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小説「僕が運命を嫌うわけ」①

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寺田正志は全神経を集中させ、スタスタと速足で歩いていた。



それはまるで、サバンナで肉食動物を常に意識しながら生きているシマウマかのように。傍目には冷静でいながら、視界に入るすべて──いや360度すべてを感じ取る。


正志はスパイでもなく公安警察でもなく、逆に追われている身でもない。ただの大学生だ。


横にいた嘉瀬智也は、そんな正志に呆れたまなざしを向けると

「大丈夫だって。前野明日香はいないよ」

と声をかけた。

「いや、お前の目は信用ならん」

正志は相変わらず気を張っていた。


(やれやれ、また始まった)

智也はわざとらしく肩をすくめると

(四六時中、気を張って大変なヤツめ。心療内科にいったら何かしら病名がつくだろう)

と呆れ半分、心配半分で、正志に気づかれないようにため息をついた。


智也は最近の正志の様子を思い返した。


*****


ここ1か月ほどの正志は様子がおかしかった。外を歩くときは、いつだって今日と同じように大袈裟なくらいピリピリと神経をとがらせていた。


それは大学の昼休み1時間も含まれていた。短い時間なのに、わざわざ自転車を飛ばして1キロも離れた場所に行くのだ。たとえタイムオーバーで昼食が取れなくなっても構わないという。


正志は変わり者なのかというと、99パーセントはごく普通の人間だった。


真面目で穏やかで、クラシックギターを愛する、いたって普通の大学生だ。


ただひとつ、
「前野明日香にだけは、“偶然”会ってはならない」

という謎の強迫観念を除いては。


正志にとって、単位を取ることよりも、彼女をつくることよりも、大好きなギターを練習することよりも、前野明日香を避けることが最重要任務だった。


大学の昼休みは、ほとんどの学生が学食か近所の定食屋、そうでなければ持参して教室かどこかで食べるか、家へ帰るかだ。同じ学部の前野明日香も御多分にもれず、授業終わりの友達同士の会話などから、正志は彼女が学食か自宅の二択であることを把握していた。


午前の授業終了と同時に教室を飛び出し、無駄に遠い目的地へと自転車を走らせるといった、正志の一連の奇妙な行動は、すべて「前野明日香に会わないため」だった。


しかし、大学近辺のランチタイムで鉢合わせるなんて、正志に限らず誰にでもあり得ることだろう。偶然会ったところで気まずいはずがない。それを頑なに避けるだなんて、いくらなんでも自意識過剰ではないだろうか?


智也は聞いた。

「どうしてそんなに彼女にこだわる?」

「“こだわる”って言い方、やめてくれる?」

不快感を示すため、正志は分かりやすく顔をしかめた。


正志の言い分はこうだった。


──昼休みすら避けるなんて、普通に考えればやりすぎなことくらい分かっている。しかし、自分にとって前野明日香に偶然会うなんてことは、当然のごとく許されるものではない。

偶然は1%だろうが99%だろうが、同じ“偶然”なのだ。それが積み重なれば、運命になってしまうではないか──


「ちょ、ストップ!  運命てなんだよ? よくわかんないけど、別にいいじゃん?」


正志にはおよそ似つかわしくない〈運命〉というセンチメンタルな響きに、突っ込みそうになるのをこらえる智也。すでに不機嫌な正志をこれ以上刺激するのは賢明ではないだろう。

智也は理解ある友人だった。

百歩譲って運命だったとして、だからといって忌み嫌うモノでもないだろう、と智也は思ったのだが

「運命なんてクソくらえだ」
正志は吐き捨てるようにいった。


*****

ここまで思い出したとき、正志が悲鳴に似た声で叫んだ。


「前野明日香だ!」

「どこ?」

「あれ!」


数10メートル先の角を曲がってくる小さな人影を指さす正志。智也が指の先を探すと人混みの中にかろうじて女性を確認した。よくよく見ると、確かにそれは前野明日香だった。


よくもこんな遠くから、しかも大勢の中から前野明日香なんぞ見つけられるものだ。

(やはり、コイツの前世はサバンナ在住のシマウマだ。絶対に)

智也は確信した。


「こっちだ!」


正志は180度方向転換して走り、少し先の角を曲がる。前野明日香に追いかけられているでもないのに全力疾走だった。


「待てよ!」

正志の急発進にあわてて後ろ姿を追いかける智也。


充分すぎるほど距離を取ったところで、ふたりは足を止めた。


「ええと、次に前野明日香に鉢合わせたら3回目だっけ?」

智也が聞いた。

なぜだか正志が前野明日香をフルネームで呼ぶものだから、智也も連られてフルネーム呼びが定着していた。

「そう、運命の3回目。そして人生終了の3回目」

「そんな、大げさな」

「大げさじゃねえ!」


全身に血が巡って血圧が高いのか、怒っているのか、どっちなんだかよくわからないテンションで正志は声を張り上げた。

「なんで運命の3回目がダメなんだっけ?」

「何回も説明しただろ。いい加減、覚えとけよ」


イラつきながらも正志は話しはじめた。
 

*****
 
 

前野明日香は中学の同級生だった。

特に仲が良いわけでもない、クラスが一緒になったこともない、顔と名前を知っているだけの関係だった。


公立中学校の同じ学区内で家が端と端くらい離れている明日香とは、学校以外で会うことはほぼ皆無。それが中学3年生のある日、近くのゲームセンターで偶然鉢合わせた。



いつもなら互いに友達同士でいそうなものが、その日に限って互いに一人だった。当時、正志はギターの音楽ゲームにハマっていたので、暇さえあればゲームセンターに通っていたのだ。

「前野さん?」
「寺田くん?」
意外な人物を目の前に、二人して驚いた。

「何してるの?」

「いまこのゲームにハマっててさ」


出会った場所が、例えば街中だったり大型施設だったら、明日香を見つけたところで気づかないフリをして逃げていただろう。


しかしゲームセンターは薄暗い空間にところ狭しとゲームやUFOキャッチャーが並び、高音気味の電子音が飛び交い、目に優しくない光がギラギラとしている異空間だ。そんな狭い通路には、はしゃいだ友人同士や恋人同士、マニアのお一人様がうろうろしている。


いわば非日常なわけで、音楽ゲームに熱中したおかげで気分が高揚していた正志は、自分でも考えられないくらい抵抗なく明日香と話していた。

「前野さんは、なにしに?」


「わたしはこれから友達と約束で、それまでの時間つぶしに」

といった、当たり障りのない会話をごく自然にした。


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