高さでも深さでも、つながりでもないやりかたで――松本卓也『斜め論 空間の病理学』(筑摩書房、2025年)評
著者は、京都大学大学院で教壇に立つ医学者で、精神病理学(の思想史)を専門とする。本書のテーマは、20世紀末に生じ現在もそれが進行形であるような精神医学・精神医療の変革運動。具体的には、浦河べてる、当事者研究、オープンダイアローグ、依存症者の自助グループや居場所型デイケアなど、各地での多種多様な臨床実践だが、著者はそれらの背景に、あるパラダイムシフトの存在を見出す。そしてそれは「垂直から水平、そして斜めへ」とまとめられる。
「垂直」とは、患者のこころの不調を「高さ」や「深さ」との関係から把握し対処しようとするありようで、ヘーゲルやフロイト、ハイデガーなどに親和的な発想である。回復とは「高み」に昇ったり「深み」に潜ったりすることで得られるものであり、支援やケアはそれを導く営みである。当然ながらそこでは、医者と患者、支援する側とされる側の関係は上下の関係となり、そこにはパターナリズムが胚胎することとなる。
一方の「水平」とは、そうした「垂直」の発想の弊害が意識されたことから模索されるようになっていったオルタナティヴで、患者のこころの不調を人間同士の「横のつながり」との関係から理解し対処しようとする発想である。そこでは、同じ病を患う者同士、当事者同士のつながりが回復のカギを握るとされ、支援やケアはそれを促す営みとなる。しかしながら、そこには「出る杭は打たれる」といった「横並び」の弊害もしばしば観測される。
ではどうするか。「垂直方向」の困難に対処するべく導入された「水平方向」の思考、そこに生じる課題に対し、著者はフランスの制度論的精神療法由来の「斜め横断性」(ウリ&ガタリ)概念をもとに、「斜め」の思考を対置する。「斜め」とは、「水平方向」の関係性をベースに、そこにちょっとした「垂直」を再導入することだ。改めて見てみると、冒頭にあげたさまざまな臨床実践は、単なる「水平」ではなく、この「斜め」の特徴が共通して備わっていることに気づく。
僭越ながら、評者がかつて運営していたフリースペース(ぷらっとほーむ[以下「ぷらほ」と略記]、山形市、2003~19年)は「居場所&学びの場づくり」と位置づけられていたが、その場に意図的に備給されていた「学び」のモチーフは、明らかにこの「斜め」の関係性をそこに身を置く人びとのあいだに胚胎させていた。「ぷらほ」の動態性、それは「斜め」の関係性が生み出したダイナミズムである。
このように、「垂直から水平、そして斜めへ」というのは精神医学・精神医療の現場に限ったパラダイムシフトなのではない。本書がその淵源を「1968年」に見出し跡付けてもいるように、それは「ポスト近代」あるいは「後期近代」のひとつの現われなのであろう。居場所というものを考えるにあたっても、それがどんな機能や効用を果たしているかではなく、そこでどんなコミュニケーションがなされているかからアプローチしていく点がユニークである。(了)
