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自分のパンツは自分で洗え〜4、そうやって選んでるから駄目なんだよ⑦



 谷地頭温泉での朝風呂を終え、私は市立函館博物館に向かう。調べものをしたあと、新刊発売でお世話になった北斗市の書店さんに行き、再び函館に戻り図書館で函館市史を読み耽った。最後に取材のお願いをしているお店を訪問する頃には、日が落ちてあたりも暗くなっていた。

 長らくあたためていた物語だが、それを書くためには函館の歴史や文化を学ぶ必要がある。私も海育ちではあるが、地域によって文化風習が異なるため、同じ北海道でも自分の想像だけで補うことは難しかった。

 函館の地に代々店を構える、とある商店の若旦那に取材を申し込んだ。函館の歴史については博物館や図書館の函館市史で調べたため、若旦那とは物語の構想に違和感がないかの答え合わせが中心になる。

 こういう展開にしたいんですけど、この設定に無理はないですか? それならこういう設定のほうが不自然じゃないと思うよ。なるほど……では、当時の生活や人々の価値観についてなんですけど。……そうだね、おおむねそのとおりですすめていいと思うよ。

 ひとしきりの取材が終わり、若旦那とお茶を飲みながら雑談する。彼が同世代と知り、私はふと疑問を口にした。

「若旦那はこのお店の跡取りですけど、奥さんはそういうのもわかって結婚したんですよね?」

「ありがたいことにね。もともと学生時代からの付き合いなのもあるけど」

 代々続く商店の跡取り息子に嫁ぐ。私の地元でたとえるなら、代々続く漁師の嫁に嫁ぐということだ。跡継ぎ問題や親戚付き合いのしがらみから離れたかった私は、早々に地元を離れて戻るつもりもない。

「田丸さん、ご結婚は?」

「してないですね~家と仕事の往復なので、出会いもありません」

 瀧さんの話をする必要はない。彼とはまだお友達期間だ。

「それこそ、作家さん同士でそういうのはないんですか?」

「一番難しいですね。私、嫉妬しちゃうので」

 作家業はとにかく、隣の家の芝が青く見える世界だ。相手の活躍に嫉妬するか、あるいは自分の実力の無さを思い知らされるか。葛藤で心を病むのが目に見えているからこそ、私は作家同士の恋愛を最初から考えていなかった。

  瀧さんはそういうのを考えていたのだろうか?

               ◯

 土曜日、瀧さんが函館空港に到着した。

 待ち合わせ場所は空港線のバス停前。少し早めに到着して、彼の乗るバスを待った。

  休日だけあり、バスも満員なのだろう。瀧さんが下りてくるまで、少し時間がかかる。窓から見える彼の姿は、オンライン通話で話していた時と変わらなかった。

「移動、お疲れ様です。宿に荷物預けちゃいましょうか」

 観光の前に、宿泊予定の旅館にキャリーバッグを預けた。合流は昼前だったが、瀧さんは朝食をあまり食べていないらしい。市電に乗り、何が食べたいかと話す空気にぎこちなさはなかった。

「せっかく函館に来たので、やっぱりご当地グルメですよね。ラッキーピエロは混んでると思うので……ハセストの焼き鳥弁当はいかがですか?」

「田丸さん、また敬語になってる」

「ため口にしようとすると訛っちゃうので、難しいんです」

 オンラインで話し合いをした日。瀧さんとあらためてお互いについての話をした。彼の書いた記事がどのように叩かれてしまったのか、今はどんな部署にいるのか。それぞれの家庭環境や、いままでの恋愛について。距離を縮めるためにも、敬語をやめてため口で話すことにした。

「……あ、このイベント、チームナックスがPRしてるんだ」

「なにそれ?」

 いまや全国区になった大泉洋らによる、北海道発の演劇ユニットだ。ジブリ作品の声優をつとめたり、安田顕や戸次重幸などメンバーも続々と全国進出を果たしている。リーダーは今も北海道を拠点にしていて……と話してみたが、瀧さんはとくに興味もなさそうだった。

 ハセガワストアのイートインスペースで焼き鳥弁当を食べると、書店訪問の時間まで余裕があった。暗くなるのが早いため、明るいうちに観光してしまおうと五稜郭に向かう。

「そういえば瀧さん、ゴールデンカムイは読みましたか?」

「仕事が忙しくて、まだ……」

「そっか。今、本誌の舞台がちょうど五稜郭で」

 聖地巡礼、私には五稜郭を縦横無尽に走り回る杉本やアシリパさんが目に浮かぶ。お堀のまわりをひとりで歩く女性を見つけ、心の中で、同志よ! と叫んだ。

「私が書店さんに行ってる間、瀧さんはどこに行くんですか?」

「せっかくだし四稜郭に行ってみようかな。ぐるっと回って戻ってきたらちょうどいい時間だと思う」

 四稜郭なるものの存在を初めて知る。瀧さんは五稜郭観光も箱館戦争の歴史と重ね合わせて楽しんでいるらしい。書店訪問の時間が近づき、一時解散。私は五稜郭近くの書店に向かった。

 この書店もまた、新刊発売のPRでお世話になったお店だ。さらに私は、仕事の邪魔にならない程度に取材をお願いしていた。

   みな優しい人ばかりで、私が函館について質問をするといろんなエピソードを披露してくれる。函館博物館・函館市史・商店の若旦那に函館&北斗市の書店員。たくさんの話を聞き、あやふやだった函館の歴史をようやく理解することができた。

 瀧さんと合流したころには、外もすっかり暗くなっていた。晩御飯は人気のジンギスカンのお店。お肉を注文し、まずはビールで乾杯する。

「四稜郭はどうでしたか?」

「タクシーの運転手さんにお願いしたら、渋いところを選ぶねって驚いてたよ。四稜郭は史跡だから、タクシーに駐車場で待っててもらって、ぐるっと歩いて回ってすぐに戻ってきたんだ」

 彼が四稜郭を観光中、私は書店でいろんな書店員さんからお話を伺っていた。おかげ様で実り多き取材になったが、押し寄せる函館の知識に頭がパンク気味だ。

「田丸さんの書店訪問は?」

「新刊の時のお礼が言えてよかったです。あとは、いろいろ話も聞かせてもらって……すごく楽しかったけど、ちょっと疲れました」

 お酒が入り、オーバーヒートした頭がくらくらと回る。

「プロットでうまく決められないところがあったんだけど、やっと解決しました。やっぱり取材とロケハンは大事ですね」

 二人でもりもりとジンギスカンを食べ、その後、荷物を預けていた温泉旅館に戻りチェックインをした。


 宿泊した温泉旅館は、評判どおりの素敵な宿だった。

 それぞれお風呂を済ませた頃には、夜ご飯の酔いも醒めていた。ツインベッドの和洋室は、のびのびくつろげるような談話スペースがあった。コンビニで買ったお酒とおつまみをテーブルに広げ、再び乾杯をすると、瀧さんが荷物の中から大きな紙袋を取り出した。

「これ、誕生日プレゼント。何にするか悩んだんだけど……執筆するときに役立ちそうな便利家電にしました」

「ありがとうございます」

 あらかじめ誕生日プレゼントについて質問はあったが、東京から持ってくるのも荷物になるため、私は気にしないでと伝えていた。見るからに高価なプレゼントに、正直恐縮してしまう。

「重たいし荷物になるから、明日は俺が持って歩くよ。帰りのJRで渡すから」

 日曜日に、函館から札幌に移動する。JRの特急券は私が二人分予約していた。

 まめにオンラインで話してはいるが、やはり顔を合わせるからこそできる話もある。お酒の酔いもあり、私たちはお互いの恋愛経験について話していた。

「私は、若い頃ダメンズウォーカーでしたね。同じ会社の先輩と同時進行されたことがあって、しかも『どっちも選べないから一ヶ月待ってほしい』って言われたんですよ。まあ、その人とは付き合っていなかったので、元彼のカウントには入ってませんけど」

 過去の恋愛経験から、私はダメンズを見抜くセンサーを手に入れた。結果、自分に寄って来る男性はことごとくダメンズであると気付き、さっぱり男っ気がなくなってしまった面もあるのだが。

「俺は……田丸さんみたいにいろんな恋愛をしたことがないというか」

 39歳、女性と付き合った経験はない。紆余曲折あり、3ヶ月だけお付き合いした女性がいたと思ったが……友人に話すと『それ、付き合ってることに入らないから』と言われたことがあるらしい。

「俺、告白について長らく勘違いしていてさ。みんな、好きな人とある程度仲良くなってから、自分の気持ちを伝えるんだってね。俺はいつも、好きですって告白するところから始めてて」

「……それ、相手にびっくりされませんか?」

「そうなんだよ。何も知らない相手から急に告白されても驚くだけだって、そう気付くのに何年もかかったよ」

 瀧さんは恋愛下手だ。だからこそ、私がメッセージで怒り出した時も、どうやってその場を鎮めて良いかわからなかったらしい。

「田丸さんの爪、かわいいね」

 私は足にペディキュアを塗っていた。お風呂上がりのため、靴下も履かず裸足のままだ。旅館は浴衣ではなく作務衣だったため、ソファーでくつろいでも裾がはだける心配がない。

「……こういう時に、俺が動けばいいんだとわかっているんだけど」

 温泉宿、同じ部屋、寝間着姿で飲酒。条件はすべて揃っている。

 瀧さんとはお友達期間だ。しかし、彼氏に立候補されている以上、この函館旅行で何かしらの進展があるだろうと予想していた。

 お互い良い大人、そのための新しいパンツだ。

 酔いで赤らんだ目で、瀧さんが言う。

「田丸さんに対しての好きが、いままでの人たちへの好きと違うんだ」

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