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コールセンターに黒船が来た。定年まであと7年のSVが、逃げ切れないと悟った日

「ソフトバンク、Sierraと提携。対話型AIプラットフォームの日本独占販売」

その見出しを見た瞬間、僕は画面の前で動けなくなりました。

58歳、現役コールセンターSVの僕にとって、これはただのAIニュースではありませんでした。

いよいよ、自分たちの仕事の前提が変わる。

そう思った瞬間、胸の奥がゾワッとして、妙な焦りが湧いてきました。

現場で「AI推進担当」という看板を背負い、日々メンバーにAIを使おうと呼びかけているはずの僕が、そのニュースを見て、一番怖がっていたのです。

定年まで、あと7年。

逃げ切れると思っていたわけではありません。でも、いよいよその「終わり」のカウントダウンが本格的に始まったのだと、冷たい現実を突きつけられた思いでした。


解決率97%。これは「電話が減る」ではなく「席が消える」数字です

ソフトバンクの公式リリースを読み進めると、目を疑うような数字が並んでいました。

オンライン専用ブランドの「LINEMO」で実証検証した結果、問い合わせに対する解決率が83%から97%に向上した、と書いてあったのです。

コールセンターで働いたことがある人なら、これがどれほど異常な数字か分かるはずです。

従来のチャットボットは、言ってみれば「答えを配るだけの機械」でした。用意されたFAQを検索して、「これを読んでください」とリンクを出すだけ。だから結局、お客さまは解決できずに「よく分からないから直接聞きたい」と電話をかけてくる。「チャットを入れたのに、電話が全然減らないじゃないか」。現場ではそんなボヤキが日常茶飯事でした。

しかし今回の97%という数字は違います。お客さまがチャットの中で「本当にやりたかった手続き」を、AIがその場で完結させてしまったことを意味しています。ソフトバンクの発表資料には、Sierraが「目標指向型のAIエージェント」であると書かれていました。返品したい、解約したい、プランを変えたい。そうした目的に対して、AIが自分で状況を判断し、必要な手続きをやり切る。答えを渡して終わりではなく、業務そのものを最後まで動かしてしまうのです。

僕の職場には、一番頼りになるベテランのオペレーターがいます。少し前、その人にAIの話をしたとき、こう言われました。

「AIなんて難しい。自分には使えるような気がしない。自分はもう要らないって言われている気がする」

あのときは、慰めるような言葉しか返せませんでした。

でも今、97%という数字を見て、あの一言の重みが違う意味を持って戻ってきています。僕たちが日々行っている、約30名のオペレーターの管理や、約60社のクライアントとの調整。その業務の多くを占める「手続きの処理」や「確認のやり取り」が、人手を一切介さずに、精度の高いところまで終わってしまう世界が、もう画面の向こうに実在しているのです。

つまりこれは、単に電話本数が減る話ではありません。その電話を受けるために用意されていた席そのものが、必要なくなっていく話なのです。

日本のコンタクトセンター市場は、深刻な人手不足と人件費の高騰で悲鳴を上げています。だからこそ大企業はこの技術を求めている。「AI推進」を叫びながら、自社のセキュリティの壁に阻まれて、顧客情報の一文字すらAIに入れられない僕のような、予算も権限もない一介のSVが足踏みをしている間に、メガキャリアは圧倒的なスピードで「人手に依存しないコールセンター」を作り上げようとしています。


Sierraは、ChatGPTで遊ぶ延長ではありません

Sierraというこの会社を、一言でまとめるとこうです。

「便利なチャットボット」ではなく、世界の大企業や主要銀行がすでに本番業務を任せ始めているAIエージェント。

共同創業者のブレット・テイラーは元OpenAI取締役会議長、元Salesforce共同CEO。もう一人のクレイ・ベイヴァーも、Googleで責任者を務めていました。一般消費者が触って楽しむAIではなく、企業のブランドを背負って本番で動かすためのAIを、この二人が作った。だからこそ、顧客データをモデルの学習に使わないといったセキュリティへの配慮も相当作り込まれています。しかも、テキストのチャットだけでなく音声とも統合されている。電話対応そのものをAIが自律的にこなす未来が、もう目の前まで来ているということです。


海外の話だと思っていたAIが、日本の現場に来た

ただ、僕が本当に怖かったのは、Sierraの性能そのものではありません。

海外の話だと思っていた変化が、日本の現場に正式に上陸したこと。それが一番怖かったのです。

僕はこれまで、Sierraに関わる話を、この場で二度書いてきました。一度は成果報酬型のAIエージェントについて、もう一度はIntercomの「Fin」というAIについて。どちらも、paiza創業者の片山良平さんが書かれた記事を読んで、衝撃を受けて書いたものでした。

そしてありがたいことに、あの二つの記事がご縁で、片山さんとオンラインで1時間ほど、1対1でお話をさせていただく機会までいただきました。

海外事情に詳しい片山さんの話は、間違いなく貴重なものでした。でも正直に言うと、僕の中ではまだどこか「他人の話」に近い感覚が残っていたのです。

こういう技術は、いずれ海外から日本にもやってくるだろう。その予感は持っていました。でも、もう少し先のことだと思っていました。

X(旧Twitter)で海外のコールセンター事情を発信されているオペすいすいさんの投稿からも、僕は同じように学ばせてもらっています。それでも「こうしたサービスが日本で本格的に浸透するには、まだ時間がかかるだろう」と、どこかのんびり構えている自分がいました。

今回のソフトバンクの発表を見たときの印象を、正直に言葉にすると、こうなります。

ついに、浦賀沖に黒船が現れた。

幕末の幕閣たちも、「黒船が来る、来る」という情報自体は、当然入ってきていたはずです。それでも、実感としての危機感は薄かった。何もしていなかったわけではありません。それでも、実際に船が姿を現した瞬間の衝撃は、事前の情報量とは別物だったはずです。

今の僕や、コールセンター・コンタクトセンター業界の人たちも、たぶん同じです。「AIがいずれ来る」ということは、頭では分かっていました。それでも、実際に「日本独占販売代理店、本日より販売開始」という一文を見た瞬間の衝撃は、まったく違う種類のものでした。

ソフトバンクは今後、自社の携帯電話事業(ソフトバンク・ワイモバイル)での活用や、法人顧客への展開を進めていく可能性があります。少なくとも、そう読めるだけの材料が発表資料にはありました。

波が、思ったより早く来た。今、正直にそう思っています。


AIに仕事を奪われる人と、AIを育てる人に分かれる

このニュースを読んで、「大企業はいいな」「うちのコールセンターはシステム予算なんて出ないよ」と愚痴を言うのは簡単です。実際、僕だってうらやましい。セキュリティだのコンプライアンスだのとがんじがらめで、自腹で月1万円のAI課金をして会社の外でこっそり試すのが精一杯の僕たちから見れば、ソフトバンクの巨大なインフラや40万社超の法人顧客基盤は、遠い世界の話に見えます。

ただ、ここで僕が言いたいのは「それでも抵抗しよう」ということではありません。

抵抗しても、97%という数字は動きません。

そうではなく、SVという役割そのものを、作り変えるしかないと思っています。

これまでのSVの仕事は、「人を管理すること」でした。シフトを組み、応対品質を確認し、難しい電話を巻き取り、新人を育てる。これからのSVの仕事は、「人とAIエージェントの両方をマネジメントすること」に変わっていくはずです。

Sierraの共同創業者ブレット・テイラーは、開発思想において日本の「おもてなし」の心から大きな影響を受けたと語っています。お客さまのニーズを先回りして、真心を込めて応える姿勢。これをAIエージェントに設計し、学習させるのは、一体誰でしょうか。

東京のITコンサルタントでしょうか。アメリカの優秀なエンジニアでしょうか。

違います。日々、現場の最前線でお客さまの怒りの声や迷いの表情に触れ、複雑な業務ルールと戦ってきた、現場の僕たちです。「この状況では、こう声をかけるのがおもてなしだ」「この手続きの裏には、こういう業務の罠がある」。そうした生々しい現場の知見をAIに落とし込み、判断のルールを作り、AIの答えが的外れなときに軌道修正する。この役割こそが、これからのSVの本業になっていくはずです。

熱意は、人と一緒に去ります。仕組みは、残ります。

個人の熱意やスキルだけで現場を回そうとすれば、その人が辞めた瞬間に現場は崩壊します。でも、僕たちが持つ「おもてなしの知見」を仕組みとしてAIに残すことができれば、組織は次の段階に進めます。

もしあなたも現場で人を管理する立場にいるなら、これは他人事ではないはずです。よくある問い合わせをさばく人も、手続きを確認する人も、過去のルールを知っているだけの管理者も、今の仕事のやり方のままでは、遅かれ早かれ同じ波にさらわれます。今のうちに、自分の役割を「管理する人」から「AIに現場の知恵を教え、その判断を監督する人」へと、少しずつ組み替えていく必要があるのだと思います。


今日から、僕たちの手元で始める

今回のソフトバンクとSierraの提携は、コールセンター業界が「生成AIをどう使うか」というお試し期間を終え、「AIエージェントを本番運用する」という覚悟のフェーズに入ったことを示す象徴だと思います。

大きなシステムや予算を待つ必要はありません。「会社がツールをくれないから」と諦めるのではなく、手元にある無料のツールや、身近な自動化を使って、まずは10分以内でできるレベルから自分の仕事を仕組み化してみる。自分のお金と時間を少しだけ投資して、退路を断って試してみる。

その泥臭い一歩の積み重ねだけが、58歳の僕の、そして現場で働く僕たちの未来を切り拓く武器になります。

お互い、現場で戦いましょう。


■ あわせて読みたい

もし今回の記事を読んで、「Sierraって結局何が怖いのか」「現場では何から始めればいいのか」と感じた方は、以前書いた2本も読んでみてください。どちらも、paiza創業者の片山良平さんの記事をきっかけに書いたものです。


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