大沈黙:フェルミパラドックスという終わらないサスペンス
Cマガジン所収
1950年夏、ロスアラモスの昼食
夜の砂漠に、無数の星が降り注ぐ。風が砂を運び、乾いた空気が喉を刺激する。1950年夏、ニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所の食堂。物理学者エンリコ・フェルミは、エドワード・テラー、エミール・コノピンスキー、ハーバート・ヨークという三人の同僚と昼食のテーブルを囲んでいた。
話題は、当時ニューヨーカー誌に載った一コマ漫画から始まった。ニューヨーク市内でゴミ箱が次々と消える事件が起きており、その犯人を空飛ぶ円盤の乗員に仕立てた風刺画である。四人は笑いながら、超光速航行は可能か、UFO目撃報告のどれだけが本物か、といった議論へ流れていった。テラーの回想によれば、フェルミは会話の途中でしばらく黙り込み、それから唐突に、しかし静かに問いかけた。
「Where is everybody?」
「みんなはどこにいるんだ?」
その一言が、食堂を一瞬凍りつかせた。笑いが止まり、フォークが皿に触れる音だけが響く。ヨークの証言では、フェルミはその沈黙のあいだに、銀河にある星の数、惑星を持つ星の割合、生命が発生する確率、そして航行技術に到達するまでの時間を、頭の中で次々と見積もっていたという。そして結論した。地球はとうの昔に、何度も訪問されていておかしくない、と。
フェルミという人物は、この種の即興的な概算にかけて伝説的だった。「シカゴにピアノ調律師は何人いるか」という有名な問い——市の人口、世帯あたりのピアノ保有率、調律の頻度、一人の調律師が一日にこなせる件数。手元に資料が一切なくても、掛け算を重ねるだけで桁の正しい答えにたどり着く。この手法は今日「フェルミ推定」と呼ばれる。1945年7月のトリニティ実験では、爆心から約16キロメートル離れた地点で細かく破いた紙片を落とし、爆風で飛んだ距離を目測して爆発の威力を推定した。後の精密測定と、桁は合っていた。
1901年ローマ生まれ。1938年にノーベル物理学賞を受けると、その足でストックホルムからアメリカへ渡り、二度と祖国に戻らなかった。1942年12月2日には、シカゴ大学スタッグ・フィールドの観客席下にあるスカッシュコートで、黒鉛ブロックとウランを積み上げた「シカゴ・パイル1号」を臨界に導き、人類初の制御された核連鎖反応を成功させている。数字で世界の形を測ることを職業にしてきた男が、昼食の席で口にした何気ない疑問。それが、後に「フェルミパラドックス」と呼ばれる巨大な謎の起源となった。
その場に居合わせた顔ぶれも象徴的だった。テラーはこの数か月後に水素爆弾の理論的突破口を開き、ヨークは後にリバモア研究所の初代所長として核開発の中枢に座る。冷戦が始まったばかりの砂漠の研究所で、人類を滅ぼしうる力を設計している当人たちが、他の星の知性の不在について語り合っていた。この構図そのものが、七十年後まで残る問いの伏線になる。
カメラはゆっくりとズームアウトする。食堂の窓から外へ、砂漠の夜空へ、そして銀河系全体へと広がっていく。
銀河の算術——ドレイク方程式の誕生
宇宙は、想像を絶するほど広大だ。我々の住む天の川銀河だけでも、星の数は約2,000億から4,000億。そのうち、地球のような岩石惑星が周回し、液体の水が安定して存在しうる「ハビタブルゾーン」に位置する星は、控えめに見積もっても数十億から数百億あると推定される。ビッグバンから約138億年、銀河系が形成されてから100億年以上。地球が誕生して46億年、生命が生まれて約40億年。知的生命が技術文明を築くまでの道のりを、何度も繰り返せるほど長い時間が、すでに流れている。
かつて推測にすぎなかったこれらの数字は、いま観測に置き換わりつつある。2009年に打ち上げられたケプラー宇宙望遠鏡は、惑星が主星の手前を横切るときのわずかな減光を捉える手法で、四年間に数千個の惑星候補を検出した。後継のTESSがそれを引き継ぎ、確認済みの系外惑星は5,000個を超えた。方程式の左側にある二つの項——惑星を持つ恒星の割合と、生命可能な惑星の数——は、もはや当て推量ではない。恒星の大半が惑星を従えていることが、統計として確定してしまったのである。分母は膨らみ続け、パラドックスはむしろ深まった。
この直感を数式に落とし込んだのが、若き電波天文学者フランク・ドレイクだった。1960年春、彼はウェストバージニア州グリーンバンクの口径26メートル電波望遠鏡を、くじら座タウ星とエリダヌス座イプシロン星に向けた。中性水素が放つ1,420メガヘルツ——宇宙のどこの文明でも知っているはずの周波数帯を、二百時間にわたって聴き続けた。史上初の系統的な地球外知性探査、「オズマ計画」である。結果は沈黙だった。
翌1961年11月、グリーンバンクに十一人の科学者が集まった。議題を整理するため、ドレイクは黒板に一本の式を書いた。
N = R* × fp × ne × fl × fi × fc × L
銀河内で年あたりに生まれる恒星の数、そのうち惑星系を持つ割合、一つの惑星系あたりの生命可能な惑星数、そこに実際に生命が誕生する確率、それが知性へ進化する確率、通信可能な技術文明に至る確率、そして——最後に、その文明が信号を出し続ける平均寿命。掛け合わせれば、今この瞬間に交信可能な文明の数Nが出る。
会議の参加者には、二十七歳のカール・セーガン、イルカの音声を研究するジョン・リリー、そして会期中に化学賞受賞の報が届いたメルヴィン・カルヴィンがいた。リリーの研究にちなみ、彼らは自らを「イルカ団」と呼んだ。三日間の議論の末に出た数字は、Nが1,000から1億という、途方もない幅を持つものだった。
だが重要なのは幅ではない。最初の六項をどう積もうと、その積はおおむね1に近い値へ収束してしまい、結局Nの大きさを決めるのは最後のLだけになる。つまり N ≒ L。文明がどれだけ長く生き延びられるかという一点に、すべてが懸かっている。方程式は、宇宙人を数える道具というより、我々自身の余命を問う鏡だった。
大沈黙——電波は返ってこない
フェルミの計算は単純だ。光速の1%で進む宇宙船があれば、銀河の直径10万光年を横断するのに1,000万年。銀河が生きてきた100億年に対して、わずか1,000分の1である。銀河の一生を一年に圧縮すれば、九時間足らずの出来事にすぎない。
1980年、物理学者フランク・ティプラーはさらに苛烈な論法を持ち込んだ。自己複製する無人探査機——数学者ジョン・フォン・ノイマンが構想した機械——を一機だけ送り出せばいい。到達先の小惑星から資源を採り、自らのコピーを二機作り、それぞれが次の星へ向かう。n世代目の探査機数は、
N(n) = 2ⁿ
五十世代で1,125兆機。銀河の全恒星数をはるかに超える。恒星間航行を人間の乗る船で考える必要すらない。それでも、太陽系に他文明の機械は一つも見つかっていない。1975年、天文学者マイケル・ハートはこの事実から「彼らは存在しない」と結論した論文を発表し、パラドックスを正式に学術の議題へ押し上げた。
一方、聴く側の努力も続いた。1977年8月15日、オハイオ州立大学の電波望遠鏡「ビッグイヤー」が、いて座の方向から異様に強い狭帯域信号を七十二秒間受信する。プリントアウトを確認したジェリー・エーマンは、記号列「6EQUJ5」を赤ペンで囲み、余白に一言書き添えた——Wow!。以来四十年以上、同じ信号は二度と現れていない。1999年に始まったSETI@homeは、世界中の五百万台を超える家庭用パソコンを借りて空を解析した。確たる証拠は、依然としてゼロだ。
聴き漏らしの可能性も無視できない。電波の強度は距離の二乗に反比例して減衰する。テレビ放送のような日常的な漏洩電波であれば、数光年も進まないうちに宇宙背景のノイズに溶けてしまう。現在の望遠鏡が検出できるのは、こちらへ意図的に向けられた強力なビームか、恒星規模のエネルギーを扱う構造物の熱放射くらいだ。フリーマン・ダイソンが1960年に提案した、恒星を包み込んでエネルギーを回収する巨大構造——いわゆるダイソン球——を赤外線超過から探す試みも続けられているが、いまのところ候補は自然現象で説明がついている。
そして、我々自身が発している信号もまた頼りない。人類が本格的に電波を漏らし始めてから、まだ百年あまり。その電波が届いた領域は半径約100光年の球にすぎず、体積にすれば銀河円盤のおよそ190万分の1でしかない。銀河のスケールで見れば、まばたきにも満たない。相手の信号が我々に届く前に、彼らの文明はすでに消えているのかもしれない。これが「大沈黙」と呼ばれる現象である。
グレートフィルター——我々はもう通り抜けたのか
1998年、経済学者ロビン・ハンソンが、この謎に最も冷たい仮説を与えた。「グレートフィルター」である。論文の副題は、そのまま我々への問いになっている——「我々はもう、ほとんど通り抜けたのか?」。
無生物の物質から星間文明までの道のりを、彼は九つの段階に分けた。適した恒星系の形成、有機物の蓄積、自己複製する分子の出現、原核細胞、真核細胞、有性生殖、多細胞生物、道具を使う知性、そして星々への拡散。全体の確率は、
P = p₁ × p₂ × … × p₉
各段階の通過確率がかりに0.1ずつだとしても、積は10のマイナス9乗。どこか一段でも極端に小さければ、銀河が静まり返っていることの説明がつく。
過去にフィルターがあったと考える根拠はある。地球で真核細胞が生まれたのは約20億年前、ある細胞が別の細胞を飲み込み、消化せずに共生させた——ミトコンドリアの起源となったこの事件は、40億年の生命史でただ一度しか起きていない。2000年、古生物学者ピーター・ウォードと天文学者ドナルド・ブラウンリーは『レア・アース』を著し、木星の重力が彗星の盾となったこと、異常に大きな月が自転軸を安定させたこと、プレートテクトニクスが炭素を循環させ続けたこと——複雑生命に必要な偶然の重なりを列挙した。我々は、フィルターをすり抜けた幸運な例外なのかもしれない。
だが、もしフィルターが未来にあるなら? カメラは地球の都市を映す。ネオンが輝き、ミサイルの眠るサイロが静かに佇む。1983年9月26日、モスクワ郊外の早期警戒指令所で、当直将校スタニスラフ・ペトロフの前のパネルが「発射」を五度告げた。規定どおり上層部へ報告すれば、報復の連鎖が始まる。彼はシステムの誤作動だと判断し、報告しなかった。太陽光が高層雲に反射した誤検知だった。文明の灯が消えるかどうかは、その夜、一人の判断に懸かっていた。
フェルミ自身、水素爆弾の開発には一般諮問委員会で反対の立場を取っている。1954年、彼は胃がんのため五十三歳で世を去った。自らの問いが半世紀後まで答えを得られないことを、彼は知らないままだった。
暗黒の森、動物園、そして屋上の少年
沈黙の理由は、必ずしも不在ではない。
1973年、天体物理学者ジョン・A・ボールは「動物園仮説」を提唱した。高度な文明は我々をすでに知っており、干渉せず、観察し、保護している。我々が「発見」されるにふさわしい段階に達するまで、彼らは自らを隠している。銀河は無人なのではなく、立入禁止区域なのだ。
より冷ややかなのが「暗黒の森」だ。中国のSF作家・劉慈欣が2008年の『黒暗森林』で描いた宇宙像では、すべての文明は森を歩く狩人である。相手の善意を確かめる手段はなく、技術は指数関数的に爆発しうる。今は弱い相手も、百年後には脅威になる。ならば、居場所を知られた側が先に滅ぼされる。だから誰も声を上げない。沈黙こそが最適戦略となる。
この想像は現実の論争を生んだ。1974年11月16日、ドレイクとセーガンはアレシボ天文台から球状星団M13へ向けて、1,679ビットの信号を送信した。相手までの距離は約25,000光年、返事が来るとしても往復5万年後である。それでも二十一世紀に入り、こちらから積極的に発信する「アクティブSETI」に対しては、返答不能な相手に住所を教える行為だとする反対声明に、多くの科学者や技術者が署名した。
技術的な限界を挙げる論者もいる。1981年、セーガンとウィリアム・ニューマンは、ハートやティプラーの前提に反論した。文明は指数関数的に増殖する細菌ではなく、拡散はもっと遅く、断続的で、途中で止まりうる。銀河が静かなのは、彼らがまだ来ていないだけかもしれない。
カメラは再び銀河を俯瞰する。渦巻く星々のあいだに、仮説の光が点々と明滅する。しかし、どれも決定的ではない。生命は本当に稀なのか。知性は必然なのか。我々は宇宙で孤独なのか、それとも無数の隣人に囲まれながら、ただ気づいていないだけなのか。
クライマックスで、画面は現代の地球へ戻る。夜の屋上に立つ少年が、スマートフォンで星を撮る。遠くで、電波望遠鏡の巨大な皿がゆっくりと回転する。フェルミの問いかけは、七十年以上を経た今も、我々の頭上で響き続けている。
「みんなは、どこにいるんだ?」
星々は静かに輝くだけだ。その沈黙が、宇宙で最も雄弁な答えなのかもしれない。あるいは次の瞬間、何かが聞こえてくるのかもしれない。映画はここで終わる。エンドロールの代わりに、ただの夜空が流れる。観客は席を立ちながら、自分自身に問いかけるだろう。我々は、この巨大な舞台の唯一の登場人物なのか。それとも、まだプロローグに過ぎないのか。
フェルミパラドックスは、科学の問題であると同時に、人類の存在意義を問う哲学のドラマだ。広大な宇宙を背景に、小さな地球という舞台で繰り広げられる、終わりのないサスペンス。答えは、まだ誰も知らない。ただ、星を見上げるたびに、物語は続きを待っている。
いいなと思ったら応援しよう!
応援、どうぞよろしくお願いします。