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自分のパンツは自分で洗え〜9、婚活をしたことのある者のみが石を投げよ⑥



「そんなに私って男に見える? この服装でも!?」

 ワンピースの裾を掴んで振り回しながら言うと、脚が剥き出しになり「やめなさい」と止められた。

 おちょこで参加した日本酒が効いている。いつもならお酒が入るとひたすらトイレに通うが、今日はアルコールを分解できていないのかその頻度も少ない。二次会の居酒屋に行く前にAさんが一抜けし、男子は犬山君一人になってしまった。

 二次会は犬山君とBさんとCさんと私。一次会では遠くに座っていたCさんが正面に座っている。適当にレモンサワーを頼み、私は酔った頭をおしぼりで冷やした。

 しかし、先ほどのふたり組が頭から離れない。男扱いされたことのショックが大きい。婚活という場で、私はひたすら自分を殺して男受けする格好ばかりしていたのだから。

 これだけ頑張っても女装に見えるのか。私はそんなに女らしくないのか。

 やっぱり男は綺麗な女性が良いのか。

 気持ちがどんどん落ち込んでいく。酔いで気持ちをうまく押さえることができない。やりきれない思いを吐露する私に、Bさんが声をかけた。

「田丸さん、自分の顔が嫌いなの?」

「嫌い」

 子どもの頃から、容姿に関する杜撰な扱いを受けて育った。学生時代のブス、キモい、死ねは思春期特有のいじりと思うこともできるが、身近な親戚から常に姉との容姿を比べられ続けたのが一番辛かった。

 大人になって必死に化粧を覚えた。眼鏡をコンタクトに変えただけで周囲の反応が変わった。瓶底眼鏡は印象を大きく変えるのか、同じ店に通っても眼鏡のあるなしで同一人物と認識されないほどだった。

 美人を装っていたときは周囲の反応が違う。新しい服を買うときでも、話しかけてくる店員の態度が違う。

 しかし、姉と二人で食事に行けば、美人な姉ばかりが店員から優遇されるのだ。

 どんなに綺麗事を言っても、結局、世の中顔なのだと思わざるを得ない。

「田丸さんは宝塚の男役だってだけだよ」

 Cさんのそれは褒めていない。

「あたしはそういうことがあっても、男をぶん殴って生きてきたから」

「だから私も頑張って自分磨きしてきたんです」

「違う、あたしは文字通りぶん殴ったの」

 無理矢理にでも自分という存在を認めさせたというのか。しかし、私はそこまで自分に自信を持っていなかった。

 どんなに見た目を取り繕っても、容姿をいじられれば簡単に心が折れる。整形手術をすれば改善されるような類いではない。ひとつ直しても次々気になるところができ、手術をくり返して整形依存になる自分が容易に想像できた。

 根本的問題は顔を直しても解決しない。それを自分でもわかっている。酔いの回ったCさんは絡み酒になり、噛み付くように私に話し続けていた。

「別に結婚なんてするものじゃないわよ」

「……それはCさんに結婚の経験があるから言えることですよね?」

 助け船を出したのはBさんだ。彼女は会うたびに私の婚活話を聞いてくれる相談相手だった。

 既婚者は声高らかに、結婚は良いものじゃないと言う。別に結婚なんてしなくていいと。しかしそれは自分が経験をしているからであり、人生のパートナーを探そうと頑張っている相手にかけるべき言葉ではない。

 結婚生活など地獄。それは私が実際に結婚してから決めることだ。

 婚活をしていると知ると、何かしら口出しをしてくる既婚者は一定数いる。婚活=そういったサービスを使わなければ相手を見つけられない人、自然な出会いで結婚に至れない人、というネガティブなレッテルを貼る人も多い。

 自分は結婚を経験したから、結婚をするに至れるまでの人間力があるから。

 結婚できない人間は既婚者より劣るということだろうか。

 既婚者マウントはうんざりだ。

「人生のパートナーが欲しくて頑張るのはそんなにいけないことなんですか」

 今は結婚しなくても生きていける時代だ。結婚だけが幸せなわけではない。

 けれど、人生のパートナーがほしいと思う気持ちがそんなに悪いことだろうか。

 努力する姿はそんなに浅ましいだろうか。

 Cさんの責めをやりすごしているうちに、いつの間にか話が私の仕事に変わっていた。作家の仕事と会社員の仕事、その両立に悩む自分。長く業界で生きるCさんと、現代の若手作家とでは当時と出版状況も違う。

 多様な媒体から運良くデビューできたとしても、生き残れるのはほんの一握り。小説家というピラミッドの中で、印税や作家収入だけで食べていける人は頂点にいるごく僅かな人だけ。底辺は新作を出すのも難しく、生活費はほかで稼がなければならない。

 なぜ私が仕事を辞めないのか、話はそこに行き着いた。

「家賃を稼がないと生きていけないじゃないですか」

 一人で生きる以上、生活費は自分で用意しなければならない。実家に頼るという選択肢はもとより存在しない。

 いくらでもやり直せる二十代とは違う。コロナ禍で転職も難しい。入るかもわからない印税のために仕事を辞めるのはリスクが高すぎた。

「小説を書く時間がなくなってまで仕事をする必要はない。でも、お世話になった職場だから不義理な辞め方はしたくないんです」

 立つ鳥跡を濁さず。いま私が飛んだら後輩や新人に迷惑がかかる。そう思い、繁忙期をやり遂げると決めた。7月以降に退職の手続きを進めようと歯を食いしばって働いていた。

 しかし、小説を書く時間のない生活は心を削られていく。

「精神的に追い詰められると、人は正しい判断ができなくなるから……」

 犬山君が冷静に言う。人間、心を病むと判断力が鈍り、現在の環境から逃げ出すことができなくなる。冷静に転職エージェントを勧める彼の一方、Cさんはひたすら私を詰めていた。

「小説と仕事と、やりたいことはどっちなのよ」

「だからといって、仕事を飛ぶのは社会人としてあり得ないです」

「社会人だからどうしたっていうのよ」

「Cさん、それは主語が大きすぎる」

 Bさんが何度も助け船を出す。しかしCさんはやめない。完全な絡み酒だった。

「私はただ悩んでるだけです。小説を書く時間がなくて、何のために生きているかわからなくなってるだけ」

「ちょっと、この子怖いんだけど」

 同じ物語を紡ぐ者でも、すべての人が他者の気持ちを慮れるわけではないんだな。

「田丸さんがそこまで小説に必死になる意味がわからない」

 普通の人はその感覚なのか。

 仕事を転々としては人と上手くやれないストレスを酒にぶつける父と、そんな父を嘆きながらも生活力がなく愚痴るしかない母と、経済的な厳しさで進学先を絞られ受験のストレスで当たり散らす姉に囲まれ生きたことはないのか。

   学校にいても家にいても辛いばかりで、小説を書くことで自分の気持ちを落ち着ける必要もなかったのか。

 自分は上の学校に行かせてもらえず、泣く泣く就職した先で先輩たちにいじめられ、骨と皮になるほど痩せ細って辞めたことはないのか。

 大学に行けなかった代わりに、夢だった小説家になろうと必死に努力しそれを実現させた者が、いま、ここにいるのだが。

「自分が小説でなにを書きたいのか言ってみなさいよ」

「私が書きたいと思う物語をかたちにしたいだけです」

「だから何を書きたいのか言ってみなさいよ」

「読んだ人が気持ちの共感ができるような表現を書きたいだけです」

「だから何の小説を書きたいか言ってみなさいよ」

 なぜ何度も同じ質問をくり返すのか。意味がわからず、私は多忙の中書き続けている物語のあらすじを説明する。

「それはもう古い!」

「……だから自分が書きたいと思うものを書いてるだけじゃないですか!」

 出版するために書いているわけではない。自分の中で眠っている物語を、小説として最後まで書き切りたいだけだ。

 Cさんは一体私に何を言わせたいのか。

「あなたは小説で何を書きたいのか言いなさいよ!」

「なんでCさんの求める言葉としての正解を言わなきゃいけないんですか!?」

「……だめだ、難しすぎて話についていけない」

 言い合いをフォローしていたBさんだが、創作活動をしていない彼女にはもはやお手上げ状態だった。

「私はただ悩んでるだけじゃないですか、仕事と小説とどうやって両立したらいいかって」

「それは田丸さんが暇だから悩むのよ」

「……1日13時間も14時間も働いている私が暇なわけないじゃないですか!!」

 私がここまで声を荒げるのははじめてだった。

 ただ楽しく飲みたかっただけなのに、自分もお酒に呑まれてしまっている。なぜ居酒屋で涙を流しながらここまで言い争いをしなければならないのか。

 これはお酒のせいだけではない。自分で自分の感情をコントロールできなくなっている。

 言い争う私たちを犬山君はおろおろ見守るばかり。彼のための飲み会だというのに、いたたまれない気持ちになっているに違いない。

 後に知ったことだが、この飲み会は私に声をかけた友人が幹事ではあるが、犬山君はほかの誰とも知り合いではなかったそうだ。

「……私、いつになったら次の本を出せるんだろう」

 いや、知らんがな。Bさんがそうつっこむ。そこではじめてCさんが気まずそうな表情を浮かべた。

 プロットのやりとりをしている担当はいない。預けた原稿の企画が通る望みも薄い。

 まもなく一年の半分を折り返す。この時点で動かす企画がなければ今年中の出版は絶望的だ。

 新しい本を出せなければ作家として消えてしまう。

 必死に追いかけ叶えた小説家の道。それがいま、夢破れようとしていた。



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