そのものを犯罪者扱いすることで、移民政策強化の口実に利用しているのではないかという議論が沸き起こることとなったのでした。


ギャングと休戦協定を結んだマウリシオ・フネス大統領
そして、エルサルバドル国内で跳梁跋扈し続けるマラス問題をお手上げと考えたのでしょう。何と、当時の大統領マウリシオ・フネス(任2009年―2014年)は、2012年、マラ・サルバトルーチャをはじめとするギャングと「休戦協定(La Tregua)」を交わしたのです。これは、いくつかの便宜と引き換えに殺人件数を減らすという、政府とギャングとの間で交わした前代未聞の約束だったのです。具体的には、最高セキュリティーの刑務所に収容されているマラスのリーダーを規律の緩い刑務所へと移送させる等の対応が行なわれたと言われています。

マウリシオ・フネス(1959-2025)は、エルサルバドルの政治家・元テレビジャーナリストです。2009年、エルサルバドル内戦終結後初の左派大統領としてFMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)から当選し、2009年から2014年まで第41代大統領を務めました。

元人気報道キャスターという経歴を活かし、貧困層へのアピールで高い支持を集め、過去の内戦での政府の残虐行為に対する謝罪を行うなど象徴的な政策も打ち出しました。しかし、在任中の2012年にマラ(ギャング)との「休戦協定(La Tregua)」を事実上容認・関与し、殺人件数の一時的減少と引き換えに刑務所待遇の緩和などの便宜を図ったことが最大の汚点となりました。

任期後、FMLNからも除名され、公金横領、違法なギャング交渉、不正蓄財、脱税などの罪で複数起訴されました。裁判では欠席裁判で禁錮14年(ギャング関連)や6年(脱税)などの有罪判決を受け、2016年頃からニカラグアに亡命し、同国市民権を取得して逃れました。2025年1月、ニカラグアのマナグアで病気により65歳で死去したことが報じられています。

つかの間の成果にしかならなかった休戦協定
結果、この協定により殺人事件の発生件数は減少を見せますが、それはつかの間の改善にしかなりませんでした。先の国連薬物犯罪事務所の表にある通り、2012年に42.1件だった殺人事件発生件数は2015年106.8件へと跳ね上がることとなってしまったのです。


治安回復を目的としてブケレは大量の治安当局関係者を市中に投入
この状況を大きく好転させたのがブケレ大統領です。大統領就任直後の2019年6月、2,500名の警察職員と3,000名の軍の隊員を首都サンサルバドルの中心街に配置し、街中の治安警備にあたらせました。また、この治安警備の範囲は後日、17の主要都市へと範囲を拡大し、7月には軍の隊員を1,000名追加されるなど大変スケールの大きなものとなったのです。この2か月の活動により、5,000名もの逮捕が行なわれたと警察当局は発表しています。

https://www.laprensagrafica.com/elsalvador/El-Salvador-suma-hoy-a-1000-nuevos-militares-al-plan-de-seguridad-20190729-0161.html

ギャング捜索のために、大量の軍関係者がエルサルバドル市中に投入されました。

2019年10月には、マラ・サルバトルーチャの17名に及ぶリーダー(カベッシーヤス(Las Cabecillas)、またはラ・ランフラ・ナシオナル(La Ranfla Nacional)とも呼ばれることがあります)、ならびに400名以上の構成員を殺人、武器の違法売買などの容疑で裁判にかけました。
 
非常事態宣言により、治安当局は逮捕状なしで逮捕・拘束できることとなった
その後も国内の治安回復のために警察職員と軍隊による市街地の配置は続けられていましたが、2022年3月、国内で殺人事件が急増したため、政府は非常事態宣言を発出して憲法が保障する権利を一時的に制限しました。これにより、逮捕状なしで逮捕・拘束できると解釈されたため、治安当局は安全対策を理由に次々と市民を拘束していくこととなったのです。


ブケレは非常事態宣言後にも治安部隊を投入させ、市中でのマラスの取り締まりの強化に努めました。同年11月時点では、58,000名以上ものマラスとその関係者が拘束されたと報道されています。

https://jp.reuters.com/news/picture/gangland-el-salvador-idJPRTX1Y62Y/

しかし、この逮捕状なしでの逮捕・拘束を可能とした取り締まりに対しては、国際人権団体からの強い非難を集めることとなったのです。うち、アムネスティ・インターナショナルはこの取締りにより「深刻な人権侵害」が起きていると批判するとともに、ブケレ政権に対し即時に非常事態宣言を終了させ、恣意的逮捕と拷問の疑いのある行為を停止し、すべての被拘束者に対して公正な裁判を受ける権利を保障するよう強く求め続けています。


CECOT

世界最大級のメガプリズン:CECOT
CECOT(Centro de Confinamiento del Terrorismo、テロリズム収容センター)は、エルサルバドルにある世界最大級のメガプリズン(超大型刑務所)です。ブケレ大統領が主導するギャング撲滅政策の象徴的な施設として知られています。
 
このCECOTは、ブケレ大統領がギャング撲滅のための非常事態宣言(2022年3月)を発令した直後、大量の拘束者が出てしまい、既存の刑務所では収容しきれなくなったため、急ピッチでこのメガプリズンを建設するよう指示を出し作られたものです(彼は、元々大統領選挙の公約に「治安回復」を掲げ、MS-13をはじめとするギャングを徹底的に取り締まっていくと明言していたのです)。

CECOTに収容されている拘束者たち。布団はなく、冷たいコンクリートの上か、金属製のベッドの上で寝るしかない状態です。また、照明は24時間つきっぱなしです。つまり、熟睡できない環境であるのです。
https://www.princetonpoliticalreview.org/international-news/inside-cecot-el-salvadors-controversial-prison

上の写真は、大量の受刑者を効率的に数える(点呼)ために、拘束者を整列、座らせているシーンです。また、新規拘束者の受け入れ時にもこのような整列が行われています。
https://www.amnesty.org/en/latest/news/2025/04/la-cooperacion-represiva-entre-eeuu-y-el-salvador/

アムネスティ・インターナショナルはCECOTを非難している
CECOTを非難している組織の一つにアムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)があります。同組織は、1961年創設の国際人権NGOで、主な活動は、拷問の禁止、公正な裁判、恣意的拘禁の撤廃などを推進することです。
 
CECOTに関しては、恣意的拘束、および拘束者たちは、十分な証拠なく大量逮捕され、家族・弁護士との連絡や公正な裁判が制限されているとし、これらの行為を即時停止し、人権を完全に尊重すること、適正手続きを回復することを求めています。
 
また、同時に、ギャング撲滅を目的とした、ブケレの一連の対策を「大量かつ恣意的な自由剥奪を伴う体系的な国家政策」と糾弾しています。


ラウニオン港

老朽化により閉鎖されていた港を再建するプロジェクトが持ち上がる
エルサルバドルの西方には国際貿易港として機能しているアカフトラ港があります。しかし、同港は太平洋に面していることで波やうねりの影響を強く受けることがあるため、迅速なオペレーションを求められる荷役作業には限界があると指摘されてきました。

https://www.dreamstime.com/print-image350079723

主要港湾として機能する「アカフトラ港(Acajutra:上の地図の左にある港)」と首都の距離は約80キロ(車で1時間強)。それに対して「ラウニオン港(La Union港:右にある港)」は、約190キロ(車で3時間)の距離に位置しています。

そこで、国の東部に位置し、老朽化により閉鎖されていたクトゥコ港を再建するプロジェクトが1990年代後半に持ち上がりました。フォンセカ湾の入り江にある同港は、アカフトラ港と比較して風や波浪の影響を受けにくいことが評価され、この再建プロジェクトはとんとん拍子で進んでいったのです。

総額112億3300万円が投入された巨大プロジェクト
のちに「ラウニオン港」としてスタートするこの港の再建工事には、日本政府から巨額の資金が注入されました――その額、何と、円借款にして「総額112億3300万円」。同港開港に伴って、経済活性化につながるのではないかとも期待され、地元民はこのプロジェクトを熱烈に歓迎したのです。

JICAのHPより。借款契約額「 112.33億円」と明示されています。
https://www.jica.go.jp/oda/project/ES-P5/index.html

コンテナ船がほとんどやって来なかってラウニオン港
しかし、結果はその期待に大きく反したものでした。コンテナ船がほとんどやって来ないのです。なぜなのでしょうか。なぜラウニオン港にコンテナ船が寄り付かなくなってしまったのでしょうか。
その理由としては、
1] 航路の深さが十分足りず、船がラウニオン港を利用できないこと
2] 大型クレーン設備がないこと
などの問題点が挙げられています。

中国軍が軍事基地にしてしまうのではないかと噂されていたラウニオン港
この話はここで終わりません。何と、「同港は将来、中国の軍事基地に使われるのかもしれない」との噂が飛び交っており、実際に一部のメディアが報道していたのです。

https://www.nbcnews.com/politics/national-security/project-el-salvador-shows-how-china-exerting-growing-power-america-n1278464

一時は、中国軍が軍事基地にしてしまうのではないかと、一部のメディアは報道していました。


では、現在、どうなっているのかというと、年間わずか数隻しか利用されなかったのが、2025年には、何と70隻以上の大幅増となったのです。
その原因は何かというと、トルコの巨大企業「イルポート」による投資です。

https://www.seatrade-maritime.com/ports-logistics/yilport-investing-1-6-billion-in-two-el-salvador-ports
イルポートによるエルサルバドルの投資計画を伝える報道。エルサルバドルにある2つの港湾の拡張に16億2000万ドルを投じる計画で、これは同国史上最大の民間投資だと考えられています。

JICAとの調印から約25年経過して。ようやくこの港に大輪の華が咲くこととなったのです。なお、日本が貸したお金は無償になったわけではなく、エルサルバドル側が責任を持って返済義務を履行しています。港の稼働が悪かった時期も、返済は滞ることなく続けられてきました。

このラウニオン港は、エルサルバドル経済を大きく成長させていくことができるのでしょうか。


エルサルバドル

https://www.britannica.com/place/El-Salvador

■ 国土面積  :21,040km2(日本の6%程度)
■ 人口    :633万人(2022年)
■ GDP(名目):324億8871万米ドル(世界第位、2022年)
■ 主な言語   :スペイン語


■ 国土/地理/自然災害
エルサルバドルは中央アメリカに位置する小さな国(四国(18,800km2)と同程度)です。国境はホンジュラスとグアテマラに接し、西方は太平洋に面しています。
 
エルサルバドルの国土はフィリピンと同程度の緯度に位置しており、熱帯気候に属します。季節は雨季(5月~10月)と乾季(11月~4月)にはっきり分かれます。雨季には毎日のようにスコールが降ります。首都サンサルバドルは、1年を通じ、気温、湿度とも高い気候です。
 
国土はコーヒーベルトに位置し、大地はミネラル豊富な火山性土壌だという2つの好条件が重なり、エルサルバドルでは良質なコーヒーが採れます。かつては、ここで採れたコーヒーが世界中に輸出されていましたが、長く続いた内戦と不安定な政情、気候変動、さび病などのネガティブな原因が重なり、現在では大幅に生産量が落ちこんでいます。

国は環太平洋造山帯に属し、地震、および火山噴火が多く発生することで知られています。地震については、2001年、1月にはマグニチュード7.6、2月にはマグニチュード6.6の揺れがエルサルバドルを襲い、計1,259人(1月は944人、2月は315人)が死亡するという「エルサルバドル大地震」が起きました。火山については、その数は25を超えており、現在もたびたび噴火が観測されています。代表的な火山には、サンミゲル(2022年噴火)、サンタアナ(2005年噴火)があります。


■ 略史
エルサルバドルは、1502年にコロンブスによって「発見」されて以降、スペインの植民地支配、周辺国との離合集散、さらには長年に渡って続いた内戦などの苦難の歴史を歩んできた国です。

16世紀前半、スペイン人のコンキスタドールによって、エルサルバドルはスペインの植民地下に置かれます。のち、スペインは中米エリアでの勢力を拡大していき、この地にグアテマラ総督領を置きました。エルサルバドルは、この頃、このグアテマラ総督領に編入されていまいます。
 
支配者として君臨したスペインはこの地にエンコミエンダ制を敷きました。この制度はスペイン王室がコンキスタドールに対しその地の統治を委託するものでしたが、のちコンキスタドールたちがこの制度を利用して専横に走ってしまい、先住民の奴隷労働化を招くこととなってしまいます。農作物栽培の強制労働による搾取は苛烈を極め、先住民は次々と亡くなってしまいました。 

https://www.britannica.com/biography/Pedro-de-Alvarado
ペドロ・デ・アルバラード(1485頃~1541年)。スペインのコンキスタドールで、エルナン・コルテスの右腕として活躍した人物です。1524年に中米遠征を主導し、グアテマラとエルサルバドルを武力で征服しました。勇敢でカリスマ性のある軍人として知られる一方、極めて残虐非道で、富と権力への執着が強かったとされます。彼の征服では、先住民に対する大虐殺や拷問が繰り返され、特に抵抗する部族の指導者を生きたまま焼き殺したり、都市全体を焼き払うなどの残酷な行為が記録されています。

エルサルバドルでは、ピピル人らに対する苛烈な攻撃とエンコミエンダ制の強引な導入により、大量の死者と奴隷化を生みました。中米先住民の間では今も「最も忌み嫌われる征服者」の人物です。

19世紀前半にはナポレオンの登場により、スペインの支配下に置かれていたメキシコでは、イダルゴたちを中心として独立の機運が高まっていきます。のち、これはメキシコ独立革命につながっていきます。そして、これに煽られたのが長年のスペイン支配に対し不満を持っていたグアテマラ総督領です。メキシコ革命の成功の知らせを受け、1821年、グアテマラ総督領は独立を宣言。スペインからの決別を果たすのでした。

https://www.biografiasyvidas.com/biografia/g/gainza.htm
ガビーノ・ガインサ(Gabino Gaínza, 1758-1824)。1821年当時のグアテマラ総督領の最高責任者です。

メキシコ独立革命の成功を知り、スペイン支配に対する現地の不満が高まる中、彼は1821年9月15日の中央アメリカ独立宣言に署名し、スペインからの独立を正式に認めました。 血なまぐさい革命ではなく、比較的平和的な形で独立を達成した象徴的な人物として知られています。

グアテマラ総督領は独立後、メキシコ第一帝政に組み込まれますが、君主は短期間のうちに失脚。エルサルバドルを含めた中米エリアは中米諸州連合としての再出発を余儀なくされてしまいます。しかし、連合内での内紛が絶えず、結局、中米諸州連合は崩壊に向かってしまいます。1841年には、エルサルバドルは中米諸州連合からの独立を宣言。ついに、独立独歩の道を切り開いたのです。


しかし、国の不安定な情勢は20世紀に入っても、なお相変わらずでした。1970年代後半には政情不安が一層深刻なものとなってしまい、内戦にまで突入してしまいます。これが「エルサルバドル内戦」です。10年以上に渡って繰り広げられたこの内戦は死者数だけで75,000名を超える大変悲惨なものとなったのでした。

https://www.britannica.com/biography/Ronald-Reagan

ロナルド・レーガンは、元映画俳優としてハリウッドで活躍した後、政治の世界に転身し、1981年から1989年まで第40代アメリカ大統領を務めた人物です。彼は冷戦期に、共産主義勢力の拡大を防ぐために、エルサルバドル内戦で強硬姿勢を取り、政府軍への巨額軍事援助を続け、左派ゲリラFMLNの勝利を防ぐため交渉より軍事抑止を優先しました。

国内ではアメリカ国内の麻薬を根絶しようとしていた「麻薬との戦争」を推進し、1986年の反麻薬乱用法などで罰則強化と捜査体制を拡大、妻ナンシーとともに「Just Say No」キャンペーンを展開しました。

1981年の暗殺未遂事件では、重傷を負いながらも手術室で執刀医たちに対し「I hope you are all Republicans(あなたたちがみな、共和党員だったらいいんですけどね)」とジョークを飛ばすなど、狙撃された際のジョークでも有名で、国民の士気を高めました。

大統領退任後、晩年には認知症を告白。「夕陽の旅路に入る」と穏やかに未来を語り、病との闘いを公にしました。レーガンは、俳優出身の魅力的なコミュニケーション力で「偉大なコミュニケーター」と呼ばれ、経済政策(レーガノミクス)や冷戦終結への貢献で評価される一方、外交の強硬路線や国内政策の格差拡大で議論を呼んだ大統領です。

国の経済発展を著しく損なったこの内戦は1992年に集結します。エルサルバドルは、その後、ストリートギャングが闊歩した国となってしまいますが、2019年に大統領に就任したナジブ・ブケレがそれを一掃。現在に至っています。


■人口分布/民族構成
エルサルバドルは、中央アメリカで最も人口密度が高い国として知られており、なかでも首都サンサルバドルは屈指の人口密集エリアです。人口(2020年)は、大きい順に首都サンサルバドル(186万人)、ソヤパンゴ(28万人)、サンタアナ(23万人)です。

民族構成はメスチソ(86.3%)、白人(12.7%)、先住民(0.23%)、黒人(0.13%)です。

■輸出/主要港湾
輸出品目(2021年)に関しては、上位から、Tシャツ(7億5200万米ドル)、セーター(4億3600万米ドル)、コンデンサー(3億1100万米ドル)、プラスチック(2億6900万米ドル)、粗糖(2億3600万米ドル)です。なお、コンデンサーについては、電子部品メーカーの京セラがエルサルバドルへ進出し、その生産を行なっています。

おもな輸出国(2021年)に関しては、上位から、アメリカ(26億6700万米ドル)、グアテマラ(11億6000万米ドル)、ホンジュラス(10億9000万米ドル)、ニカラグア(4億9200万米ドル)、コスタリカ(2億8000万米ドル)です。

海上輸送での主要港湾はアカフトラ港です。また、国の東方にはラウニオン港があります

エルサルバドルについては以上です。最後までご覧下さり、ありがとうございました。

私は南米/中米/カリブ海諸国の時事コラムを作っております。今後、他の国についてもアップし続けていきますので、お手すきの際にあらためて立ち寄って頂けますと嬉しいです。

田町 崎(たまち さき)

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