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自分のパンツは自分で洗え〜9、婚活をしたことのある者のみが石を投げよ⑤



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 まもなく18時になろうかというところで、桜田さんから電話がかかってきた。

 飲み会は現地集合。友人からすすきのの居酒屋と指定があり、私はテナントの入っているビルの目の前にいた。

「……もしもし」

 用件はメールで済ませてしまいたかったのだが。しぶしぶ電話をとったところで、同じ飲み会に参加する知り合いが現れる。

「ごめん、先に進めてて」

 会話の途中でそう伝える。桜田さんは私に用事があると察したのか、申し訳なさそうな声を出した。

「お忙しいところごめんなさい。今日のお見合いがどうだったか伺いたくて……」

 MさんNさんOさんと、一日で三件のお見合いをした。開始早々に腕時計を見たMさん、あまりの凝視さにおののいて早々に切り上げたNさん。それぞれの感想を、私はかいつまんで伝える。

「MさんもNさんもうちの会社の会員ではなくて……とくにNさん、それは不快な思いをされたと思います。他社の会員で、目が行き届かず申し訳ないです」

 私はE社の所属だが、お見合い相手には当然他社の会員も存在する。仲人でも把握しきれないものがあるのは、お酒を飲むためだけに生きているような会員とお見合いしたときに痛感していた。

「Oさんなんですが、早々にYESのお返事が来てまして。本人も、田丸さんとお話しされるのがとても楽しかったそうです」

「……Oさんですか」

 ひたすら私の仕事の愚痴を話して終わった気がするのだが。それでもOさんは嫌な顔ひとつせず相槌を打っていたのが印象に残っている。

「田丸さん、今日のお見合い次第で退会の意向を決めるということでしたが、Oさんはいかがでしたか?」

 本日最後のお見合い相手ということで、Oさんのことは記憶に新しい。

「私の仕事の愚痴を聞いてくれて……忙しいと余裕がなくなるよね、と声をかけてくれたことに心が緩んだ瞬間がありました」

 初対面の人相手に、一対一で話し続けなければいけない緊張の1時間。数々のお見合いを経験したが、会話の中で張り詰めた気持ちが緩んだのははじめてのことだった。

 人柄が良いのだろう。Oさんにお見合い中の悪い印象がない。

 しかし。

「Oさん……タイプじゃないんです」

 お見合いで楽しい時間を過ごすも、好みではない相手にどうしても次の決断ができない人がいた。Oさんもまさしくそのタイプであり、本来ならお断りする相手だ。

 しかし。彼は一人暮らしで生活力があり、収入も安定している。ひとつ年上で今まで結婚できなかった理由は、本州で生活して数年ぶりに北海道に帰ってきたこと、それとSEという多忙な生活も関係しているだろう。

 条件は申し分ない。好みじゃないと、その理由だけで片付けて良い相手かどうか悩むものがあった。

 結婚相談所の活動で、人柄の良さが印象に残った初めての相手なのだ。

「タイプじゃない、という理由で悩まれる方もたくさんいますよ。ただ、仲人としては、お忙しい田丸さんのお見合いの感想で、『心が緩んだ』という言葉を聞いたのは初めてなので……お断りするのはもったいないんじゃないかと思うんです」

 すこしでも心にひっかかるものがあるのに、断るのはたしかにもったいない。

「でも私、もう疲れました」

「わかっています。でも、あと少し、Oさんと仮交際に進んでみませんか……?」

 7月になれば繁忙期が終わり、自分の時間が戻ってくるだろう。しかし、血尿の原因もわからず、心身ともにぼろぼろの状態でお見合いを続ける気力もない。

   Oさんと仮交際に繋げると、今までお断りしていた男性たちはなんだったのかと思う。生理的に受け付けないほどではない、しかし好みではないという曖昧なジャッジで見送った数々のお見合い。

   どうしても、親戚の兄と話しているような気分になってしまう。初対面の印象を覆す術を私は知らない。

 ……まあでも、ここまで高いお金を注ぎ込んできたんだし、あと一ヶ月くらい払ってみても良いか。

「……わかりました。Oさんとの仮交際を進めてください」

 せめてもう一度会って話をしてみよう。しかしこれ以上活動が停滞するようになったな今度こそ退会する。桜田さんに念を押して、私は通話を終えた。



 遅れて参加した飲み会は、北海道の海産物が食べられると売りの居酒屋だった。

 本州に住んでいる創作系男子が札幌に来るので、飲み会をするのだが田丸さんもどうか。そう誘われたのだが、連絡をくれた友人の姿がない。てっきり彼女がいるとばかり思っていた私は、面くらいながら空いた席に座った。

   これはどういう繋がりだ? 私以外は創作系男子以外と面識があるのか? しかし飲み会メンバーには知り合いがいるので、ひとりあぶれることもないだろう。

 創作系男子ーー犬山君としよう。彼とは初対面だが、もうひとりの男性Aさんと女性Bさんは、創作繋がり以上にお酒を飲み交わす飲み友達だ。漫画家のCさんとも面識はあるが、AさんBさんほどの親しさはない。

 年齢層が幅広く、20代の犬山君がいちばん若い。私が30代、ほかは私より年上だが、40代だろうか、という憶測以外の具体的な年齢を知らなかった。Aさんは既婚、Cさんもお子さんがいると知っている。

 乾杯の挨拶をして、まずは自己紹介をする。みな犬山君と面識があるのだろうか、挨拶をしながら様子を伺った。最初はぎこちない空気が漂っており、Aさんを中心にトークテーマを決めて順番に話すことになった。

   好きなアーティストのライブに行った話や、最近発売されたゲームについて。それぞれ近況的な話をする中、私の話題は社畜生活か婚活の話になる。当時の私はプライベートで婚活についてオープンに話しており、AさんとBさんは会うたびに私の婚活状況を聞いていたのだ。

    ド繁忙期に入ってから、仕事と婚活しかしていない。20代男子の犬山君に婚活は気まずい話かと思ったが、今後の創作に活かすためにも、現代の若者の話を聞いてみたかった。

 会話をしながら、運ばれる料理に舌鼓を打つ。キンキの煮物をつつく犬山君があまりに綺麗に食べるので、何気なく褒めているとはす向かいの席から声が飛んだ。

「ちょっと、あたしの話はどうでもいいの?」

 Cさんのトークタイム中だった。遮ったつもりはないのだが、私が会話を無視したように見えたのだろうか。今までそんな反応をされたことがなく、彼女はそういう人だったんだと心の中で驚く。

 ベテラン漫画家のCさんは業界経験も長く、私のような売れない小説家は足元にも及ばない存在だ。定期的に作品を発表する彼女と、首の皮一枚で繋がっている私では住む世界も違う。

 会話に注意しながらお酒を頼む。みなで日本酒を頼もうとなり、私もおちょこで参加した。仕事に追われお酒を飲む時間もなく、久々の飲み会を楽しみにしていたのだ。

 新作のゲームが発売されたが、みな働きながらいつプレイしているのか。そんな話題が盛り上がる。一日は24時間しかない。兼業作家はいわゆる余暇の時間に原稿を進めるが、ゲームをプレイする時間を作れば原稿の時間がなくなるのは当然だ。

   私もゲームは好きで、ゲーマーの彼氏と付き合っていたときはDSやWiiを持っていた。しかしゲームで時間が溶けることに耐えられず、彼氏と別れた瞬間すべてを売り払った過去がある。

 ハリーポッターで登場した、時間を巻き戻す砂時計が欲しい。しかしそれを使っていたハーマイオニーはとても大変そうだったが……誰よりも時間を巻き戻したかったのが私だった。

「毎日残業で13時間14時間働いてると、小説を書く時間もとれないや」

 犬山君以外はSNSでつながっている。毎日のようにまだ帰れないと呟いていること、家賃を稼ぐのが目的のはずの仕事で自分の時間を削る不毛さ、何のために生きているかわからないと、それらの苦悩をリアルタイムに見ている人たちだ。

 自分が口を開くと愚痴にしかならない。犬山君の若者らしいエピソードを聞いているうちに、予約していた席の時間が終わる。二次会の店に移動する前にと、私はお手洗いで席を立った。

 週末のため、店はとても混雑していた。個室で仕切られた店だが、学生サークルらしき団体もいる。お手洗いは男子と女子別れているが、通路が狭く、女子トイレのほうが奥にあった。

 男子トイレの前に、大学生とおぼしき二人組が並んでいる。しかし女子トイレは空いているようだ。私は二人の前を、ちょっとごめんねと声をかけながら通った。

「ちょっと、並んでるよ」

「女子トイレは空いてるでしょ」

「いや、だってお前」

「私は女子だから」

 なぜ引き留められなければならない。驚きつつ、私は二人をふりほどいて女子トイレに入る。男子トイレはなかなか空かないのか、扉の向こうで先ほどの男子たちの話し声が聞こえた。

「いや、あれどう見ても男だろ」

「お前顔しか見てないだろ、女の人だってば」

「つーかあれ大学の奴じゃん」

「絶対違う。飲み過ぎだから」

 引き留めた男子は私を男と勘違いしたらしい。

 いやいや、今日の私はスカートなんですが?

 婚活用に買った、花柄フリルの、胸もとリボンの女子アナ風コーデなんですが?

 髪型? ショートヘアが原因? だから男だと思った?

 え? 胸もとのリボンと花柄フリルがあるのに?

 というか今日もお化粧ばっちりですが?

 私いつもこの顔で婚活してるんですけど?

 もやもやとした気持ちを抱え、お手洗いを済ませた私は女子トイレを出る。なぜ二人組がまだそこにいるのか、男子トイレではよほど長い大でもしているのか。関わらないようにと私は二人の前を通り過ぎーーようとした。

「なあ、お前さ!」

 まだ絡んでくるか。

「お前、あいつだろ、あいつ」

 誰か知り合いだと思っているのか?   ほら、あいつ、あいつだよと男子の名前を呼ぶ。そんな酔っ払いを友人が引き留めるが、彼は話しかけるのをやめようとしない。

「何? 私を男と間違えたのを誤魔化したいだけでしょ?」

 私は引き止める側の方の男子にそう言い、二人組から離れた。

 個室に戻ってももやもやはおさまらない。男性と間違ったとして、さらに話しかけてきた意味は何か。そもそも私がトイレを済ませている間に話していたではないか、あいつは知り合いの○○だろうと。

 つまり私は女装した男に間違われたのか。

 どんなに華やかな服を着て女子アナ風を装っても。

 美人に見せようと厚化粧をしても。

 問題はなにか? 軽やかなショートヘアか?

 これでも男子にしては長い方だぞ?

 そんなに私、男に見えるの?

 男に見える格好で私は婚活をしているの?

 だから婚活がうまくいかないの?

 っていうか本当に見た目だけで判断してるよね。

 あれも髪が短いから男だと思ったんでしょ?

 うっすい塩顔が女性らしくなかった?

 婚活で断られる原因って、やっぱり私が美人じゃないから?


 あーあ。


 ほんと、男って顔しか見てないよね。



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