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社労士の世界はスリル、ショック、サスペンス !?【ボクが感じた難病患者に対する社会の壁】


現在、日本において、


難病患者が働くための困りごとは、


3つに集約されます。





1つめは、


コミュニケーションの問題


難病の特性、背景情報が上手く伝わらなくて、学校・職場で円滑な相互理解が進まないといった意思疎通の問題です。





2つめは、


仕事のミスマッチの問題


病気のせいで、希望する職種の仕事に就けない。就職しても、病気に対して理解が進まず、病気に合った仕事を割り振ってもらえない。また、そのことで健康が維持できない。仕事内容、仕事量が合わないといった問題です。





3つめは、


働いても低賃金である問題


病気の患者であるがゆえに、社会、組織から期待されない。重要な仕事を任せてもらえない。仕事の経験を積ませてもらえない。仕事のチャンスそのものがない。そのために、経験のPDCAサイクルを回せず、キャリアを形成できない。そして、職歴がないために、低賃金化に陥る問題です。現在、日本で障害者手帳を持つ障害者の8割が貧困状態にあると言われています。





僕は、これら3つの問題を解決するべく、難病患者の治療と仕事の両立支援、就労支援、創業支援を行っております。





そして。





コミュニケーションの問題を克服し、


笑顔で仕事ができる」。





仕事のミスマッチを乗り越え、


やりたい仕事ができる」。





低賃金の問題を解消して、


キャリア形成ができる」。





難病患者の3つの「できる」を実現することを当事務所の目標としています。




僕は、この難病患者の3つの困りごとは、雇用されて働いているときだけの問題だと思っていました。しかし、自分が経営者になって、雇用されない立場になっても、この3つの問題があることに気付きました。「社会保険労務士」という資格だけを見れば、他の難病患者さんに「良い仕事で羨ましい」なんて言ってもらえることがあります。ですが、難病であることは、どの立場の患者も同じで、働くことに抱える困難性があることに変わりがないんだなといつも実感しています。



そこで、今回は社労士事務所を開業してから経験したこと、また、その経験を通して感じた難病患者に対する「社会の壁」について綴っていきたいと思います。



社労士の世界はスリル


僕の社労士1年目は年金特別アドバイザーに就任しました。ですが、3ヵ月目で下血し、復帰まで6ヵ月を要しました。ほぼ1年、開店休業状態となりました。まずは、そのことから説明したいと思います。





【経緯】


2023年11月。東京都社会保険労務士会多摩支部の八王子ブロックの研修会に出席したことが始まりでした。当時は開業1ヵ月目で、社会経験は、障害者雇用での短期間の就労しかありませんでした。経腸栄養療法で日常の制限がある期間が長かったとは言え、ほぼニート状態で、社会保険労務士として右も左も分からない状態でした。そして、その研修会の懇親会で八王子年金事務所の行政協力に空きがあるからやってみないか?と誘われました。後日、応募したのですが、先輩の社労士が選ばれたということで落選しました。社会経験も社労士の経験もなかったので、それは当たり前だと思います。しかし、その後、東京都社会保険労務士会多摩支部の行政担当の先生から電話をいただき、青梅年金事務所の人手が足りなくて困っているから、週に1回でもいいから行政協力に応募しないか?という話を伺いました。通勤に時間がかかることを少し迷いながらも、受諾しました。その時に、難病のクローン病を患っていること、小腸機能障害の身体障害者手帳4級を所持していることを伝え、昼休みに通常の薬のイメージとは違う栄養剤を服用すること、トイレの回数が少し多くて、トイレ休憩が必要であることについて、了承してもらいました。また、このことはインターネット上の応募の申し込みにも、クローン病に罹患していることと身体障害者手帳の4級を所持していることは明記しました。そして、2024年3月から青梅年金事務所の年金特別アドバイザーに就任を致しました。





【問題点】


・年金事務所に僕の難病・障害の情報が伝わっていなかった


これがすべてのトラブルの発端になったように思います。経緯で説明したとおり、僕が難病のクローン病であること、小腸の機能障害で身体障害者手帳4級の所持をしていることは、東京都社会保険労務士会に事前に伝えておりました。また、八王子年金事務所、青梅年金事務所の行政協力の申し込みの際に、申し込み内容の控えが送信者に電子メールで送られてくるのですが、その控えにもクローン病、障害者手帳の所持を記載してあることは確認済です。控えは未だに手元にあります。また、年金特別アドバイザーの就任前には、青梅年金事務所お客様相談室長への挨拶があるのですが、このときに、室長は初めて僕が難病であることを知ったかのような反応をしていました。東京都社会保険労務士会の行政担当の社労士の先生に「薬の服用時間とトイレの時間を与えていただければ、」普通に働けますと何度も伝えていたのですが、大腸全摘をしていることは外見からわからないせいか、「薬の服用時間とトイレの時間を与えていただければ、」の条件が抜け落ちて、ただ普通に働けると行政担当の社労士の先生も認識していたようでした。そして、薬に関しても、錠剤ですぐ飲めるような薬をイメージしているようでした。服用する薬は栄養剤で、栄養剤をつくることにも5~10分の時間がかかるとの説明を口頭でしたのですが、理解できなかったみたいです。仮に東京都社会保険労務士会から僕の難病・障害の情報が年金事務所のお客様相談室長に伝わっていなくても、直接、僕が室長に自分の難病・障害情報は伝えました。ですが、現場の職員にそのことは伝わっていませんでした。そのことで、現場に入ってから、現場の職員から「病気がある」ことを責められるような言動が多々ありましたから、コミュニケーションでの困難を感じました。




・厚生労働省の施設なのに、合理的配慮がない


障害者差別解消法が改正により、2024年4月から合理的配慮が義務化されました。僕が年金事務所に勤めていたのは2024年3月から2024年5月でした。合理的配慮がスタートされた時期なのですが、厚生労働省の施設で合理的配慮はなされていませんでした。具体例を出していくと、まず薬の服用時間が与えられなかった問題です。昼休みそのものがありませんでした。また、トイレの小休憩も自由にありませんでした。相談時間の合間にトイレに行きたかったのですが、現場の担当や受付の人が勝手に相談者を連続して呼ぶこともあり、トイレも自由に行けませんでした。便意を我慢しながらの相談になるので、相手の相談内容が頭に入ってこないこともかなりありました。東京都社会保険労務士会の年金特別アドバイザーの研修にも問題があったと思います。第一段階はEラーニングで法律の研修、第二段階は年金事務所で接客、相談実務の研修、第三段階はウインドマシンと呼ばれる年金の業務システムを扱う研修があると聞いておりました。ですが、実際はEラーニングとウインドマシンの研修だけで、第二段階の接客、相談実務の研修がありませんでした。接客、相談はぶっつけ本番でもできるというのが、指導していた社労士から言われたことでした。ですが、経腸栄養療法で長い間、働けなかったこともあり、ニート状態であった僕には、相談業務の接客が1番苦戦するところでした。年金事務所の職員からは、働かなかったことは自己責任と言われ、業務を教えてもらえませんでした。どうしても昼休み、業務時間後に残務処理に追われることになりました。年金事務所を退勤する時間は僕が1番最後ということもありました。青梅線の運行が遅延になっていたこともあり、閑散とした小作駅では代替交通手段もないので、食事も休みもなく10時間働き詰めで、駅周辺には炎症性腸疾患の患者が利用できるような施設がありませんでした。誰も助けてくれないんだなと1人で途方に暮れたこともありました。契約内容の労働条件が守られていない上に、勤務表に昼休みがなかったこと、残業があったことを記載すると突き返され、改竄まで迫られました。年金事務所は行政の施設なのに、遵法意識がないところなんだなというのが、僕の正直な感想です。合理的配慮がなく、仕事が上手くマッチングしませんでした。




・ハラスメントが横行する職場


社会保険労務士に年金事務所の公務員が自己紹介をしないような職場でした。ですから、下血するまで3ヵ月間働いたのですが、職員の名前は知りませんでした。朝、挨拶をしても、無視する職員も結構いました。東京都社会保険労務士会から個人情報保護のチェックシートが毎月送られてきます。統括管理責任者、部署責任者を知っているか?などの項目があるのですが、最後まで誰か知りませんでした。先輩の社労士に伺ったところ、「そんなものいちいち送り返さなくていい」とのことで、他にも保険事故の発生時に報告先を知っているか?の項目などもあったのですが、教えていただけず、そのまま放置していました。職場の雰囲気がそのような状態でしたので、公務員と社会保険労務士の間には、常にコミュニケーションの壁がありました。僕は、行政協力を引き受ける際に、行政担当の社労士の先生から「人手が足りないので、週に1回でも助かる」と聞いていたのですが、年金特別アドバイザーに就任してから、現場の職員からは「人手が足りないから、週に1回では困る」と何度も言われました。通院がある週には、出勤できない旨を伝えると、「そんなに病気が良くならないなんて、病院を変えた方がいいんじゃないか?医者の腕が悪いんじゃないか?本当は難病ではないのではないか?」とまで言われ、本当はやる気がないんじゃないか?サボりたいだけじゃないのか?と疑っていることがわかりました。ちなみに、僕のクローン病の診断をしたのは、東京医科大学の八王子医療センターです。15年間、お世話になりました。そして、大腸全摘の手術の折に、うちでは難手術だからと紹介頂いたのが、現在通院する新宿の山手メディカルセンター(旧・社会保険中央総合病院)です。東京医科大学八王子医療センターの担当医には、とても気を遣ってもらい、山手メディカルセンターの内科部長につないでもらえました。山手メディカルセンターは炎症性腸疾患の患者臨床数は日本有数の病院で、炎症性腸疾患の専用病棟まで有する病院です。現在の主治医はセンター長で、東京都主催の難病医療講演会などを行うなど、日本の炎症性腸疾患の分野では間違いなく名医です。障害年金の審査を行う年金事務所が医師の診断に疑いをかけたり、病院の変更や治療法まで指図をしてくるというのは、大変驚きました。また、通院日以外にも、ダンボール5箱以上の薬が処方されるので、薬の受け取りにどうしても1日休みが必要なので事情を説明したのですが、「そんな量の薬は出ないよね。」「本当だったら、薬漬けにされている。悪い病院だ。」と、見え透いた嘘をついてると取り合ってもらえない様子でした。炎症性腸疾患において栄養剤を1日3回以上飲むことは稀ではありません。それだけでも、1ヵ月90包の処方があります。決して嘘などついてはいないのに、嘘つきの扱いでした。また、このことは年金事務所の職員だけでなく、同業の年金特別アドバイザーからも疑われました。


また、出勤のシフトを週1回しか入れないことを責められ、仕事のやる気もないのに、どうして応募したの?と職員や社労士に何度も詰問を受けました。ですが、経緯でも説明した通り、年金特別アドバイザーの就任依頼は、東京都社会保険労務士会からの要請でした。そのことを説明すると相手方も言い返せず、とても苛ついた表情をしていました。難病患者・障害者を全く受け入れるつもりのない職場環境で、東京都社会保険労務士会が事前の説明もしなかったようです。難病患者・障害者の僕が派遣された状況は、年金事務所も知らなかった話なんだと思います。年金事務所の職員は相談業務で障害者の対応に辟易としていたようですから、職員として障害者が働くことまで受け入れたくはなかったんだと思います。歓迎はされませんでした。そのため、「社労士に向いていない」とか、「そんなに難病の仕事をしたいなら、福祉の仕事でもすれば?」とか、「難病以外の精神的な障害があるんじゃないの?」と嫌味まで言われることがありました。心理的な安全性は全くなかった職場だったと言い切れます。こういったことからも、コミュニケーションにおける相互理解に大きな壁があることを実感しました。




・多様な人材が活躍できる職場ではない


なぜ厚生労働省の職員が、難病患者・障害者に対して無理解なのか?それは「多様な人材が働く職場」を実現できていないからだと考えています。僕が年金特別アドバイザーとして働いている間、年金事務所では障害者雇用の労働者を見ませんでした。僕に対しての扱いも、障害者雇用の知見がありませんでした。雇用実績があまりないのだと思います。国・地方公共団体における障害者雇用の法定雇用率は2.8%。民間の法定雇用率は2.5%。障害者雇用促進法は民間より、国・地方公共団体により高い障害者雇用の法定雇用率を課しています。にも関わらず、年金事務所は障害者雇用の法定雇用率を達成できているようには見えませんでした。行政こそ、民間より高い意識で重度の身体障害者・知的障害者を積極的に採用すべきではないでしょうか?共に働く「当事者の声」がない現場だから、現場の職員が、障害者・難病患者に無理解なんだと思います。今年の3月、2024年の障害年金の不支給が倍増しているとの共同通信の報道がありました。1つの事象だけが原因ではないと思います。しかし、その原因の1つに現場の職員の「障害者に対する偏見」も含まれるように感じます。障害年金の審査には、属人的な要素があります。人が物事の判断をする以上、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)がないとは限りません。少なくとも、僕は、自分のクローン病の診断や治療法など、詐病じゃないかと年金事務所の職員に疑われました。年金事務所の職員が障害者を公平に扱っているかと問われれば、僕は「信用できない」と答えます。障害者・難病患者のキャリアが形成できない職場でした。





【現在】


2024年5月、年金特別アドバイザーの無理が祟って、クローン病が悪化し下血してしまいました。そして、6ヶ月間の休業を余儀なくされました。この間、東京都社会保険労務士会、青梅年金事務所からフォローや労りの言葉などは、全くありませんでした。何があったかすら、聞いてもらえませんでした。それどころか、行政協力を無責任に辞めた扱いで、悪評が広まり、多摩支部の社会保険労務士に避けられるようになりました。行政協力の失敗より、裏で陰口を言われるようになったことに傷つきました。ですが、体調が悪いながらも、紛争解決代理業務の研修、試験を受け合格し、日本ではじめてのクローン病の特定社会保険労務士になることができました。自力で這い上がりました。僕が将来に現れる難病患者・障害者の社会保険労務士にできるアドバイスは1つです。行政協力はやらないほうがいい。チャンスを与えてもらったことは感謝しています。だけど、本当に怖い世界だということは伝えておきます。



社労士の世界はショック


2025年5月に治療との両立・障害者等就労支援委員会の公募に応募したのですが、落選しました。事前に東京都社会保険労務士会の幹部の方々に委員の選考について伺っていた内容と違っていて、強烈な違和感を抱きました。正直、「騙された」という感情すら残りました。何があったのか、まず時系列で説明したいと思います。




【時系列】


2025年5月15日

東京都社会保険労務士会の多摩統括支部委員会委員・勤務等部会協力員公募が開始されました。申込期限は2025年5月31日まで。


同日

治療との両立・障害者等就労支援委員会(略称:治療と仕事の両立支援委員会)に自己PRを記入し、応募。



2025年5月18日

落選とのメールが届く。


同日

治療との両立・障害者等就労支援委員会の前委員長に問い合わせ。選考は「抽選」との回答。



2025年5月19日

東京都社会保険労務士会の多摩統括支部長に抗議。覆らず。




【解説】


申込期限は5月末であるにも関わらず、委員会公募の開始3日後に落選しました。2023年11月の八王子ブロックの研修会で治療との両立・障害者等就労支援委員会の前委員長と知り合いました。僕のために、30分くらい様々なことを話してくださいました。そして、イベントや研修に来て欲しいとのことだったので、通うようになりました。その中で、委員会に応募してほしいということは言われていました。また、多摩支部の幹部の人たちからも、「東京都社会保険労務士会への協力活動も考慮されるから、がんばってね」とか、「君にピッタリの委員会だね」とも言われていて、中には「君を強力に推薦するからね」なんて言ってくれる幹部の人もいました。ですから、他の委員の先生たちからは、「誘いたいけど、君はもう両立支援委員だよね」と言われて、他の委員会を知る機会もあまりありませんでした。しかし、結果は落選。そして、両立支援の前委員長に子細を聞くためにメールをしたのですが、選考は「抽選」で、それ以上の意味合いはないとことでした。ここ2年間の両立支援委員会の研修、イベントの参加回数は1番多かったと思うのですが、東京都社会保険労務士会への協力は、全く関係ありませんでした。普段から両立支援委員会での懇親会の様子などを友人の弁護士にはよく話していたので、その友人にアドバイスを求めました。「委員にふさわしい人間より、委員長が使いやすい人間を選ぶパターンだ。支部長に抗議したほうがいい」とのことで、支部長にまで抗議をしました。支部長に連絡したところ、支部長も驚いた様子で、調査をしてもらえました。選考基準は「抽選」とのことで、委員選考の裁量権は各委員会に委ねられており、判断を覆すのは難しいため、今回は諦めてほしいとのことでした。以上が落選に至るまでの詳しい内容です。2026年4月に労働施策総合推進法が改正され、「治療と仕事の両立支援」が努力義務化されることに決まりました。そのことにより、社労士の応募が多くなったこともあったようです。ただ、健康な社労士は労働保険も社会保険もどのジャンルの仕事でもできます。しかし、難病の社労士は、事業主から、まず選ばれません。そのことをわかっているから、「治療と仕事の両立支援」のエキスパートになろうと僕も努力しているのだけれど、自分の専門分野でも、やっぱり健康な社労士に競り負けてしまうんだなと悔しさと悲しみが入り混ざった気持ちになりました。さらに、行政協力の悪評も響いたような気がして、行政協力なんてやらなければよかったと心底後悔もしました。落選して1ヵ月くらいの間は、ずっと胸が締め付けられるように痛くて、夜も眠れないくらい悩むことが多かったです。治療と仕事の両立支援の支援者の資質に、病気の患者「当事者の声」はあまり必要とされていないのかもしれません。病気の患者の相談対応をするのは、抽選のくじ引きで決まった社労士で充分ということなのでしょう。ちょっと罰ゲームみたいだなとも感じました。また、落選理由を前委員長にメールで尋ねても、抽選だから、あなたが悪いわけではないとの回答をもらいました。でも、それはちょっとズルいなと思っています。ダメなところがあるなら、自分のダメなところを知りたかった。委員の次の改選までに自分のダメなところは、ブラッシュアップしなければならないと思っていたから。厳しい世界だから、実力はつけていきたいし、モチベーションもほしかった。選考した人が悪者になりたくなくて、保身のための「抽選」なのかなとは、すこし思っています。治療と仕事の両立支援をしたい人の想いは受け止めてもらいたかったな。


多摩支部の治療と仕事の両立支援委員会が、東京医科大学の八王子医療センターの相談業務を請け負っています。15年間通院して、総計1000日以上は入院していた病院なんですよね。医師もスタッフも知ってる人がたくさんいるから、恩返しがしたかったです。個人的に、地元の院内学級を抱えてる病院ともつながって、院内学級で病気との向き合い方の話とかもしてみたかった。地元の大きい医療機関と関われなくなったことは悔しいです。


今回、多くの人にアドバイスをもらいました。その中で「治療と仕事の両立支援を専業としている人間が、治療と仕事の両立支援委員会に何度も落とされていたら、信用問題になるぞ」という言葉がとても印象に残りました。確かにその通りのように思います。今回の委員会公募は法律的な違背はないと思います。ですが、東京都社会保険労務士会との信頼関係は毀損するものだと思っています。東京都社会保険労務士会との付き合い方は考え直していきたいです。これから協力活動は控え、研修にのみ参加したいと思います。また、今期で政治連盟も抜けるつもりです。社労士以外の活動を尋ねられることがありますが、難病患者支援のノウハウ、情報共有などは一切致しません。すべて経験と等価交換であると思っています。


なんにせよ、落選はショックな出来事だったし、難病患者のキャリア形成は本当に難しい。


「人を信用しすぎた」のが失敗でした。



社労士の世界はサスペンス


僕は、障害年金の受給は、その人にとっての「不幸」だと思っています。


病気の進行や障害の悪化を示すものだから。





ですが。


障害年金の受給を「幸せ」だと考える人もいるらしいです。





「障害年金FIREで優雅に暮らそう」なんてことを言うファイナンシャルプランナーもいるようですが、年間80万円ちょっとの受給額の年金で、楽な生活なんかできるわけがないじゃないですか。





でも、社労士の世界も例外ではないみたいです。





僕は小腸機能障害で身体障害者手帳の4級を所持しています。
(身体障害者手帳の障害等級と障害年金の障害等級は別物です。)

そのことを知ると、社労士の職業病なのか、あとちょっとでもらえたのにねと人工肛門のことを言われたり、障害年金額を計算されたりします。まあ、それだけでも失礼な話なんですが。



年金特別アドバイザーの社労士にも、治療と仕事の両立支援を行っている社労士にも、その他の社労士にも言われたことがあります。





だけど。





みなさん、大事なことをお忘れじゃありませんか?と、いつも心の中で思っています。





【障害基礎年金の受給要件】


次の1から3のすべての要件を満たしているときは、障害基礎年金が支給されます。



1. 障害の原因となった病気やけがの初診日が次のいずれかの間にあること。

・国民年金加入期間

・20歳前または日本国内に住んでいる60歳以上65歳未満で年金制度に加入していない期間



2. 障害の状態が、障害認定日(障害認定日以後に20歳に達したときは、20歳に達した日)に、障害等級表に定める1級または2級に該当していること。



3. 初診日の前日に、初診日がある月の前々月までの被保険者期間で、国民年金の保険料納付済期間(厚生年金保険の被保険者期間、共済組合の組合員期間を含む)と保険料免除期間をあわせた期間が3分の2以上あること。

ただし、初診日が令和18年3月末日までのときは、初診日において65歳未満であれば、初診日の前日において、初診日がある月の前々月までの直近1年間に保険料の未納がなければよいことになっています。

また、20歳前の年金制度に加入していない期間に初診日がある場合は、納付要件は不要です。





実は僕。

クローン病が発症した23歳の頃、国民年金は払っていませんでした。当時は学生納付特例なんて制度はありませんでした。就職氷河期で就職もできず、経済的にも豊かではありませんでしたから、月に1万何千円なんて高い社会保険料は払えませんでした。





ですから。





【初診日要件】なんてものは、


満たしていません。





僕にとって障害年金は、


全く無関係な年金です。





今まで、このことに気付いた社労士は、誰もいませんでした。


もちろん、障害年金の受給は「不幸」だとわかって、僕の障害には全く触れない良い先生もたくさんいます。





しかし、年金事務所の職員にしろ、年金特別アドバイザーにしろ、デリカシーのない人がいるのも事実です。





恵まれた環境で当たり前の幸せがあって、予備校にも通えて、社労士の勉強ができた人には、恵まれない環境で、当たり前の幸せすら掴めなくて、独学で必死に勉強してきた人間の気持ちなんてわからないんだなって、最近、思うようになりました。


生きてきた環境が違いすぎて、価値観が全く合いません。


社労士に仲間なんか、きっとできないと思います。





僕の20代前半の未納期間は、市役所の福祉課の職員さんが気付いてくれて、すぐに世帯分離をして、現在の年金保険料はずっと全額免除になっています。





だから。


将来の年金額も


たった3万円。





生きていけないですよね。





毎年、誕生月に送られてくる年金通知書は、開けずに破いて捨てています。金額を確認するほうが精神的に悪い。絶望しかないんだから。





年金事務所では、プライバシーな情報や家族の言いたくないことを必要以上に詰問されました。全額免除になっていることを呆れられたり、侮蔑されるようなこともありました。もうバレてしまったなら、口さがない悪い噂になる前に、自分で告白してしまったほうがダメージは少ないと判断をし、今はネットなどでもオープンにしています。


だけど、公的支援もなく、難病患者を切り捨ててきたのは公務員だと思います。今も昔も若者に高い社会保険料が払える訳ないよね。


憲法上、「勤労の義務」があるのに、難病患者の「働く権利」が保障されていないのは、おかしい。


難病患者の公的支援が医療保険しかなく、その他の支援が全くないことが証左です。




社労士の世界で理解されないなら、例え、ひとりでも戦っていきます。




でも、本当に。


社労士の世界って摩訶不思議だよね。




障害者の内部障害の困難性は外見ではわからない。


研修でもよく言われているのに、わからないんだね。



少しだけ世の中を動かしたいな


僕は誰かと対立することはあまり好きではありません。ですから、行政協力などの話も委員になったときに、東京都社会保険労務士会に内々に話をして、少しずつわかってもらえればいいかなと思っていました。ですが、願いは叶いませんでした。就職内定取り消しのような事態で、青田買いをされて突き落とされるという騙された状況になってしまいました。多摩支部の治療と仕事の両立支援委員になれなければ、東京都社会保険労務士会全体の治療と仕事の両立支援にも携わることができません。なので今回、自分の気持ちの区切りとして、新たな決意をこのブログ記事に書かせてもらいました。組織の東京都社会保険労務士会には、縁がありませんでしたが、個人の社会保険労務士の先生には、良い人もたくさんいると思います。





僕は今回の経験を通して、「世の中を変えたい」という気持ちが芽生えてきました。





これから難病患者の治療と仕事の両立支援だけでなく、難病患者としての体験を語ることも、難病の啓蒙活動をすることも必要だと感じています。


苦手だった人前に出ることも、人前で話すことも乗り越えていきます。





難病患者の社会参加への壁は厚いと思っています。



例えば、社会的な地位がある人や物事に余裕がある人は、難病患者・障害者の社会進出を「どんどんやってよ」と肯定的なのですが、そうではない現場の職員、経済的な余裕がない人たちは「迷惑だ」と否定的です。職場で女性が産休を取得するシーンを思い浮かべてください。「仕事が増えて面倒くさい」と嫌う同僚はいませんか?産休を取りづらくありませんか?難病・障害がある人も、そうでない人も、みんなにとって働きやすい職場環境を作っていく必要があります。




女性の社会参画は、1985年の男女雇用均等法の制定により、労働の性差別がなくなり、1999年の男女共同参画社会基本法で男女の人権の尊重や社会参加を促してきました。そして、2015年の女性活躍推進法により、一般事業主行動計画を策定することにより、女性の社会進出を後押ししてきました。女性へのアファーマティブアクション(積極的格差是正措置)も導入されて、現在、ようやく女性が働くことが当たり前に認められるようになってきました。その歴史は40年もかかりました。




難病患者の社会参画も、時間が掛かると思います。難病患者の新たな支援法やアファーマティブアクションの導入も必要です。40年、50年と先になるかもしれません。社労士の世界だけでも、見えない壁はたくさん感じています。





だからこそ、


今から種を蒔いておきたい。




次世代に芽が出て、


育てられるように。




そして、笑顔で仕事ができる、やりたい仕事ができる、キャリア形成ができるの「難病患者の3つのできる」を実現したい。





そのためには、まず僕が社会保険労務士として、実力をつけることが必要です。


もうこうなったら、経験をお金で買ってでも実力をつけてやる!




来年、すこし計画していることがあります。


血を吐くような努力が必要ですが、経営体力を削ってでも、今の状況を打破します。





まあ、今は何を言っても、落選した負け犬の言うことに説得力はありませんよね。




わお、わお、わおーん。




ただの負け犬・社労士です。


ここまでダラダラ長く書いた言い訳も、負け犬の遠吠えですよ。



だから、気にしないでください。





でも、絶対にやってやります。





今回も

ブログを最後まで読んでいただき、

ありがとうございました。



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