自分のパンツは自分で洗え〜10、やっぱり好きな人と結婚したい中学生マインド④
『実は私もいまシャトルバスに乗っていて、RSRに向かってるんでしょ!』
『まじですか? 観たいアーティストが重なってたら一緒に行きます?』
『到着したらまずサンボマスターに行きたくて』
『俺も! サンボマスターは必須ですよね!』
まさかトントン拍子に進むとは。相談所のルールだと次はランチなのだが、こういうイレギュラーがあってもいいだろう。
テントエリアにいる作家さんたちに、先にライブを見てから行くと告げる。チケットをリストバンドに交換しているうちに時間が迫っていた。大慌てで会場に向かうと、取り急ぎLINEを交換したQさんから連絡が入っていた。
『カメラのテントの近くにいます。入り口は混んでると思うけど、奥に来たらけっこう空いているから』
それを頼りに、私は人混みをかきわける。お見合いの時は双方スーツにワンピース姿だったが、今回はフェス用のアウトドアルックだ。あらかじめ服装を伝えていたおかげで見つけるのは早かった。
『Qさん!』
『久深さん、間に合いましたね!』
会話する間もなく、ライブが始まる。私は荷物を足元に置き、身軽な姿でステージを見た。
Qさんとは年齢が近い。ということは、青春時代に聴いていた曲も同じだということ。ドラマ電車男の主題歌をはじめアニソンなど有名曲を手がけたサンボマスターは、一曲目から会場を沸かせた。
お見合い写真を撮ると参観日の天童よ○みになりがちな私だが、日本顔の見た目に反して楽しいことが好きだ。ノリのよいライブでは声だって上げる。コロナ禍の開催時は声出し禁止だったが、今年は声出しが解禁されていた。
世界はそれを愛と呼ぶんだぜ、青春狂想曲、どれも学生時代に聴いた曲だ。心が青春を思い出し、リズムに乗ってぴょんぴょんと飛び跳ねる。私の姿を見てQさんは驚いていたが、彼も楽しそうに音楽に乗っていた。
アーティストの持ち時間は長くて60分。MCの時間もあったが、Qさんとは二言三言言葉を交わすのみ。ライブが終わり、次のステージに向かう人の波が動き始めたところでようやく会話をした。
『いいですね、サンボマスター』
『本当に。間に合ってよかったです』
Qさんはテントサイトを予約し、二泊三日でライブに臨む予定らしい。お見合いの時も話していた最年長の男性含め、仲の良いメンバーとテント村を作っているそうだ。
『Qさんはどのへんにテント張ってるんですか?』
『サンステージの近くだとテントにいて音楽を聴けるでしょ? そこから動かなくなるから、あえて少し離れたところにしてるんだ』
にわかフェス客の私と違い、彼は毎年参加している常連だ。サウナも予約していると楽しげに話す。他に何のアーティストを見に行く予定か確認し、タイミングがあったら一緒に行こうと約束して解散した。
差し入れの入った大きな荷物を背負い、私は知り合いのテントに向かう。ここで出てくる知り合いとは、6月末にあった飲み会の幹事ーーDさんたちのテントだ。
今年の顔ぶれは作家仲間のDさんやその飲み友達など職種関係なくさまざまな人がいた。BBQのために私は食材を用意していた。働かざる者食うべからず、テントに荷物を置かせてもらうのならばお礼をしなければならない。
『聞いてください、婚活の人がRSRに来てるみたいで』
『そうなの!?』
『で、サンボマスターはその人と一緒に聴いてきました』
『婚活でサンボマスター!?』
今年の夏フェスはひと味違う。連日30度超えの真夏日、見も心も熱い日になりそうだった。
「……と、いう感じで」
「フェスでも婚活って、田丸さんすごいね」
「偶然ですけどね。でも、Qさんとは他のアーティストも一緒に行ったんですよ」
二度目のライブはback number。RSRでもっとも大きなサンステージは、有名なアーティスト目当てにたくさんの人が押し寄せていた。
『俺たちの仲間とシートエリアにいるんですが、久深さんもどうですか?』
そう誘われ、彼のグループにお邪魔した。シートエリアは朝早くに場所取りをしなければならず、けれどそれ以降は場所の心配もなくライブを楽しめる利点がある。指定の場所に呼ばれ、私はQさんらグループと一緒にback numberのライブを楽しんだのだった。
『婚活の人を自分のグループに紹介するなんて、田丸さんだいぶ気に入られてるんじゃない?』
Dさんたちにそう言われながら、RSRの二日間が終わった。Qさんとは打ち上げと称して、その後ふたりでお酒を飲みに行った。
ライブであれだけはしゃいだ姿を見せたため、お互いの壁はとっくになくなっていた。RSRの感想を言い、ライブ好きの彼が次の予定を話す。明日から出張で長距離移動なんだと言う彼と解散し、また、と手を振った。
「……いいじゃん、Qさん」
「私はそのあと、お礼のLINEを送ったんです。出張気をつけて行ってきてくださいね、って」
既読はついた。しかし返信がなかった。
桜田さん曰く、彼は人気会員のためいろんな女性から連絡が来ているのだろうと言われた。活動はじめの忙しさは私も経験しているため、すこし様子を見ようと話し、そして今に至る。
小南さんと会話しながら歩いていると、いつの間にか姿見の池にたどり着いていた。大雪山系は十勝岳をはじめ活火山が多い。姿見の池は文字通り水鏡に花々を映し、立ち上る噴煙と緑のコントラストが鮮やかだった。
「さて、このまま一周する?」
「……歩いても歩いても寒いです」
「だよね、無理せず戻ろうか」
散策路はいくつかに別れており、途中で引き返せば30分ほどの散歩になる。花畑を眺めながらの旭岳登山に興味がわき、せめて次は防寒具を持って来たいと思う。
たくさんの高山植物や絶景をカメラに収め、たわいもない話が続く。社畜生活がようやく終わったが、このままだと来年も同じ悪夢を見ることになるだろう。今は体調を整えることが最優先だが、執筆の時間もとれない数ヶ月に労働への気持ちが萎えてしまっている。
「仕事を辞めて、またリゾバ生活に戻ってもいいんだけど……あのときはまだ、フリーの仕事があったからな」
「田丸さん、いつもPCの前でこつこつ頑張っていたもんね」
富良野のリゾバ生活と並行しながら書いた原稿は無事に三作目として出版された。あの時は一作目、二作目の印税もあり、多少不安定な生活をしても収入の当てがあったのだが。
「今はフリーの仕事も全然なので、安定した収入を失うことにためらいもあって」
「そりゃ、あたしたちは自分で生活の糧を得ないといけないからね。フリーの仕事って、コンスタントにお金が入るものでもないんでしょう?」
小南さんは私が小説家だということを知らない。打ち明けようと思うも、そのたびに過去の嫌な思い出が蘇って言えぬまま今に至る。
しかし、小説家の仕事をごまかすのもよくないと、私はRSRの時に学んでいた。
ライブの合間に、Dさんたちのテントでお酒を飲んでいた。Qさんの話から私の婚活状況に発展し、いつものお見合いの流れを話していたところだった。
小説家だということを隠すため、副業として創作活動をしているとはプロフィールに書いている。しかし、実際の内容を話すのはお見合い時のため、みな頭の中で想像しうる『創作活動』を考えてくるのだった。
多いのが、油絵。次いで陶芸。創作活動=物を作るということでイメージしやすいのがそれなのだろう。
『イラストレーターだと思われることも多くて、そんな感じですって返してるんですけど』
『……田丸さん、それってどうなの?』
お酒が深まるなか、Dさんがそう言った。
『田丸さんはイラストレーターじゃないでしょ? そして、婚活で会う人たちはイラストレーターだと良いなと思って言ってる。創作活動=副業としてできる、片手間みたいな仕事だと思われてるってことだよ』
『そんなつもりは……』
しかし、彼女の言ってることは的を得ている。婚活で出会う男性は副業に対して、小金を稼ぐ気軽な仕事だと思っていることが多い。画家や陶芸家やイラストレーターが、どれだけ大変な仕事かも知らずに理想を押しつけている。よく聞くではないか、町内会のポスターでちゃちゃっと絵を描いて欲しいと無償で頼まれるあれを。
いつのまにか、私もそちらの側の考えに加担してしまっているのかも知れない。
片手間でできる創作活動なんてない。みな真剣にその世界を目指し自らの腕を磨いている。自分だって小説家だと知られて『ネットの投稿サイトに書いてるだけでしょ?』と言われて気分を害したことがあるではないか。
印税や次の仕事や、外野にあれこれ言われるのを避けたいがために、別の創作活動の皮を被っている。それはその分野に就く人に対して失礼極まりないことだ。
初対面の人に小説家と名乗ることには抵抗がある。
しかし、仲の良い小南さんには打ち明けた方が良いのだろうか。
「私がやってるフリーの仕事はね……」
でも、それでまた『次の刊行はまだ?』って言われたら?
心を許せる友人に出会ったのに、その友人にまた追い詰められたら?
言いよどむ私に、チングルマを愛でていた小南さんが顔を上げた。
「無理して言わなくていいよ。田丸さんが隠したがってるのも、頑張ってるのもわかってるからさ」
彼女の大人な対応に胸をなで下ろす。いつか言う日が来たら、ちゃんと打ち明けよう。そう心に決めて私たちは下りのロープウェイに乗った。
婚活で創作活動の話をするときは気をつけなければならない。みだりに小説家だと名乗る必要はなくても、その分野に携わる人へのリスペクトを忘れてはならない。
そしていつか、婚活で深い仲になった人には、小説家の仕事を打ち明けなければならない日が来るのだ。
