見出し画像

自分のパンツは自分で洗え〜4、そうやって選んでるから駄目なんだよ①



 34歳の誕生日を過ぎた頃、家族で十勝川温泉に泊まった。

 我が家の温泉旅行といえば十勝川だ。帯広市の隣にある音更町で、孫の誕生日から祖母の米寿のお祝いまで、十勝川にある温泉旅館を片っ端から泊まり歩いた。今回も親戚で集まる用事があり、せっかくなので皆で十勝川に泊まろうと母親の姉夫婦も一緒だった。

 一泊二日の温泉旅行、私は帯広駅で家族と解散し、ひとりで札幌に帰る。家族との別れが寂しい年頃も終わり、JRの時間までに帯広の書店さんに挨拶に行くのが恒例行事だった。悠々自適に帯広散策をするのが常だが、今回は伯母が付き合ってくれた。

「久深ちゃん、お誕生日おめでとう」

「ありがとう。おばさんもおめでとうございます」

 母の姉である伯母は、私と同じ11月生まれだ。我が家の家族行事や親戚ぐるみのイベントも11月が多く、そのたびに伯母と誕生日を祝いあっていた。

 帯広市の六花亭喫茶室、そこでピザやケーキを食べながらおしゃべりする。父母ともに漁師の家系であり、母方の伯母にも海の女の血が流れているはずだが、いつも柔らかな口調で話す彼女とは気楽に接することができていた。

「お仕事はどう? 小説と掛け持ちだと毎日大変でしょう」

「〆切前は大変かな。でも、小説だけじゃ食べていけないから、生活費はしっかり稼がないと」

 伯母もまた、私が小説家デビューしたときにフィーバーした親戚のひとりだが、作家業の現実を説明するとすんなり理解してくれた側だ。母親には気恥ずかしくて小説を読まないよう言っているが、伯母は毎回書店で購入しては読んでくれているらしい。

「小説の仕事もだけど、久深ちゃん、そろそろ結婚の予定はないの?」

「ないね、まったく」

 親戚に会うと必ず言われる質問だ。二人で半分こにした牡蠣のピザを囓り、私は即答した。 
  結婚はまだか彼氏はいないのか。10代の頃からしつこく言われてきたことだ。34歳にもなるとさすがの父親も何も言わなくなってきたが、親戚との間ではまだまだこの質問が続く。

『なんだ久深、まだ彼氏のひとりもいないのか』

『その歳になったら仕事でもお局様でないか』

『早く結婚して子ども産まないと、年とってからだと大変だぞ』

『久深ねーちゃんってなんで結婚しないの?』

 とまあ、若い頃からしつこく言われ続けていた。20代の頃は盆正月になりと律儀に親戚宅を訪れていたが、結婚結婚言われるのが嫌になった今はほとんどの親戚付き合いを拒否している。

『早く結婚して子ども産まないと、年とってから産んだら大変なんだから』

 そう口うるさく言ってきたのは父方の伯母だ。海の女そして漁師の嫁だけあり、歯に衣着せぬ言い方が当たり前の、口っ端のきつい浜の母ちゃんだった。

『でも、若い時よりある程度年齢いってから産んだほうが、子どもの精神面が安定しているっていう話もあるんだよ』

 私はそう言い返したが、伯母はそれに聞く耳を持たなかった。

 漁師町の人は言葉がきつく、それは伯母だけのことではない。小さな町では人間関係が濃く、つなげようと思えば全員が親戚になってしまう世界だ。久しぶりに顔を合わせた人にですら『27歳になって結婚もしないで』とお小言を言われる。結婚結婚結婚結婚結婚……それが当たり前の価値観だった。

『久深もそろそろ結婚すればいいべや。こっちには戻ってこないのかい』

『私に漁師の嫁はつとまらないよ』

 田舎の価値観では、結婚して子どもを産んで、家事育児に加え夫の面倒まで見るのが当たり前。もちろん義両親と同居。漁師の妻となれば稼業の手伝いもあり、嫁姑の諍いからも逃れられない。口っ端の強い伯母に幼い頃からいびられていた私は、漁師にだけは絶対に嫁に行かないと心に決めていた。

 田舎でもある程度の年齢を過ぎた独身女性はいるが、陰でなんと言われているかは子供の頃から見聞きしている。


 だからいつまでたっても結婚できないんだよ


 独身。ただそれだけで、人間性を否定される世界。だから結婚できないんだよと声高々に言うが、結婚しているからといってまともな人間だとも限らないのだが。

 30半ばに差し掛かった私も陰で言われる側の人間になり、早々に親戚付き合いを断ったおかげで穏やかな盆正月を迎えることができている。それでも、顔を合わせざるを得ない親戚というものもいるものだ。

『久深ちゃんもそろそろ結婚すればいいのに』

 義兄は自分の築いた家庭が幸せなのだろう、お酒で気分が良くなるとたまにそう言うことがあった。

『私はいいよ、結婚と小説を両立させるの大変だし』

 彼には婚活の話をしたことがある。相談所に入会する前、マッチングアプリで出会った男性が、義兄と直接のつながりはないものの、同じ仕事をしていたことがきっかけだった。

 アプリでメッセージのやり取りを続け、コロナ禍の外出自粛が緩んできた頃に、一緒に食事に行く話になった。しかし、日程を決める段階でまた緊急時対宣言が出そうな気配になった際、その人がメッセージで言ったのだ。

『あなたは医療従事者なので、感染者数が増えているときに会うのはちょっと……』

 私はばい菌か? こちらの身を案じるわけではなく、自分がコロナに感染したくないという言い分だった。それで関係を断とうとしたが、結局緊急時対宣言は出ず、一緒にスープカレーを食べに行った。

『その人、膝の上に置いた手をしょっちゅうテーブルにぶつけていてね。なんていうか挙動不審で、よく見たら手の甲に分厚いタコができていて、ああ、いつもこうやってぶつけてるんだなって……』

 ぶつけるたびにスープカレーの食器が鳴り、床にスプーンが転がった。緊張して落ち着きがなかったのかもしれないが、ばい菌扱いされたことで最初から心証が悪かったのもある。

 その話をしたときの義兄の表情に、ある言葉を飲み込んだのがわかった。


 そうやって選んでるから駄目なんだよ。


 結婚できないのは私が相手を選んでいるから。結婚できないのは自分に問題があるせいだ。中には『婚活をしないと相手を見つけることもできない人間』とレッテルを貼られることもあり、得てしてそういう反応を見せるのが既婚者たちだった。

 ……回想が長くなってしまった。ピザの牡蠣を念入りに噛みしめる私に、伯母は少し気まずそうな顔をした。しかしそれは、私が結婚を選ばないことよりも、結婚結婚結婚結婚言われすぎてうんざりしている感情が伝わったからかもしれない。

「久深ちゃんたちの時代は、結婚しない女性もたくさんいるものね」

 地元に残る年齢の近い女性たち。早くに漁師の嫁に行った子もいるが、結婚の噂を聞かない人も一定数、いる。

「おばさんたちの時代はさ、結婚して子供を産んでようやく一人前だったからさ。お見合いで結婚する人も多かったしね」

 伯母は地元の同級生と結婚した。私の両親もお見合いだったと聞いている。

「久深ちゃんは自分のやりたいことを頑張っているもんね。わたしたちの姉も、子どもの時は家の手伝いに妹たちの面倒で大変だっただろうし……今の時代はいいよね」

 その、いいよね、に厭味がない。母方の伯母は私と血がつながっているからか、父方の伯母たちのようにいびってくることもない。従兄弟との年齢も近く、子どもの頃から何かと面倒を見てもらっている相手だった。

「……もし結婚することがあったら、ちゃんとおばさんに言うからね」

 結婚結婚言われてうんざりしていたが、冷たい態度をとってしまったな。私は反省しながら、食後の紅茶をすすった。

「そうよ、久深ちゃんったら小説家になったことも隠してたんだから」

「あれはね……あ、でも私、結婚式は家族だけでやりたいって思ってるんだった。親戚呼ぶとややこしくなるから、親兄弟だけで沖縄で結婚式すれば、そのあとみんなで旅行もできるし?」

「それなら、わたしたちも自分で旅費出して一緒に旅行したいな!」

 私にも姉が産んだ姪がいる。赤ん坊の、それこそ分娩室の前で産声を聞いたところから始まり、ときにはミルクをあげありおむつを替えたりお風呂に入れたり……着々と大きくなっていく姪を見ていると、伯母の気持ちが少しずつわかるようになってきた。

 伯母は純粋に、姪っ子である私を可愛がってくれているのだろう。子どもの頃から成長を見守ってきた私が結婚すれば、親のように喜んでくれるに違いない。

 結婚結婚結婚結婚うるさいけれど、その言葉を投げかける人の中には、心から私の幸せを願ってくれているひともいるのだろう。


#創作大賞2025
#オールカテゴリ部門

いいなと思ったら応援しよう!