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クラブ・レインボー②


      ◆

 北の大歓楽街、すすきの。東京の歌舞伎町、福岡の中州と並び日本三大歓楽街と呼ばれているが、ネオンの消えた昼間は買い物を楽しむ主婦や学生たちが行き交う懐の広い街だった。

 凍てつく空気にコートをかき抱き、私は大通公園へと向かう。すすきのから大通まで地下鉄でひと駅。地下通路を使えば冬でも快適に移動できるが、寝ぼけた頭を叩き起こすためにあえて冷たい外の空気を吸った。

 ランチタイムも終わる昼下がり。会社勤めの人々が財布を片手に歩いているが、いつもの私なら猫とねんごろに眠っている時間だ。急な電話に叩き起こされ、久方ぶりに太陽の下を歩いているが、そのまぶしさに目が眩んで吸血鬼にでもなったような気分だった。

 三が日もとうに過ぎた一月、大通公園では二月に開催されるさっぽろ雪まつりに向けて雪像製作がはじまっている。市内の山中から雪をかき集め、鉄筋で足場を作るのはテレビ局など大手企業が協賛する大雪像だ。雪まつりの時期は中国の旧正月である春節と重なり、全国のみならず世界各国からたくさんの観光客が押し寄せるのだった。

 電話で呼び出されたのはホテルの最上階にあるカフェラウンジ。私が名前を告げると、店の奥に案内される。室内は暖房が強く、屋外との温度差にマフラーを外した。

「遅くなってすみません、あぐり」

「こっちこそ、急に呼び出しちゃってごめんなさいね」

 窓際の席に、迫力の和装姿があった。足もとの悪い冬でも和装を貫く彼女は、私が働くクラブのオーナーだ。向かいの席に見慣れぬ青年が座っていことに気づき、互いに小さく会釈をした。

 紹介したい人がいる。オーナーはそう言ってこの店に呼び出したが、二人の間にはぎこちない空気が流れている。新しい恋人のたぐいではないらしく、青年は私を見て明らかにほっとした表情を浮かべていた。

 昼も夜も関係なく、長い年月を女性の姿で生き抜いてきたあぐり。その存在は若い彼にとって刺激が強すぎるのだろう。

「市村(いちむら)くん、紹介するわね。こちら、うちのクラブの――」

「町田(まちだ)類です。よろしく」

 彼女の紹介を遮り、私は右手を差しだす。ウィッグも化粧もない顔に合わせ、地声で挨拶をした。

「市村琉生(るい)です。同じ名前なんて偶然ですね」

 彼――琉生は笑うと少年のようなあどけなさが残っていた。年の頃は二十代も半ばだろうか。中性らしい容貌に、オーナーの好みだなと私は心の中でつぶやく。

 かつて筋肉隆々の自衛官だったというあぐりは、自分と正反対の華奢な男の子が好きだ。ふたりは親と子ほどの年の差があるが、なぜコーヒー一杯二千円もするホテルのラウンジにいるのか。店内の客も好奇心を刺激されるのか、ちらちらと視線を向けていた。

「今年の雪まつり、うちの店も協賛してみようと思って。市村くんは氷彫刻師でコンクールに出展予定なのよ」

 雪まつりといえば大通公園の大雪像が有名だが、期間中はすすきのにも会場が作られる。ニッカウヰスキーの看板が有名なすすきの交差点から駅前通りの区画を封鎖し、氷像をはじめ煌びやかなイルミネーションやアイスバーなどがずらりと立ち並ぶのだ。

「協賛ってそんな急にできるものなんですか?」

「毎年協賛してた不動産会社があったじゃない? 不景気で急に撤退が決まったみたいで、このままだと市村くんが出場できなくなっちゃうのよ」

 企業の協賛する氷像はビールやウイスキーなどお酒に関連するものが多く、氷像も大きく煌びやかな世界が楽しめる。子どもが遊べる氷の滑り台など老若男女が集う会場のなかで、見るものを魅了するのが氷彫刻コンクールの会場だった。

「未来ある氷彫刻アーティストが、お金の問題で参加できないなんて夢も希望もないじゃない。市村くんなんて去年、準優秀賞に選ばれたのよ? 今年こそ最優秀賞をとれば、協賛したうちのクラブの宣伝にもなるわ」

 有象無象ひしめくすすきので長年店を守るオーナーは、自分の好みひとつで店の金を使うような人ではない。鼻息荒く語る姿に、琉生も熱意が伝わったのか表情にやわらかさが戻った。

 窓際の席からは制作中の雪像の様子が見える。鉄骨の足場が組まれた大雪像は陸上自衛隊が手がけ、歴史的建造物がクオリティ高く再現されることで有名だ。オーナーは昔から札幌に住んでいたというが、もしかしたら雪像作りに携わったことがあるのかもしれない。

 テレビ塔のある西一丁目会場には屋外スケートリンク場を作り、各丁目ごとにテレビ局や新聞社がスポンサーについた大雪像が人々の足を注目を集める。雪まつりの会場は市民雪像の並ぶ西十一丁目まで続き、飲食店の屋台や巨大なスキージャンプ台まであらわれるのだが、長年目と鼻の先に住んでいながら、私が会場に足を運ぶことは滅多になかった。

「雪まつりの期間はうちもお客さんが増えるから、なにか彫刻とコラボレーションしたショーをやってもいいわね。今日はその振り付けを類に任せたくて連絡したの。類はショーの演出や監督もやってるのよ」

「……その彫刻って、今年はどんなのを作る予定なんですか?」

 私の質問に琉生はタブレットを取り出した。彼はこのホテルでパティシエとして働き、結婚式やレセプションパーティーなどで飾る氷像を作っているらしい。作品の写真を見せてくれたが、コンテストでの入賞経験も納得の見事な彫刻ばかりだった。

「去年は動物をモチーフにしたんです。今年も同じモチーフでいくか、別のものにするかまだ悩んでいて……」

 彼が昨年作った彫刻には見覚えがあった。熱帯魚や鳥、果ては龍や鳳凰など様々なモチーフが選ばれる彫刻だが、琉生が選んだのは蝦夷鹿だった。

 前脚を振り上げ、いまにもすすきのの街を駆け出しそうな躍動感にあふれた作品だ。会場の照明のほか、ネオンの光を浴びた蝦夷鹿の角は後光がさすようだが、写真の奥に映るソープランドの看板が現実と交錯している。

「市村くん、ちょっとスランプみたいなの。二人とも同じ名前だから、なにか良い刺激になるかと思ってね」

 数々の彫刻作品を通して、彼の繊細な人柄が伝わる。過去の作品をスクロールしながら、琉生は深い息を吐いて心の淵を明かした。

「……今日、お店の人が来るって聞いて緊張しました」

「類はこう見えて面倒見がいいから安心してね」

 面倒見がいい。そのオーナーの言葉には含みがあった。

 私は腕時計に視線をやり、そろそろ飼い猫が起きる頃だと思う。深い眠りの中にいる彼女を起こすのが忍びなく、静かにベッドを抜け出したはいいが、目を覚ましたさとわは私がいないことに気づいて悲しんではいないだろうか。

 彼女と抱き合って眠る時間。私はいつも、互いの肌の境目が消えてひとつに混じりあうような感覚におぼれていた。


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