【研修コラム】再考 雪印・集団食中毒時の緊急記者会見(2000年)【更新20251110】
講師の高木です。
元ラジオ局アナ・報道記者の経験から、全国各地の自治体・公的機関で
「危機管理・マスコミ対応研修」や「説明力向上研修」などを行っています。
今回のテーマはこちら。
「再考 雪印・集団食中毒時の緊急記者会見(2000年)」
(※画像はイメージ図です)
私の「危機管理・マスコミ対応研修」では、緊急記者会見の事例も多数紹介するのですが、講義時に必ず紹介するのがこの「雪印乳業・集団食中毒時の緊急記者会見(2000年)」の事例です。
今から20年以上前の事例ですが、「私は寝てないんだ」発言の事例、と言えば、ピンと来る方も多いかと思います。
あらためてその事案の概要を紹介しましょう。
■雪印乳業 集団食中毒と緊急記者会見 概要(1)
・2000年6月 雪印乳業大阪工場製造の低脂肪乳で食中毒発生。
・雪印乳業 = 事件対応に手間取り、告知が遅れる。
・食中毒被害=14,780名(戦後最大の集団食中毒)[※]
[※]食中毒被害の人数は、厚生労働省の資料から引用。
●問題の会見=2000年7月4日
・会見に臨んだのは当時の石川哲郎社長ら。
・しかし石川社長は会見を途中で打ち切り、エレベーターに向かう。
会見延長を求める報道陣に社長は「私は寝てないんだ」と発言。
・それを受け、記者の一人が
「こっちだって寝ていないですよ」と発言。
・この様子がテレビ等で大きく報道され、批判がさらに強まる。…
というものでした。
私は当時の雪印乳業の緊急記者会見の問題点として、
・会見を途中で打ち切ったこと
・報道陣に怒鳴ったこと
・初動対応のミス
などを挙げて説明しています。
では当時の状況を時系列で説明しましょう。
■雪印乳業 集団食中毒と緊急記者会見 概要(2)
2000年6月~7月の主な流れは以下の通り。
・6月27日
大阪市保健所 最初の食中毒の届け出
・6月29日
雪印乳業 食中毒を公表
・7月2日
大阪府立公衆衛生研究所
低脂肪乳から黄色ブドウ球菌を検出
・7月4日
記者会見で「私は寝てないんだ」発言
→発言から2日後、社長は辞任表明
いかがでしょうか?
最初の食中毒の届け出から、食中毒公表や記者会見まで日数がかなりかかっていることが分かります。この間に食中毒被害が拡散した、との指摘が相次いだわけです。
私は危機管理3原則として「予防・備え・初動」の重要性を危機管理・マスコミ対応研修で繰り返し伝えています。
しかし、当時の雪印乳業の対応は、食中毒被害の状況から、初動で大きなミスがあったと、と言わざるを得ないと思います。
さて2025年の時点でこの情報はどう扱われているかというと、…
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