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小説・強制天職エージェント⑯

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「わたしと同じところに行ってたなんて、すごい偶然。水島さんもクライミングが趣味なんですか?」
と八重子。偶然と信じているようだ。水島は、胸をなでおろした。

「はい、そうなんです。最近、興味を持ちまして。あれ、東京五輪で正式種目になったじゃないですか。ニュースとかでよく見るうちに、やってみようかなという気になりまして」
つい早口になった。

「じゃあ今度、一緒にいかがですか?これも何かの縁ですから」

意外な展開になってしまった。いや待てよ。スポーツで汗を流せば、オープンな気持ちになって、本音も出やすくなるかもしれない。その方がこっちも都合がいい。
「そうですね、ぜひ行きましょう」
平常心を取り戻した水島は、元気にいった。

ジムでの八重子は、会社では見せない明るさがあった。こっちが本来の八重子なのだろうか。普段、真面目で難しい顔をしているだけに、その違いは明白だった。

「水島さん、すごい。最近、始めたばかりっていってたのに。私なんてすぐ抜かれちゃった」
などといいながらコロコロとよく笑った。

水島としては、会社の外で会うのは一回きりのつもりだったが、八重子も唯も楽しんでくれたようで、以降、よく誘われるようになった。汗を流した後は、一杯軽く飲みに行くのが決まりのコースになりつつあった。そこでは、興味深い話も聞けた。

「八重子が前の会社を辞めるっていった時もびっくりしたけど、秘書をやるっていったときは、もっとびっくりしたよ」
と唯。

「まあね。心機一転、ちょっとやってみようかな、ってね」

ナリワイヤのことは、契約で口外禁止を約束している。どちらにしろ、他人にルールをいったところで、止められるのは目に見えているし、そんな転職エージェントを利用しているとなると、頭がおかしいやつと思われるのが関の山だ。

「でも、よく考えたら八重子に合ってるかもね」
唯は感慨深そうにいった。

「昔から、初めてやるようなことでもすぐ器用にこなしちゃうし、手際も良かったもんね。そういえば高校の時、テニス部のマネージャーだったじゃん。選手たちの特徴をノートにメモしてアドバイスしたり、参考になる資料とか探してきてくれてたよね。必要な道具が欲しいと思って気づいたら、もう出してくれていたり。かゆいところに手が届くんだよねー。先生も、八重子は名マネージャーだ、っていってたわ。思い返せば、意外とそういうサポート役に関しても、昔から才能を発揮してたんだよね──」 

水島には初耳だった。

「そんなの忘れてたわ。でも、言われてみればそうね。テニスをするのも好きだったけど、裏方で皆を盛り上げていくのが楽しかったのよ」
八重子は過去を懐かしんだ。

ジムに行くのは3人の都合が合えば、ということだったが、2、3回もすると八重子もずいぶん打ち解けたらしい。八重子からの誘いで、水島と2人きりでも行くようになった。

仕事の話をするには、2人の方が探りやすい。ここは遠慮せずに行くのがいい。
「会社の女の子とは、最近どうなの?初めて面談をしたときは、何か気になることがあったようだけど」

「ああ、そのことですか。しょうもないことなんですけど、みんなが集まった時に多い社内ゴシップとか噂話とかいう話題がどうも苦手で……。あと、美容とかグルメの話も私は疎いから、ちょっとついていけないこともあったりして。話を合わせるのに勉強しなきゃ、って思うんですけど」

「そういうの、あるんだね。でも瀬戸さんは瀬戸さんだから、無理しなくてもいいんじゃない?」
いいアドバイスが思いつかず、当たり障りのないことをいってしまった、と水島は後に反省した。

「そうですね。そうします」

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ほかにも色々かいてます→「図書目録(小説一覧)」

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