論文紹介 なぜ評判のために武力を行使する政治家が現れるのか?
戦争は敵国だけでなく、自国にも甚大な経済的、社会的な損害をもたらす究極の選択であり、戦略の研究では戦争を可能な限り避けることが望ましいと繰り返し論じられてきました。それにもかかわらず、戦争に訴える指導者が歴史上、これほど多く存在するのはなぜでしょうか。
この問いに対する研究者の答えはさまざまですが、一部の研究者は政策を決定する政治家が、評判(reputation)を気にするためであるという説を唱えています。戦争に訴える動機としては弱すぎると感じられるかもしれませんが、研究者は対外政策の決定において政治心理的にこれを無視することは想像以上に難しいのではないかと論じています。
著者はは各国の政治家が国際社会における評判を保とうとすることが戦争の原因となることを説明しています。ここでの評判とは、国家としての評判のことであり、それが保たれることは、特定の状況下で戦争に訴える覚悟であることを他国が認識していることを意味しています。
例えば、ある国が戦時において自国を防衛しようとするという評判を保つことができなくなれば、たとえ軍事的な能力を持っており、死活的な利益が他国に脅かされたとしても、潜在的な侵略を受ければすぐに降伏すると予測されるかもしれません。このような評判は将来の安全保障を損なう恐れがあるため、政策決定者はあえて強硬な態度をとり、武力を見せつけることで、他国からの評判を強化しようとすることには、理論の上で合理性があると考えられます。
以上の考察から、国際政治において評判には戦略的な機能があることが示されていますが、著者はこれが必ずしも客観的に測定することができる性質のものではなく、また他国との交渉において必ずしも有利に事を運べることを保証しないとも指摘しています。
例えば、冷戦時代のアメリカとソ連の対外政策に関する分析で、政策決定者が相手の行動を予測する際に、過去の行動に関する情報を使っていた証拠は得られていません。例えばソ連が危機の際に譲歩した後であったとしても、アメリカの政策決定者は改めて敵対的な状況で決断を迫られた際には、ソ連が強硬な手を打ってくるのではないかと予測していました。それにもかかわらず、政策決定者は自国の評判が低下することに対して敏感です。この信念を「評判のカルト」と呼んでいます。
冷戦の歴史を振り返ると、「評判のカルト」のために超大国が地域戦争に介入した事例をいくつか見つけることができます。アメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争に介入し、ソ連はアフガニスタンに侵攻しています。アメリカとソ連の首脳部は、それぞれ超大国としての評判を維持できなくなれば、抑止、同盟、引いては国防に悪影響が及ぶのではないかと懸念していました。ソ連がアフガニスタンに侵攻した後で泥沼の長期戦に陥ったにもかかわらず、なかなか撤退に踏み切ることができなかった理由は、アメリカが南ベトナムから撤退することに躊躇したことと本質的には同じものでした。
対立が長引き、戦線が広がるほど、国家は評判を損ねることを恐れるようになり、外交的手段で和平に向けた妥協に到達することが難しくなっていきます。また評判を損ねることを恐れるために、本当は軍事的に防衛する能力がないにもかかわらず、その地域を防衛する用意があるという誤った情報を他国に伝えようとするため、双方が相手の意図や能力を誤認する危険が生じ、外交交渉を効率的に進めることが難しくなるとも考えられます。
それでは、「評判のカルト」を防ぐ手立てはないのでしょうか。著者はこの点について悲観的な見方を示しています。そもそも、各国の首脳部を構成する権力者、指導者は、政治的な野心に従って政界に入った人々であり、国内政治の経験を通じて自らの評判を確立することの重要性を身をもって知ることになります。国内政治では階層的な政治構造が形成されており、対人的コミュニケーションにおいて自分の優位を確立するために評判を高めることが有効となります。
彼らが権力の階段を登り切って国際政治の舞台に躍り出ると、彼らは国内政治で有効だった信念を国際政治に当てはめようとすると考えられます。この点に関して明確な根拠を示せているわけではありませんが、過去にその人が積んだ政治的経験が対外政策の選択にも影響を及ぼすのではないかと推測しています。
検討の余地が残されているものの、この研究は評判が国際政治学においてどのような意義を持っているのかを示しており、対外政策の強硬化に及ぼす影響を理論的に考察したものとして意義があると思います。アメリカが超大国としての評判を保つために必ずしも死活的な利益がない地域で軍事的介入を行っていることは、武力行使の危険性を説く戦略理論で説明することは困難ですが、政治心理的には説明がつきます。
また、「評判のカルト」は政治家がどのような経験を積んできたのか、どのような手法で国内を統治してきたのかによって変化する可能性があるため、そのような要因も考慮に入れて対外政策を分析する必要があるのかもしれません。
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