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自分のパンツは自分で洗え~7、だからお前結婚できないんだよブーメラン⑤


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 新しいお見合い写真ができたのは4月下旬。その頃の私は社畜生活を地で行っていた。

 自宅から職場まで公共交通機関を乗り継いで約1時間。

 日によってシフトが組まれているが、最長で10時間は勤務時間として計上される。

 勤務開始時刻は8時。朝7時に家を出て、8時から19時までが休憩込みの通常の勤務時間。

 繁忙期は患者数が激増するため、受付人数をすべてこなすまで診察は終わらない。21時に終了すれば早いほうだ。

 最速で後片付けをして、21時半。

 そこから1時間かけて公共交通機関を乗り継ぎ、帰宅するのは22時半。

 途中のスーパーで購入した半額弁当を晩御飯にし、23時ごろにお風呂に入ろうと思い……それからの記憶がない。

 フローリングの冷たい床の上、朝、6時半に目を覚ます。

 家を出るまであと30分しかない。大急ぎでシャワーを浴び、生乾きの髪ですっぴんのまま家を飛び出す朝7時。

 こうしてまた新しい一日が始まる。

 先輩の甲斐さんが異動し、4月から新入社員が配属された。中途入社のスタッフも半人前の状況で、繁忙期のクソ忙しいなか何の役にも立たない新卒を一から指導しなければならない。しかも新卒は使用期間中のため残業ができず、中途の子と私のふたりで残業を回さなければならなかった。

 応援スタッフが入る日もあるが、技量によっては昼休憩をとることもできず、半解凍のお弁当をじゃりじゃりかきこみながら仕事に戻った。

 シフトによって早出と遅出はあるが、遅出の中途スタッフが一人で回しきれない夜もある。必然的に私も残業となり、公共交通機関の時間がない時はタクシー利用も許可されているが、上長から同じ方面に住む人を集めて一台で乗るように指示があった。

 土曜日は本来半日勤務のはずだが、繁忙期は16時まで働く。途中、昼休憩はない。空腹がピークに達し頭が回らない状況で帰路につき、途中にある中華料理屋でチャーハン餃子セットを爆食いする。

 10時間シフトがあるぶん、日曜以外にも休日はあるが、疲れがとれず一日中寝て過ごすことも珍しくない。荒れ果てた家の中、掃除も洗濯もできずこんこんと眠り、目が覚めたら日が暮れている。次の日からまた仕事が始まる。

 そんな生活を続ける私の口癖は、なんのために生きてるかわからない、だった。

 布団に入れず床で眠る生活が続き、腰は常に痛い。化粧を落とさないまま眠った肌は当然荒れていた。食事を摂るたびに下痢として出てくる過敏性腸症候群、ふと休んだ拍子に襲われる激しい動悸。生理期間でもないのに、不正出血で下着が汚れる。

 繁忙期は例年6月まで続く。人事発令が出た時から、身体を壊すのが目に見えていた。会社は私に倒れるまで働けと言っているのだ。

 よっぽど飛んでやろうかと思った。しかし、職場の人間関係は悪くなく、立つ鳥跡を濁さずで去りたいと思う。なにより、いま自分が飛んだら皆に迷惑がかかるだろうと思った。

 6月まで働いて、7月に辞表を叩きつけてやる。そう、自分に言い聞かせながら身体に鞭打ち働いていた。

『久深さん、プロフィール写真変えられたんですね!
 お着物、とっても素敵です。
 華やかな柄の着物と、帯の組み合わせがばっちりですね。
 お化粧もいつもと違う口紅を使われていますか?
 和装にピアスの組み合わせも品があって素敵ですね』

『ありがとうございます。
 思い切ってプロフィールを自分が好きな着物にしてみました。
 仲人さんと相談して、紹介文も少し変えたんですよ』

 HさんとのLINEのやりとりは毎日続いている。疲れ果てた毎日に、私が返せるのも一日一通が限界だ。

『お仕事お疲れ様です。久深さん、体調崩されないか心配です』

『お仕事お疲れ様です。久深さん、あまり無理はされないでくださいね』

 同じことばかり繰り返すHさんに、内心、苛立つ気持ちがあった。

 Hさんは実家暮らし。現役の両親と暮らせば家賃や生活費の心配もない。

 母親が家事をすれば、家の中は片付き洗濯物が山積みになることもないだろう。明日のパンツがないと叫ぶことも、自炊をしようと買った食材が冷蔵庫で腐っていることもない。

 仕事を辞めたあとの、生活費の心配がない。家賃を払えず退去させられる心配もない。

 この人は、自分ひとりで生きていくための苦労を知っているのだろうか。

 日曜日。桜田さんとの定期面談も、オフィスに出向く気力がなかった。メールや電話でやりとりをする中、Hさんへの印象を尋ねられた。

『なんでも言葉で伝えあいたいというプロフィールのとおり、毎日長文のLINEが届きます。私のプロフィールを見て、化粧などにもコメントがありましたが、ひとつひとつを評価されているようで息苦しいです』

 Hさんへの印象は『お知り合い』どまりだ。桜田さんに正直な気持ちを送り、私はノートパソコンの原稿を立ち上げた。

 この状況でもなお、私は小説を書いていた。

 奇跡的に早く帰宅できた日、夕方まで寝過ごさずに済んだ休日。帰宅して寝落ちしてしまいそうな日は、あえてファミレスで食事をしながら原稿を書いた。そうしないと自分の心を保てなかった。

 企画を通すなら、売れ筋の話を書いたほうがいい。頭ではわかっているが、私は自分が書きたいと思う話を書いた。プライベートな時間も満足にとれない生活、企画を通すための流行物語を書いたら、作品の中でまで自分を見失いそうだった。

 次のお見合いまで一時間。喫茶店のコーヒーを飲み、私は原稿に向かう。日曜は婚活の日と決め、今日も3件つめこんだ。女子アナ風の服装に合わせた綺麗めのバッグにノートパソコンを入れ、お見合いで愛想笑いをしながらコーヒーを飲む。カフェで原稿をするときもコーヒー、そしてまたお見合いでコーヒー。社畜生活で逆流性食道炎が悪化していたため、いまさらカフェインの一杯や二杯増えても気にしなかった。

 小説を書いている時間だけは、自分のための時間。好きなことをできる時間。1日13時間労働も、覚えの悪い新卒も、私をこき使う上長も、この時間だけは忘れることができる。

 5月GW明け、コロナの五類以降が始まったらどうなってしまうのか。その不安をかき消すように、私はキーボードを叩いた。

 この時間まで失ってしまったら、本当に、何のために生きているのかわからなくなってしまうだろう。



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