今夜も夫の鼻をつまむ
私の夫は、「玉ねぎ2個買ってきて」と言うと、20個入り一袋を買ってくるタイプの人間だ。
「なんで?」と聞くと「なにが?」と返ってくるので、買いものリストに個数をつけるのは随分と前にやめた。
私の夫は、衝撃の過去を前置きで済ますタイプの人間だ。
「そういえばベネズエラで撃たれかけた時の話なんだけどさぁ」といった具合に。「ベネズエラで撃たれかけた」を、スーパーで転びかけた、みたいなトーンに変換するのが私もうまくなった。
私の夫は、誕生日というものに特に興味がないタイプの人間だ。
去年の私の誕生日、「手紙だけ欲しいなあ」と可愛げにあらかじめ申し出てみたら、もう誕生日なんて頭から消え去っていたその翌週末くらいに、下手な字の並ぶ紙をドヤ顔でくれた。「先週だけど」と言ったら、そんなに経ってないよね?と返された。
でもそのかわり、私の夫は何の変哲もない日に、庭からバラの花を摘んで、こっそり私の仕事机に置いてゆく。
私の夫は、アメリカ人だ。休暇で私の住む国に訪れていた夫と偶然出会い、3日間だけ一緒に過ごしたその1年後、夫が再訪した折に私たちは結婚した。夫はとりあえず籍だけ入れてアメリカに帰るつもりだったらしく、ちゃっかり帰路の航空券を持っていた。無事に捨てる羽目になったのだけれど。
私の夫は、ソマリア人でもある。アメリカ人になったのは9歳くらいの頃で、それまでは東アフリカのソマリアという国で、ラクダや羊を追いかけまわして暮らしていた。ミニカーで遊ぶ息子を眺めながら、「俺が小さい頃は、ラクダの顎の骨をミニラクダに見立てて遊んでたなぁ〜」などと言っていた。
私の夫は、遊牧民の家系の長男として、砂漠のど真ん中で生まれた。新しい牧草地を追いかけ移動中だった一行は、出産中の義母を夜通し見張ってハイエナから守ったのだという。夫に出会うまで、身の回りに潜む危険がハイエナなんて世界線はライオンキング以外に知らなかった。
出生届とかどうしたの?と、つまらない質問を私はついしてしまうのだが、夫曰く、生まれて何年かして大きな町に立ち寄った際に届け出たらしい。「ね、砂漠で暮らしててどうやって日にちなんてわかるのと思うじゃん?干ばつの年だったのと月の満ち欠けから、1979年10月10日なんだって」と、今日職場で耳にした他愛ない世間話かのように教えてくれた。
夫は多分、絶対に10月10日生まれではない。どの星占いを読んでも、1ミリも当たっていないのだ。しかも、1979年生まれでもないと思う。「ソマリア、干ばつ」で何度検索しても、1979年は出てこない。でも夫がなぜ誕生日にあまり興味がないのかだけは、しっくりきている。
私の夫は、ミュージシャンだ。19歳の時、同じソマリア生まれのケイナーンという青年に出会い、2人は音楽を一緒に作り始めた。
そこにブルーノ・マーズもいて3人だった時期があると知ったのもある日の会話の前置きからだが、その当時に作った「ウェイヴィン・フラッグ」という曲が、南アフリカで開催されたサッカーワールドカップ2010のコカ・コーラ キャンペーンソングに選ばれた。世界中のCMで流れたその曲はたちまち大ヒットとなり、ワールドツアーが敢行された。
「今まで何ヵ国行ったことあるの?」と尋ねると、90くらいまでは把握していたけどその先はわからないなぁ、110ヵ国ぐらいかな?と夫は言った。私の自慢の46ヵ国なんて半分にも満たない惨敗なわけだが、そのうち夫が行ったことのない国の話になると、私は水を得た魚のように饒舌になる。それを夫はいつも、うんうんと興味深々に聞いてくれる。私なんか、ベネズエラで銃に撃たれたと言われても適当に流してしまうのに。
私の夫の生まれたソマリアという国は、今もなお内戦が続いている国だ。外務省が発表している危険情報では、常に真っ赤なレベル4の退避勧告が出されている。
88年に内戦が勃発する直前、義父と義母は長男である夫を養子に出した。夫は、見知らぬ伯母さんに手を引かれ飛行機に乗せられた日のことを、未だにはっきりと思い出せるのだという。携帯電話もまだ普及していなかった時代、アメリカに渡ってからの家族との連絡は多くなく、夫は、自分は見捨てられたのだと思っていた、と懐かしそうに教えてくれた。
家族と離別し、いつも養父が養母に手を出していたような家庭に引き取られた夫は、15歳の時に家を出た。
私は時々、15歳だった夫のことを想う。生まれ育った家族と1人だけ離れ離れになり、全く言葉のわからない国に連れてこられ、円満ではない新しい家族にも居場所を見つけられず、1人で生きていこうと決めた、その少年のことを。驚くほど何にも執着しない夫の横顔には、時々その、15歳の彼の面影が宿る。
「料理の仕方もひげの剃り方だって、誰も教えてくれなかったからさ」と、一時帰国中のビックカメラで、夫は珍しそうに電動ひげ剃り機を眺めて言った。ふざけて頭を剃るふりをする夫を、私は思わず抱きしめたくなる。でも抱きしめるかわりにニヤリと笑い、「だからいつも大量に料理作りすぎるのねえ」と、私はついからかってしまう。
私の夫がはじめて家族と再会したのは、22歳の時だ。インドに難民として逃れていた義母と5人の弟姉妹を訪ね、10年以上振りに会ったその日の写真を、夫はよく見せてくれる。今でこそ、夫は自分が養子に出された理由をよくわかっているし、それがなければ、アメリカに渡っていなければ、今日の自分はいなかったと両親にとても感謝している。
だからこそ夫は時折、いたたまれない顔で思い詰めている。あれからずっと、もう何十年も難民として生きている義母のことを思ってだ。戦禍を生き延び5人の子供を連れてインドへ避難し、ネパールに流れ着いた義母は、子供たち全員を何とか国外に送り出した後、今も1人でネパールに暮らしている。身分証もパスポートも持てない義母はどこにも行けず、夫は毎年2、3度、義母に会いにゆく。
一度だけ、私も一緒にネパールへ義母に会いに行ったことがある。言葉が全く通じない中2人きりにされ、お喋り好きな義母がソマリア語で私にひたすら話かける状況が2時間続いた暁には、帰ってきた夫を睨みつけたけれど。
出発の日、玄関先で泣き崩れる義母に背を向け、必死でこらえる夫の頬を伝う涙を見て、私もさめざめと泣いた。夫が泣いているところを見たのは、それが初めてだった。自らを犠牲にして人生を変えてくれた我が親を、ひとりぼっちに残していかなければならないその痛みを、私はきっと、一生わかってあげられない。
普通に暮らすこと、がどうしてこうも、世界のどこかではこんなにも難しいことなのだろう。自国に住めずどこにも属せない人たちの話を見聞きするたびに、私は未だに何をどう恨めばいいのか、わからない。
空港に向かうタクシーの中、私は窓の外を見つめる夫の手をそっと握った。こんな時、かけようと模索するどんな言葉も、紙切れのように成り下がる。私は小声で、こんなの不公平だと呟いた。ゆっくりと振り向いた夫はいつもの穏やかな顔で、どうしようもできないことだよ、と言った。
私の夫は、とても穏やかな人だ。喜怒哀楽の真ん中2つをほとんど表に出さない。そういう場面があまりないということではなく、怒りと哀しみの時はじっと耐えている感じだ。私はその真逆ですぐ泣いてすぐ憤慨する感情的なタイプなので、喧嘩を始めるのは誰かと問われるとそれは大体全部私である。
だって私の夫は、抜けているところがたくさんあるのだ。お願いしたこともすぐ忘れちゃうし、基本的になんでも大雑把だし、それに整理整頓のセンスがまるでない。
だけど私の夫は、何でもない日に花束をくれたりする。たまにケーキも買ってくる。食事に出かけると、1番美味しそうなところをいつも私と息子にくれる。私が元気のない日には、今日は寿司食べよっか!とか、本当はあんまり好きでもない食べ物を、俺が食べたいから行こうと連れ出してくれる。
私の夫は優しい。その優しさは、なんか物腰が柔らかいとかそういうことじゃなくて、確固たる強さに起因するそれだ。
私の夫は、強い。その強さは体格とか雰囲気とかの話ではなくて、痛みや苦しみを知っている人が持つ、あの特有のしなやかな信念みたいな強度のことだ。
そんな私の夫は、誰からも愛されるタイプの人間だ。夫の周りには、いつも人が集まる。それから夫の携帯は、世界中のどこかにいる友人たちから毎日のように電話やメールがきて、いつも着信や通知の音が鳴っていて忙しい。
私の夫は、先に寝ていればいいものを、私の仕事が終わらない夜には寝ずに待っているタイプの人間だ。2人とも寝不足になったら意味ないんだから先に寝ててよ、と言っても、夫は絶対にリビングルームで、私が仕事を終え寝室に行くまで待っている。半目で。
私の夫はそのくせ、布団に入ると2分で寝落ちるタイプの人間だ。それとは真逆でなかなか寝つけない私は、そんな夫のことがとても羨ましい。でも私にはひとつだけ、どうしても多目に見れないことがある。
それは夫のいびきだ。眠れぬ夜の暗闇の中、真横から鳴り響く重低音の唸りはさながら罰ゲームで、私は瞬息で夫の鼻をつまみあげる。鼻で効かない時には小さく蹴りを入れたりもする。その度にンゴっと夫はうめき、ゴメン…と小さく言ってまた、2秒で眠りに落ちる。
私は、夫のことが好きだ。そんな小っ恥ずかしいことをいちいち言いたくなるくらいに。未だにちょっと意味がわからないと思う瞬間はたくさんあるけれど。これからもきっと玉ねぎが悪くなったり貸したものが無くなったりして、その度に私は「なんで?」とか思うのだろうけれど。それでも一緒にいたいと思える他人が、毎晩となりで眠ってくれることが結婚だというのなら、結構悪くないなと思う、結婚生活5年目。
私の母は言う。あんたそんないい人なのに離婚されないようにしなさいよ、いびきくらいで蹴ったりして可哀想に!と。確かにそうだ。
それでも私は、今日も今日とて夫の鼻をつまむ。時々録音して、翌日聞かせたりもする。夫はその度にやめてくれえ〜とゲラゲラ笑いだし、つられて私も笑い転げる。
今年の誕生日も、待ちきれない。
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