国防予算の合理化を目指す防衛経済学の古典The Economics of Defense in the Nuclear Age(1960)の紹介
近代経済学の歴史は18世紀のイギリスの学者アダム・スミスの著作『国富論』(1776)にさかのぼることができますが、そこでは防衛の問題も議論されています。スミスは小さな政府を目指しつつも、国家を防衛するには戦時のたびに召集する民兵ではなく、平素から訓練を積む職業軍人を運用した方が効率的だと論じました。戦時財政と軍事制度は今でも防衛経済学の重要な課題であり続けています。
第一次世界大戦が勃発し、軍隊に必要な人員や物資を充足させるため、国民や産業を動員する制度が発達すると、経済学と軍事学の関係はますます緊密なものになっていきました。国防という究極的な目標のためとはいえ、投入できる土地、労働力、資本には限度があり、その効率的な運用のために経済学的な分析方法が必要となり、その方法は第二次世界大戦以降に国防政策の立案にも影響を及ぼすようになりました。
経済学者のチャールズ・ヒッチとローランド・マッキーンはアメリカで防衛経済学の発展に貢献した人物であり、共著『核時代の防衛経済学(The Economics of Defense in the Nuclear Age)』(1960)は国防予算の分析に経済分析を応用する方法を示した古典的業績です。原著のPDFファイルはランド研究所のウェブサイトからダウンロードすることができます。
Hitch, C. J., & McKean, R. N. (1960). The economics of defense in the nuclear age. RAND.
この著作はアメリカとソ連との間で戦争が勃発し、それが核兵器の使用に繋がることが懸念されていた冷戦時代に書かれたものです。そのため、著者らの関心もアメリカやソ連が核戦争を始めた場合にどのような経済効果が発生する恐れがあるのかを大雑把に検討するところから議論を始めています。
当時、アメリカで都市部に居住していた人口は6,500万人程度で、総人口に対する割合は40%でした。ソ連がアメリカの都市部に対して核兵器を使用する場合、広島に投下した原子爆弾が1発で25万人の都市を破壊し、都市人口の3分の1を死亡させたこと、その後さらに高い核出力が得られる核爆弾が開発されたことを考えると、都市の壊滅に必要な弾量は最低でも1発、余裕を見込むと2発から3発と見積ることができます。したがって、ソ連がアメリカを核兵器で攻撃する場合、若干の都市以外の攻撃目標に核兵器を使用することを想定したとしても、200発から300発でアメリカの工業生産を壊滅させることができるだろうと見積もっています。
このような深刻な被害をもたらす攻撃をソ連に思いとどまらせるため、戦略爆撃機、原子力潜水艦、大陸間弾道ミサイルなどの運搬手段によって同規模の核反撃を可能にし、抑止を成功させることが重要です。アメリカもソ連の都市部を壊滅させることができる能力を持っていることを悟らせれば、結果としてソ連に開戦を思いとどまらせることが期待できるでしょう。
ただし、国家安全保障の問題は核戦争だけではありません。朝鮮戦争のように、核兵器を使用せず、通常兵器だけを使用した局地的な限定戦争に対処することも考えなければなりませんが、それには別の軍事的手段が必要です。このような戦争の特性として指摘できるのは、即応性が求められるということであり、第二次世界大戦のように動員を開始してから完結するまでに時間がかかる軍事態勢では問題があります。事態が発生したなら、即座に部隊を機動展開できる軍事態勢がなければなりません。
このような軍事態勢を追求する場合でも、第二次世界大戦のような総動員の能力を完全に放棄することもできません。また、現代の軍隊は高度な科学技術を駆使した装備品を使用することで効率的な戦闘行動を追求することも目指さなければならないので、研究開発への投資も怠るべきではないでしょう。最後に、以上の軍事的要求はすべて経済上の要求が許す限りにおいて満たされなければなりません。冷戦においては経済力それ自体が戦略的手段であるとも著者らは考えていました。
以上のように、現代の国防をめぐる問題は極めて多元化、複雑化しているので、どのように考えれば国家資源の配分と運用を最適化できるのかを判断することは難しくなっています。著者らは、この問題がはっきりと表れているのが国防予算であると述べています。国防予算は他の政府予算と同じように、使命、権限、地位が異なるさまざまな公務員が複雑な取引を積み重ねることで編成されていきますが、このような方法は合理的な予算を編成する上で問題が生じてきます。
国防予算の理論上の上限は国民総生産から国民の生活に必要な消費分をすべて取り除いた生産量であるといえます。しかし、その国防予算を増加させたからといって、直ちに国防活動がそれに見合った成果を出すとは限りません。どのような装備品を調達するのか、どのような任務を遂行するために使われるのかによって、その効果が大きく異なってきます。
また、国防予算の上限は固定的なものではないことも計算を難しいものにします。つまり、経済が成長していけば、消費を削減せずとも国防に支出できる予算の上限は増加していくのです。短期的に国防予算を増額させれば、それだけ多くの戦力を整備できますが、それは民間部門から労働力や資本を奪うことに繋がり、経済成長を抑制するため、かえって長期的な観点で見た軍事力を縮小させることに繋がります。
著者らは防衛経済学が取り組むべき具体的な課題の一つとして、動員基盤を挙げています。第二次世界大戦を経験したアメリカは、冷戦が始まってからも同規模の産業動員を実施できるように取り組んできました。本土防衛局が中心となって戦略資源の生産や備蓄を促すために助成金や補助金を企業に支払い、ボーキサイトやゴムなどの供給を安定化させようとしたのですが、そのような動員基盤は1年から2年にわたる動員を通じて戦力化されるものであるため、開戦直後から戦力の展開と運用が必要な核戦争や限定戦争にはほとんど意味がありません。むしろ、民間防衛の強化に予算を配分すれば、核攻撃の被害から多くの人命を救うことに繋がり、復旧の費用を軽減することも期待されたでしょう。
動員基盤の予算は1950年代にアメリカで疑問視されていましたが、1959年時点でもこの予算は抜本的に見直されるまでには至りませんでした。著者らは、この政策の費用を正確に推定することが難しいとしながらも、おそらく1950年代を通じて年間10億ドルかかっていたと見積もっています。
このような予算それ自体が問題であることはもちろんですが、著者らはこのような予算がそのまま維持される予算制度にこそ本質的な欠陥があると論じています。これを改善するために考案されているのがプログラム別に予算を管理する仕組みです。
それまでの国防予算は陸軍、海軍、空軍おいう軍種別に作られた予算の寄せ集めであったので、どの予算をどれほど増やせば所望の効果が得られるのかが不明確でした。著者らは、全面戦争の抑止と遂行に必要な手段、限定戦争の抑止と遂行に必要な手段というように、任務・目的別に軍事的手段を区分し、それぞれに予算を配分することで費用と効果の比較を容易になります。
著者らがこのような提案を行う前から、アメリカの政府予算には機能別概括予算という区分があり、「国家安全保障」という目的のためにどれほどの予算が配分されているのかが計算されていましたが、著者らはこの最終的目的はあまりにも包括的であり、より細かな下位目的に区分した上で費用と便益を分析することを提案しています。
「計画規模の選択方式を改善しようとするなら、その第一歩となるのは可能な限り最終的な成果別の使命(end-product mission)に基づいて予算の数値を分類することであろう。このようにすれば、公務員は前述のような分類に基づいて各項目の数値を判断するより、それぞれの使命の国家的な意義について、より合理的な判断を行うことができる」
この考え方は平時だけでなく、戦時にも活用することができます。戦争が勃発した場合、支出の対象となる装備品などに着目するのではなく、何のための支出であるかに着目した方が費用の分析には適しています。長期戦では、こうした取り組みを着実に積み上げ、無駄な費用を削減していくことが軍事行政で重要となります。
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