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Moon River

うさぎの親父ってさ。
ロクでもなかったよね。
私のつぶやきにユージは缶ビールを開けながら、うん、と頷く。
今日は中秋の名月だ。真ん丸な月を見ながら私とユージは缶ビールを飲み干す。
綺麗な月だ。
いや、月が綺麗ですね、か。

ユージはうさぎの旦那で私の幼なじみだ。
三人で同じ学校で同じクラスに居た。
ユージと私はめちゃくちゃ仲が良かった訳じゃない。
うさぎがユージと付き合ったから一緒に遊んだ。
ユージの親と私の親は仲が良くて家族ぐるみの付き合いもあった。
けど、私はうさぎとばっかり遊んでた。
うさぎの親父はロクでもなくて、働かないわ借金はしてるわその癖女は途切れなかった。
金を貢ぐ女から嫁と別れろと言われて、ヘラヘラしながらうさぎの母親を追い出した。
うさぎは取り残されて、一人アパートに居た。
私の親とユージの親が代わる代わるうさぎの面倒を見た。
うさぎを守らなきゃ。
私とユージはいつも一緒に居るようになった。
いつしか、ユージはうさぎと付き合い結婚して子どもも生まれた。
私も都会に出て結婚し、たまに実家に来ていた。

うさぎが死んだ。
病気だった。
葬式の日、どこで聞きつけたかうさぎの親父がやってきて喪主をやるとほざいた。
香典欲しさだった。
歳を取り、思うように貢ぐ女も引っかからないからだろう。
ユージは孫のおじいちゃんだからと尻込みしたが、私は許さなかった。
罵詈雑言吐いて暴れまくって追い出した。
うさぎが死んで金が入らないならここに来る必要はない。そう捨て台詞吐いてうさぎの親父は逃げて行った。
孫の顔も見ずに。

あれからユージとうさぎの子は成人し、都会で大学に行き、就職して結婚した。
可愛らしい孫も生まれ、たまに家族でこちらに戻ってくる。
私は都会での結婚を終え、バツがついて戻ってきた。
子どもが産まれたらまた人生は変わっただろうか、今も一人で暮らし働いている。

今日は中秋の名月。
なんとなく、通っていた学校に向かう途中の川辺に来てぼんやり月を見ていた。
ここら辺もすっかり様変わりして、コンビニも出来た。便利だ。
ユージもほどなくやってきた。
「お前なぁ」
「女一人で夜ふらふらすんな」
ユージは渋い顔だ。よく私を見つけたもんだ。
「飲む?」
コンビニで買ってきた缶ビールを渡す。
「500缶か」
「そうよ」
「飲み切れるのか」
「当たり前よ」
「明日も仕事だろ」
「このくらい平気だよ」
ユージが缶ビールを開けながら言った。
「無理すんな」
「うさぎが困るだろ」

川の中のゆらゆらした月影を見ながら、私はつぶやく。
「うさぎは困らない」
「私が来るのを待ってる」
「月の中で」

うさぎは私を好きだった。
私もうさぎが好きだった。
結婚は出来なかった。
それだけだ。
ユージはうさぎが好きだった。
だから結婚した。
それだけだ。

「俺はうさぎを守りたかった」
「けど、好きとは違う」
残酷だな、とユージを見る。
孫まで居る爺さんが何を言うか。
私だって男に生まれたかった。
うさぎと結婚して、二人の子が生まれて孫を見たかった。
そんなことは望めない。

うさぎはさ。
あの親父さんの子じゃないんだ。

え?
何を言ってるの?

うさぎの母さん、ほんとは好きな人が居たらしくて、その人の子だって。
うさぎは親父を恨んだり責めたりしなかったのはそれを知ってたから。
ついで言うと、息子も俺の子じゃない。うさぎがお前が都会に出た後に自暴自棄になってナンパされてた時の子、らしい。

うさぎもうさぎの母さんも馬鹿だな。
私はそう言うしかなかった。
誰かを好きになって、誰からも愛されなかった。

「お前はうさぎを好きじゃなかったのか」

そうかも知れないね。
可哀想なうさぎ。
可哀想が好きだったのかも知れない。
うさぎが普通に愛された子で過酷な環境の子じゃなかったら多分気にならない。
多分。
親父さんの子じゃなくて捨てられたのは可哀想だ。
が、私が居なくなったからと他の人の子を産んだのは間違いだ。
うさぎの母さんより残酷だ。
子を復讐に使うなよ。
そう思う私も残酷だ。

孫がさ、可愛くてさ、うさぎそっくりなんだよ。
良かったね。
親も喜んでるんだ。
そっか。

「私らの親も残酷だね」
「確かに」
よそんちの子のうさぎを実の子以上に構った。
私らはどこか放っておかれ、冷めた目で親を見てた。
可哀想なら愛されるのかと。

結局、人様の親の愛情や憐憫を横取りしたうさぎ。
幸せだったのだろうか。
私らは不幸だったのだろうか。

少なくとも。
自由だ。私もユージも。
うさぎがいない今は。

「私がさ」
「なに?」
「うさぎみたいに華奢で可愛い子なら愛されたのかな」
水面に移る月を見ながら、ユージに問いかける。
「俺もかな」
「あはは。そうかも」
空っぽになった缶を手でブラブラさせながら笑った。
「ビール無くなった」
「買いに行くか」
「そうする」
ユージはいつも優しい。
うさぎの旦那になって子どもを育て上げて今は年老いた親と住んでいる。
うさぎの死後、恋愛も再婚しなかった。

「お前はこれからどうすんだよ」
「今聞くか」
「心配しちゃいけないか」
「心配しなくていい」
そう、私は華奢で可愛くないから心配しなくても大丈夫。
親ですら心配していない。
「うさぎはもういない」
「知ってる」
だから自由だ。
「お前どっかに行っちゃいそうで」
ユージは真顔で言った。
私も言った。
「あんたもそうしなさいな」

すごく寒くなって。
年の瀬師走。
引越しのトラックが来た。
ユージが手伝ってくれた。
「もう一回頑張ってみるわ。おばさんだけど」
「俺も追っかけるわ」
「あはは。やっと気がついたの」
私はニヤリとして言った。
「私らは自由なの」

うさぎは死んだ。
月に帰った。
私もユージも地球に居る。
地球で。
これから。
生きていく。
うさぎを忘れて。

うさぎうさぎ、何見て跳ねる。
十五夜お月様見て跳ねる。

私ら月には行けない。
ごめんね。
地球は今日も蒼くて人を惹きつけてる。
私もユージも決めている。
うさぎが死んだことで傷を舐めあわないと。
私らは自由なんだから。

うさぎ、あんたも自由になりなさい。
生まれ変わったら、二度と憐憫の川で漂ってはいけないよ。生まれ変われるものならば。

Moon River, wider than a mile
I'm crossing you in style someday
Oh, dream maker, you heart breaker
wherever you're going I'm going your way
Two drifters off to see the world

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