自分のパンツは自分で洗え~7、だからお前結婚できないんだよブーメラン⑦
桜田さんから、すぐに返事は来なかった。
言葉がきつかっただろうか。しかし、いままで一緒に頑張っていたはずの相棒が、相手の肩を持つことに苛立ちを隠せなかった。
結婚相談所で、仲人は会員同士を成婚に導かなければならない。桜田さんはこの気まずい時間の中、Hさんはとても良い人だと説得する文章でもしたためているのだろうか。そこで私は、彼との具体的なやりとりをピックアップすることにした。
評価されているようで居心地が悪い。そう伝えても、あくまで私の主観として判断されてしまうのだろう。アクセサリーやメイクへのこと細やかな指摘、それらをメールの下書きに残していると、桜田さんから謝罪とともに返信が届いた。
『すみません、昔の自分のことを思い返していました。仕事と子育てに追われる毎日で、泣き止まない子供を背負いながら洗い物をするわたしが、夫に限界だとこぼしたところ「じゃあピザでもとれば?」と言われ、感情的に言い返し家を飛び出したことがあります』
桜田さんも過去に、仕事と子育てでボロボロになっていた時期があるのか。しかし、その返事の意図を汲めず、私はスマホの画面をスクロールする。
『夫も、育児で疲れた私に、料理の手を抜いたらと言いたかったのでしょう』
これはあれか、社畜生活で疲れ切った私に余裕がなく、Hさんの優しさを受け止められないと思っているのだろうか。実際そうなのかもしれないが……あのポエミ―なメールに鳥肌が立ったのは事実だ。
会員同士のプライベートなやりとりを見せることに抵抗があった。しかし、Hさんとのやりとりは実際に見てもらわないと伝わらないのだろう。私はHさんからのメッセージを抜き出して桜田さんに送った。
彼女がそれを読み、それでもHさんとのことを考え直すよう言われたら……覚悟して待つと、スマホが着信を告げた。
「田丸さん、桜田です。いまお電話大丈夫ですか?」
「大丈夫です。すみません、感情的なメールを送ってしまって」
「いえ、こちらも失礼しました。Hさんとのやりとりを見て……これはたしかに、田丸さんが嫌がるのもわかるなと思いまして」
先ほどのメールと、桜田さんの反応が違う。
「今のおふたりの温度差で、Hさんからあんなメッセージを送られても受け止められないのは当然です。あれはもっと、仮交際から先に進んだ、真剣交際の段階のやりとりだったり、あるいはお互いの温度差が高まっているときならいいのですが……」
どうやら、Hさんは私のことをいたく気に入ってくれているらしい。仲人は会員の温度差を見ることができる。どちらか一方が暴走してしまった際、それをなだめるのも彼女たちの仕事なのだ。
「田丸さんはあくまでお知り合いの心境ですから、ポエミ―なメッセージが来ても気持ち悪いだけですよね。それに気づかず、的外れなメールをしてしまってごめんなさい」
やっと桜田さんに気持ちが伝わった。それに安堵し、私はHさんとの交際終了を決めた。
もう少し様子を見ることもできたのだが、桜田さんがなだめたところで彼の『思ったことはなんでも言葉にして伝え合いたい』の価値観は変わらない。彼のそれを良しとする女性が見つかればうまくいくことだろう。
ようやく仮交際まで進んだというのに、あっけない終わりだった。
〇
3月から4月にかけて、私は3人の男性と仮交際に進んでいた。
メッセージのやり取りが続くが、なかなかデートの日程が組めないJさん。先日お見合いの終了したばかりのKさん。Hさんとの交際終了の余韻を味わう間もなく、Kさんとのデート日程が決まった。
Kさんは同い年だった。大企業に勤め、年収は申し分ない。週休二日制のため土日は常に休み、定期的な運動の習慣もあるらしい。プロフィールにワイン好きとあり、お見合いの場で選んだ店も夜にワインが楽しめるカフェバーだった。
仮交際成立後、最初のお誘いで『先日のお店、夜はワインバーをやっているんです。一緒に飲みに行きませんか?』と言われたが、相談所ではランチから始めるのが一般的だ。アルコールが入っていない状態で相手と話し、その人柄を見極めなければならない。私もそのルールに則りランチを提案した。
大通駅で待ち合わせをし、そこで適当なお店を見つけることにした。初デートで店を予約しない人は珍しく、待ち合わせ場所に現れたKさんは私を見るなりこう言った。
「久深さん、今日はお酒飲みますか?」
「……いま、仕事で疲れているので、お酒は無しでお願いしたいです」
ランチ=お酒無しとの認識だったが。連日の社畜生活で、私の肝臓もアルコールを分解する元気がない。雑談しながら地下歩行空間を歩き、Kさんが選んだ店は、唐揚げが人気の居酒屋兼食堂だった。
ランチタイムはからあげ定食が頼める。Hさんと行った中華料理店も夜はお酒が飲めるのだ、店のチョイスにおかしなところはない。それぞれメニューを選び、私は一番人気のからあげ定食を注文した。
「僕もからあげ定食で。あと、ハイボールをください」
息をするように、彼はお酒を頼んだ。
「……じゃあ、わたしも同じもので」
とっさに、私もあわせた。するとKさんは「飲んじゃいます?」と嬉しそうに言う。届いたハイボールで乾杯し、私はちびりと口をつける。
この人、自分だけお酒を飲もうとした。
お酒は無しでと伝えたはずだが、それはあくまで私個人の話だと思ったのだろうか。動揺を押し殺し、さりげなく会話で普段の様子を引き出してみることにする。
「Kさん、ワインだけじゃなくていろんなお酒も飲まれるんですね」
「そうですね。普段は健康に気を付けて、焼酎やハイボールなどカロリーの低いものを選んでいて」
「私もワインが好きなんですが、ひとりだとボトルが余っちゃうじゃないですか。だからなかなか手を出せなくて」
「僕はワイン一本ならぺろっと飲めちゃいますよ」
「明るいうちからお酒を飲むの、久しぶりです。なんだか贅沢な気分ですね」
「僕の休みはいつもこうですよ。でも、土曜に飲むかわりに、日曜の朝は必ず運動するって決めてるんです」
そのあと、日曜も昼から飲んでいるのだろうか。私は恐ろしくて聞くのをやめた。
同い年だけあり、Kさんとの会話には困らない。興が乗った彼は早々に二杯目を頼み、あっという間に顔を赤くしていた。私は日ごろの疲れが出て頭の働きが鈍くなり、会計の計算がうまくできない姿を見て彼は「酔ってる酔ってる」と笑っていた。
食事を終えて解散し、私はすぐさま桜田さんに連絡した。
『Kさんとのランチ、お酒はNGと伝えていたのに、彼だけお酒を注文しました。お酒を控える私の前で自分だけ頼む姿に、どうしても違和感があります』
幼少期、家族のお酒に苦労した記憶がよみがえる。私もイベントなどで昼間からお酒を飲むことはあるが、まさか婚活の場でそれをする人が現れるとは思わなかった。
ランチの時間など一時間もすれば終わる。その一時間を、彼は我慢することができないのだ。体調が思わしくないとお酒を我慢する相手の前で、自分だけお酒を頼むその姿に唖然とした。
同い年の34歳、大企業に勤めている優良物件のはずが、なぜ結婚相談所に登録しているのか。プロフィールに難もなく、お見合いの時点でもとんとん拍子に仮交際へと進んだのを不思議に思っていた。
『お話を聞く限り、Kさんはお酒を飲むことを生きがいにされているようですね。仲人としても、その方はやめたほうがいいと思います』
ご家族の件、話しづらいことを伝えていただきありがとうございます。桜田さんがそう気遣ってくれる。Hさんの時のようにつなぎとめる言葉があるかと思ったが、潔く切り捨てるその姿勢に涙が出そうだった。
Kさんとはその場で仮交際終了が決まった。
