情報関係者の視点から見た冷戦期の対ソ情報戦『ファイブ・アイズ』(2024)の紹介
第二次世界大戦を通じてイギリスとアメリカは情報分野で緊密に連携し、敵対するドイツ、イタリア、日本に関する秘密情報を共有しました。このような情報共有の枠組みは対外政策、軍事戦略の選択に寄与するところが大きかったので、1946年にはソ連の脅威に対抗するため、アメリカとイギリスとの間でUKUSA協定(United Kingdom – United States of America Agreement)が締結されています。
UKUSA協定は通信の傍受や暗号の解読などの情報活動で得られた信号情報、すなわちシギント(SIGINT)を共有するための秘密協定として出発しましたが、1948年にカナダ、オーストラリア、ニュージーランドも参加し、1955年の修正協定が締結されてからは、全周波数帯域にわたる政府、民間、商業通信を対象にした総合的な情報活動の枠組みに発展しました。これはシギントの共有だけでなく、スパイを運用するヒューミント(HUMINT)や人工衛星の画像を使用するイミント(IMINT)などの連携にも繋がっています。この情報共有を軸にした5か国の協力体制をファイブ・アイズ(Five Eyes)といいます。
50年にわたってイギリスとアメリカで情報勤務に従事したアンソニー・ウェルズの著作『ファイブ・アイズ』は、このファイブ・アイズの実情を内部の関係者の視点から述べている著作であり、政治史、軍事史、情報史に関心がある読者に興味深い証言を提供しています。著者が情報勤務に従事していたのは1968年から2018年までであり、その体験に基づいてファイブ・アイズを通じた情報共有の意義を説明しています。
アンソニー・R・ウェルズ著、並木均訳『ファイブ・アイズ: 五カ国諜報同盟50年史』作品社、2024年

ファイブ・アイズに参加したイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国は、冷戦時代にソ連の脅威に対応するため、情報協力で一致した行動をとっていました。著者は自身の経験に基づき、特に5か国の海軍の情報部の間で緊密な連携があったことを詳しく説明しています。
著者が情報活動に関わるようになった1960年代にソ連海軍は潜水艦の戦略的な意義を踏まえ、高性能な魚雷や対艦ミサイルで武装した原子力潜水艦の数を増やそうとしていました。情報活動では水上艦艇に比べて潜水艦の情報を入手することは困難であり、特に潜水艦の識別や追尾に必須の音響情報、つまりアシント(ACINT)の獲得には技術的な課題がいくつもありました。著者はその情報の複雑さを次のように説明しています。
「潜水艦の静粛化技術とは、潜水艦の艦級と個々の潜水艦の騒音レベルを含意する。騒音の低減、すなわち静粛化は、設計と建造に求められる最重要要件である。騒音を発する潜水艦は探知・追尾され、最悪の場合、静粛極まる敵潜水艦に破壊される。騒音の発生源は、機械類、推進器つまりプロペラを始め、潜水艦が水中を移動する際の多様な流動音であり、後者はまさに船体表面の性質など、潜水艦の船体設計や形状の直接的な結果として生ずるものである」
こうした情報要求に基づき、関係国は時間をかけて情報収集の態勢を強化してきました。1962年にアメリカとイギリスが締結したナッソー協定によって、アメリカは潜水艦弾道ミサイル技術をイギリスに提供し、イギリスはスコットランド西岸ホーリーロッホを潜水艦基地として長期リースしています(113頁)。こうした協力に基づき、英米両国はソ連潜水艦のアシントを獲得する活動で相互に支援するようになりました(64頁)。後にカナダとオーストラリアも潜水艦を整備してアシントの獲得に貢献するようになり、太平洋から北海に至るまで、ソ連海軍の潜水艦の位置を広域的に追尾する態勢が構築され、アシントが蓄積されていきました(同上)。
著者は1977年に英米共同でソ連との海上戦を想定した「1985年の戦争」と題する研究プロジェクトに参加しますが、結果としてファイブ・アイズ海軍の情報能力をもってすれば、ソ連の攻撃的な動きに対抗することは十分に可能だという評価に至っています(66頁)。ファイブ・アイズの情報優勢をもってすれば、ソ連海軍が外洋に勢力を伸ばそうとしても、対処することはできると見込まれていたのです。
ただ、著者はファイブ・アイズの内部で常に情報評価が一致していたわけではなかったとも述べています。例えば、1970年代のアメリカはソ連が将来的に獲得するであろう能力の水準を過小に評価する傾向がありました(77頁)。しかし、イギリスはソ連の研究開発組織、調達システム、そして公開情報を組み合わせ、ソ連潜水艦の静粛性が1980年代以降に著しく高まる可能性が高いと評価していたため、英米間では対ソ認識にギャップが生じていました。この問題は1980年にソ連海軍が静粛性を向上させたオスカー型原子力潜水艦を就役させたこと、さらに1981年には弾道ミサイルを搭載したタイフーン型原子力潜水艦を就役させたことによって解消しましたが、結果的にアメリカの対ソ認識に問題があったことが浮き彫りになりました(78頁)。
この原因について著者はアメリカ海軍で潜水艦乗組員だったジョン・アンソニー・ウォーカーがアメリカ海軍の内部の友人、知人を通じて情報網を築き、ソ連に秘密情報を提供していたことを指摘しています。この情報漏洩はファイブ・アイズの情報能力を相手に暴露させることになり、大きな痛手となりました。著者は「ウォーカー一味は貴重な情報を漏洩し、私が思うに、1970年代の米国の主要情報機関を慢心に陥らせた」と評価しています(123頁)。アメリカの情報組織の内部にある秘密主義や縦割りの問題も、情報評価の品質を低下させることに繋がっていたことも述べています(123-4頁)。
この著作は冷戦の情報活動に関する記述が主体となっていますが、冷戦が終結してからはファイブ・アイズの情報活動の重点が変化していったことも記されています。例えば2001年に始まったテロとの戦いでは、アルカイダやタリバンの活動を探る情報活動が行われました。情報通信技術の進歩に伴う情報活動の変化に関する記述も興味深いものです。しかし、日本の読者にとって特に有意義な箇所は、著者が中国の動向について語っている部分だと思います。
中国は2019年に『新時代における中国の国防(新时代的中国国防)』を公開し、台湾統一の正当性を訴えた上で、必要が生じれば、台湾のために戦うことを明記しました(264頁)。著者は中国が海洋戦略を追求しているにもかかわらず、これに対するアメリカをはじめとしたNATO加盟国の反応は「驚くほど弱い」と批判的に見ています(266頁)。こうした反応の弱さについて、著者は中国が自らが将来的に取ろうとしている行動を前もって明言しているというジェームズ・ファネルの警告が一般に軽視されているのではないかと述べています。
「ジェームズ・ファネルの証言の一部については、ほかの専門家から異議が唱えられた。特に、中国が2020年代のある時点で台湾に侵攻するおそれがあるという予測である。とはいえ、その点、すなわち中国の拡張主義的な政策と行動に関する彼の詳細な記述は、徹底して正確な情報に基づいたものだった。さらに彼は、中国が過去10年間に行ったことの多くが、彼らの公開文献に明記されているという注目すべき指摘をした。換言すれば、中国は自らの計画や予定を隠そうとしていないのである。彼らは、何をするつもりなのかを明言してきたのだ」
著者の見解によれば、中国にとって危険なのは各種資源に対する需要の高まりであり、「中国の人口は膨大であり、世界的な経済的地位に見合うだけの食料を供給し、維持する必要がある」と評価しています(270頁)。特に中国ではエネルギーの問題が深刻であり、2020年代後半に石油需要の急激な伸びに対応することは難しくなるかもしれないと著者は予想しています(同上)。
著者はこうした中国の状況をより深く理解するためには、ファイブ・アイズとして経済情報に重点を置き、より多くのリソースを配分すべきだと主張しています(271頁)。中国が遂行している戦略は軍事的手段の優位に依存したものではなく、経済的手段を重視していることを踏まえた提言です。ファイブ・アイズが今でもアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの安全保障の基盤となっていることが分かる内容です。
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