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クラブ・レインボー⑤



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 私がはじめて彼女の裸を見たのは、東京でも有数のストリップ劇場のステージだった。

 世界的な感染症流行がすすきののネオンに暗い影を落としていた頃、あぐりが私を連れて東京旅行に繰り出したことがある。

『こういう時こそ店のために勉強しなくちゃ。類も敵情視察でステージの研究をしなさいよ!』

 彼女はそう意気込んでいたが、感染症がもたらす不景気は東京のほうが厳しかった。緊急事態宣言からまん延防止対策に移ったとて、新宿二丁目でも時短営業の影響で多くのショーが中止になっていた。休業を決めれば多少の支援金が入るが、店の家賃を払えてもキャストたちの生活を守ることはできない。あぐり自らも苦しい身でありながら、細々と営業する知り合いの店に応援という名のお金を落としていた。

 手指消毒で肌を荒らし、フェイスシールドやマスクでくぐもる声を張り上げ接客するキャストたち。私も最初はあぐりとともに店に顔を出したが、酒を飲む毎日に飽いてひとり出歩くようになっていた。

 渋谷のストリップ劇場に足を踏み入れたのは気まぐれのようなものだった。

 このご時世でも営業していたことに驚いた。受付でチケットを買うと、半券をもぎる好々爺が白く垂れ下がった眉をかすかに動かした。

『誰かの応援かい?』

 それが初見の客にかける決まり文句なのか、それとも夜の仕事のにおいを嗅ぎ取ったのかはわからない。声をかけられると思わず、男のなりをしていた私はどの声音で答えるべきか迷った。

『……おすすめの人はいますか?』

『さとわだね。あれは格が違う』

 チケットとともに渡されたチラシには、ステージで踊る演者の香盤表が書かれていた。しかし、途中入場ではどこまで進んだのかわからない。私はらせん階段を下り、地下の分厚い扉を手で押した。

 ストリップ劇場に足を踏み入れたのはこれが初めてではない。マチルダの名前を与えられて間もなくの頃、あぐりが企画した慰安旅行で浅草の劇場を訪れたことがあった。

 数々の照明と銀色のテープが垂れ下がるステージ。踊り子が歩く花道と、見せ場を飾るのは盆と呼ばれる回転舞台。その仕組みはどの劇場でも同じようなものだが、渋谷の劇場は面積が狭く、盆をぐるりと取り囲むように組まれた客席はとても距離が近かった。

 観客の中には途中入場した私に視線を向ける者もいたが、最前列に座る者はかぶりつきで踊り子を見つめている。飛沫感染防止のため場内で会話をする人はおらず、みな固唾を飲むようにステージを見つめていた。

 私が後ろの席に座ると、タイミング悪くショーが終わってしまった。踊り子は足早に舞台袖に戻り、次のショーまで中途半端に時間を持て余してしまう。会場の中で携帯電話の使用は厳禁であり、手持ち無沙汰に香盤表を眺めていると、さほど時間を置かずにTシャツとショートパンツに着替えた踊り子が戻ってきた。

 彼女が舞台の脇に立つと、かぶりつきで座っていた客たちが行儀良く一列に並んだ。渋谷の舞台は踊り子との写真撮影があるのだとはじめて知った。

 ポラロイドカメラの値段は一枚五百円。ツーショットで撮る客もいれば、踊り子にM字開脚などポーズを指定して撮影する客もいる。裸を指定するのも珍しいことではなく、中には全身網タイツの衣装をリクエストする者もいた。

 浅草の舞台では見られなかった光景だ。私は呆気にとられたが、笑顔で客と握手をする姿に地下アイドルのそれと似たものを感じた。

 アイドル――もとい踊り子の撮影タイムが終わると、彼女はパンツを脱ぎ捨て盆の上に戻った。会場内はアップテンポな音楽が流れ、盆が回転を始める。観客たちが音楽に合わせて手拍子をすると、踊り子はそのしなやかな身体で両脚を大きく開いた。

 見事なV字開脚。股の間を隠すものは、ない。

 踊り子は舞台の回転に合わせ、何度もV字開脚を繰り返す。そのたびに大きな拍手が沸き、かぶりつきの男性は息がかかるほどの距離で女陰を覗く。この劇場ではそれが当たり前のことなのか、はじめて知る世界に私は頭がくらくらした。

 ストリップショーの踊り子は最初から全裸で登場するわけではなく、各自思い思いの衣装を着て舞台の上に現れた。アダルトビデオさながらの女医に扮した者がいたり、赤ずきんをかぶったグリム童話風の踊り子がいたりと、ジャンルに偏りはない。曲に合わせたダンスも日ごろ練習を重ねているとわかる出来映えであり、天井から吊るした布やリングを使ったエアリアルダンスなど舞台の構成は大いに勉強になった。

 ダンスが終わると踊り子は舞台袖にはけ、やがて衣装替えをして戻ってくる。クライマックスでは肌襦袢やネグリジェといった身体のラインのわかる服が多いが、乳房や陰部は依然隠されたまま。ここでようやく踊り子が盆の上にとどまり、せり上がったそれがゆっくりと回転を始めるのだった。

 踊り子が開脚すると拍手をするのがマナーだと知った。テレビや雑誌で見るような細身の女性だけでなく、腹に贅肉の乗った恰幅の良い女性もいた。陰毛をすべて剃り落とす者もいれば、黒々と生い茂る陰部を指でかき分ける者もいる。誰もがみな美しく、私は時が経つのも忘れて彼女たちの裸に見入っていた。

 なぜ、自分の身体にはこれがついていないのだろう。

 ショーを見ながら、いつしかそう考えるようになっていた。

 自分は三人兄弟の末っ子としてこの世に生を受けた。物心ついたころから自らを男だと思い、当たり前のようにヒーローごっこをして遊んだ。女の子に混じってままごとやお人形遊びをすることもなく、小学生になってもうんこちんこでゲラゲラと笑うどこにでもいるクソガキだった。

 初めて母親以外の女性の裸を見たのは、中学三年生の時だった。

 仲の良かった女子に告白され付き合うようになり、夏休みに受検勉強と称して招かれた部屋で、裸になって抱き合った。

 年の離れた兄たちのおかげで知識には困らなかった。アダルトビデオを手本にして――それが果たして本当に「正しい」かどうかは別だが――前戯をし、羞恥に頬を染める彼女をかわいく思いながら心と身体の緊張を少しずつほぐしていった。

 戸惑い混じりに抵抗する両脚を開き、変じゃない? とか細く呟く声に曖昧な返事をし、緊張して勃起しないという初々しさもなく、無我夢中でまぐわった。

 彼女とはそれから何度もセックスをしたが、いつも私の心の片隅には同じ思いがあった。

 どうして自分の身体にはこれがついていないのだろう。

 その思いは高校生になって新しい彼女ができても、大学生活で女性との一夜限りの関係を覚えても、社会人になって仕事の付き合いで行った風俗嬢のご開帳を見ても、どこからともなくゆらりと首をもたげるのだった。

 どうして自分は男として産まれたのだろう。

 どうして自分は男として生きているのだろう。

 いつしか私は、マチルダという名前を与えられ、自ら女性の姿をするに至ったのだった。

 一生分の女性器を見てお腹いっぱいになっていた私は、ショーへの集中力も切れてぼんやりと踊り子の姿を目で追っていた。

 最初のダンスの内容を覚えていない。気がついたら彼女は裸になっていた。脱ぎ捨てたネグリジェが照明を浴びて、まるで雲のように足下に揺蕩っている。

 一筋の光となって降り注ぐ照明を受け、踊り子は盆の上に横たわっていた。豊かな黒い髪が印象的で、マチルダとして愛用しているウィッグを思い出す。盆の上に寝そべっていた彼女が身体を起こすと、ふっくらとした乳房が顔を覗かせた。

 数時間で様々な女性の裸を見たが、この踊り子くらいの肉付きが好みだと思った。齢は三十路あたりか、若さはじける肌が大人の色香を纏い始めるころだ。人に見られることを意識して鍛えたのか、細い腕にはたしかな筋肉の存在を感じる。反面、くびれたウエストには適度な脂肪が残り、ポーズを変える際にかすかな皺が刻まれた。

 彼女は盆の上で、愛しい人と抱き合っているように見えた。

 白い肌を伝う汗。激しいダンスの余韻を残し上下する胸。与えられた時間で踊り子は全力のパフォーマンスを見せる。一糸まとわぬ姿はまるで芸術作品。世界観に圧倒される演目も多い中、彼女の腕は虚空を――そこにいるであろう想い人を抱きしめ、唇を重ね、愛をささやきあっていた。

 ゆっくりと回転する舞台の上、彼女の視線が客席をとらえる。ひとりひとりに視線を絡め、その微笑みにまるで自分が舞台の上にいるかのような錯覚を覚えた。

 彼女の腕の中にいるのは自分だ。観客たちは瞬きをするのも忘れ、その美しい身体を目に焼き付けていた。

 踊り子の見せ場はV字開脚だけではない。片膝を床につき、もう片脚を天に向けて伸ばす見せ場は体幹の強さを物語る。長い脚を真一文字に広げる大開脚も、ブリッジさながらに大きく背中を反らす姿も、今日明日の付け焼刃では決して身につかない柔軟性だった。

 彼女はこの時間のためにどれだけの鍛錬を積んでいるのだろう。

 舞台に立つ彼女はすべての観客とセックスをするように、愛撫をし身体を重ね、甘く激しい腰つきでひとつになる悦びを味わっているようだった。

 この身体が自分にもあればと、そう、思った。

 硬く筋張った身体ではなく、脂肪に包まれたやわらかな身体があれば。硬く平らな胸ではなく、ほどよく手に収まりそうなまるい胸があれば。

 ポーズとともにステージに投げられるリボン。ご開帳とともに沸き起こる拍手。汗で化粧が崩れても、盆の上で踊る彼女は美しかった。

 彼女のようになりたいと、そう、思った。

 その踊り子こそが『さとわ』だと知ったのは、写真撮影が始まってからだった。ポラロイドの列に並ぶ人々は興奮冷めやらぬ様子で彼女について語り、握手をしながら言葉を交わす姿にはピロートークのような親密さがあった。

 私はポラロイドの列に並ぶこともなく、ステージの余韻を受け止めることで精いっぱいだった。

 最後のオープンショーの最中、彼女と目が合った。その凛としたまなざしを逸らせずにいると、彼女は形の良い唇を弓なりに曲げた。

 細く長い指が、丁寧に整えられた茂みを指し示す。

 私は拍手をするのも忘れ、まるで中学三年生の夏に戻ったかのように、彼女の秘められた場所にくぎ付けになっていた。


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