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自分のパンツは自分で洗え〜7、だからお前結婚できないんだよブーメラン①


 お見合い相手のGさんは、始終喫茶店のメニューに視線を落としていた。

「このお店、コーヒーの種類がたくさんありますよね」

「……やべーな」

 同い年の34歳。大企業にお勤めで収入も安定しており、眼鏡姿が知的な男性だった。

 大通駅で待ち合わせし、Gさんはすこし離れたイートイン式の喫茶店に向かって歩き始めた。しかし、お見合い時はスタバやドトールなどの賑やかな店は推奨されていない。他にもたくさん喫茶店があるというのに、なぜわざわざそのお店を選ぶのか……足早に歩く彼を私は後ろから呼び止めた。

 このビルにも喫茶店はありますよ。ここに入りませんか?

 有名なチェーン店だ。本格的なコーヒーが楽しめる店であり、原稿を書くときに他店舗を利用していた。初めて入る店舗だが、予想通り、落ち着いた雰囲気でゆっくりと話せる場所だった。

 ブラジルやエチオピアなど国によっても豆を選べるが、無難にブレンドを注文する。コーヒーが届くまでの間、向かい合わせに座ったGさんはずっとメニューを眺めていた。

 あまり喫茶店に行く機会がないのだろうか、しきりに「やべーな」をくり返す。たしかに国ごとの豆を選べる店は珍しいが、やべーな、やべーな、という割に一向に顔を上げない。

 まもなくコーヒーが届き、あらためて挨拶をする。婚活を始めてから、逆流性食道炎治療で控えていたコーヒーを飲む頻度が増えた。もともとコーヒーが好きだったため、本格的な店に入れたときは素直に嬉しい。

「おいしいですね」

「……やべーな」

「お仕事でコーヒーは飲まれないんですか?」

「いや」

「……?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 Gさんはずっと下を向いている。

 なにか失礼な態度をしただろうか、店選びでプライドを傷つけてしまっただろうか。私が戸惑っていると、彼がようやく瞳を動かした。

 ちらっ。視線が上がるが、すぐにメニューに戻る。

「……緊張されてますか?」

「……………………あまり女の人と関わることがないので」

「職場に女性はいるんですよね?」

「……………………昔から男ばかりで」

 ちらっ。瞳は動くものの、顔自体がこちらを向いていない。

「……………………」

「……………………」

 さて、どうしたものか。私はコーヒーを飲みながら一人作戦会議を立てる。

 ふと、作家仲間に紹介された瀧さんを思い出す。結婚相談所に入会を決めたとき、彼のような男性がたくさんいるであろうことは覚悟していた。女性と関わる機会が少ないとしても、彼のような大企業であればオフィスには必ず女性がいるはずだ。

「プロフィールを拝見しましたが、学校を卒業されてからずっと同じ会社で働いてらっしゃるんですね?」

「……………………」

「私は医療関係なので、Gさんのお仕事がすこし関わっていることもあるんですよ」

「……………………そうなんすね」

 ちらっ。こちらを見てくるあたり、私に興味がないわけではないのだろう。しかし、お見合いをスタートしてから沈黙の時間が長すぎて、相手を知る作業がなかなか進まない。

 あの手この手で、私は彼に話しかける。仕事のこと、趣味や好きな食べ物など、事前に読み込んでおいたプロフィールから必死に話を振る。一向に顔を上げない彼に疲れ、話しかけるのをやめるとしばし重い沈黙が流れた。

「…………けっこう、ぐいぐい来るんすね」

 ちらっ。

「自分から喋る女性はお嫌いですか?」

「……いや……自分から喋ってみたこともあるけど」

 彼は極端な性格なのだろう。お見合いを数多くこなしているはずだ、自分から頑張って話していた時もあるに違いない。緊張のあまり、相手の話も聞かず一方的に喋り続けていた様子が目に浮かんだ。

 あなたが話さないから、私が頑張って話題を探しているのだけどな。沈黙が流れる間、決して顔を上げないGさんに向かって私は肩をすくめる。

  これはもう、お見合いどころの話ではない。

 タイミングを見て、話を切り上げて帰ろうか。腕時計を確認し、30分経ったら席を立とうと考える。

  頑なに顔を上げないGさん。その姿に、なんとなしにアキヒロ君のことを思い出す。ガチガチに緊張していた私を見て、彼も最初はこんな気持ちになったのだろうか。

「せっかくお互い時間を作って会ったんだから、お話ししないともったいなくないですか?」

「……………………」

 ちらっ。この人は本当に、女性に対しての免疫がないのだろうな。

 結婚相談所のルールとして、お見合い時に今までの恋愛経験や現在の活動状況を話すことはNGとされている。他の会員と仮交際中であることを伝えるのはマナーの面からも問題があるが、恋愛経験ゼロであることを隠す目的もあるとのだろうと私は思っていた。

  相談所に登録する年頃、とくに30代後半~40代で恋愛経験ゼロは、男女問わず地雷案件だと判断されかねない。人間、ある程度年齢を重ねてしまうと、恋愛に関する価値観を変えていくのは大変だった。

 Gさんは店のメニューを暗記する勢いでずっと俯いている。恋愛経験のなさが一目瞭然だ。その姿に、ふと、学生時代の自分を思い出した。

 あの頃の自分は、とにかく男の人が苦手だった。同級生の男子たちに、常にキモい・クサい・ウザいを言われ続けた傷は今も自分への容姿コンプレックスとして残っている。気持ち悪い自分は人を好きになってはいけないのだと、クラスメイトの男子への淡い恋心も圧し殺して終わった。

 男性不信は社会に出てからも続いたが、地元の人間関係から離れ、男女問わず仲良くなったグループがある。同世代の男性は苦手だが、すこし年の離れた男性には免疫がつき、妹分として可愛がってもらっていた。

 男の人、嫌い。自分をいじめていた男子の話をすると、その人が言った。

『男ってだけで、俺たちもそいつらと一緒にされてしまうのは悲しいな』

 地元の狭い人間関係に縛られていた私の価値観を、その人が打ち砕いた。

 ハンマーで殴られたような衝撃? いや、そんな生ぬるいものではない。彼と話すたびに、自分を覆っていた鉄壁が音を立てて崩れていくのを感じた。価値観が揺らぎ不安定になる私を、同じグループの女性たちが優しくなだめてくれた。

 やがて私はその男性に恋をし、生まれて初めての告白をした。結果は失恋に終わったが、自分の気持ちを圧し殺さない恋をしたことで私の世界が変わった。

 あの経験がなければ、私は今も、Gさんのように異性というだけで壁を張っていたかもしれない。

「せっかくご縁があってお会いできたんですから、この時間は楽しくお話ししませんか?」

 ちらっ……。Gさんがこちらを見る時間が増えた。

 相変わらずこちらが会話を振るばかりだが、徐々に彼が顔を上げる時間が増えた。彼の家族について話を振ると、とても尊敬している両親だと口数が増えた。ふと笑った表情に、野良犬を手なずけたような達成感まであった。

「結婚したら、ご両親みたいな家庭にしたいなって思いますか?」

「…………そうですね」

「子どもは何人欲しいとかあるんですか」

「…………いや、そういう話はちょっと」

 初回のお見合いで結婚観を話すのはNGだ。頑なな反応を見せるGさんに、心の中で、こっちが振れる話題もそろそろ限界なんだよ、と悪態をついてしまう。アキヒロ君の頑張りが深く身に染みた。

  アキヒロ君も、お客さんの緊張をほぐそうと頑張っていたのだな。

  あの時は、彼も仕事であり、私たちの間には金という対価も発生していたからな。

  私、いま、お金をもらっているわけではないよな。

  なんでこんなに頑張ってるんだろう、自分……。

 終盤でようやくGさんから質問が来るようになり、お見合い時間は30分を超えて終了した。

 お会計をし、店を出る。それぞれ別の道を選んで解散する寸前、Gさんが口を開いた。

「……あの、いろいろありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

  この人たぶん、お見合い結果もYESにするんだろうな。お見合いを数多くこなすと、自ずと結果がわかるようになっていた。

  私がYESをすれば仮交際が成立するだろうが、次のデートでも同じように気を使い続ける自分が目に浮かぶ。彼はそれで満足するだろうが、私はただただ疲弊するばかりだ。

  笑顔で挨拶を交わし、私は札幌駅に向かって歩き始めた。

 今日は相談所のオフィスで面談の約束をしていた。事前に相談内容はメールで送っていたが、顔を合わせて話したほうが良いときは積極的にオフィスに足を運んでいる。

「田丸さん、お久しぶりです。今日はお見合いお疲れ様でした」

 出迎えた桜田さんがお茶を運ぶ。春先のお見合い用に買った花柄のワンピースを、彼女は華やかでいいですねと褒めた。

「……それで、今日のご相談内容のお話なんですけど」

 すこしの雑談の後、桜田さんが本題に移る。私もお茶を飲み干してテーブルに置いた。


「お見合い写真を着物に変えたいんです。それに合わせて、プロフィールの文章も更新したくて」


 自分らしくお見合いがしたい。私は活動の方向性を変えることにした。


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