なぜ新しく出現した民主主義国は戦争を始めるのか『戦うための選挙』の書評
一般に政治学では民主主義の国家は、そうでない国家よりも武力行使が難しいと考えられています。これは政権を維持する条件として、政治家が多数の有権者から支持を得なければならないためです。通常、一般の有権者は戦争で利益を得ることができないばかりか、戦闘行動で生じる人的、物的な損耗を負担する側であるため、政権与党に対する態度を悪化させる傾向があります。
つまり、民主主義の下では、政治家が選挙で支持率を気にしなければならないように、戦争で損耗率をいつも気にしなければなりません。このような状態で戦争を遂行するのは容易なことではないため、民主主義国は武力行使を控えようとするというのが政治学の定説になっており、これを民主的平和論(democratic peace theory)と呼称します。
しかし、戦争の歴史を調べると、民主的平和論で説明できないケースがあることが分かります。1789年のフランス革命はフランス革命戦争・ナポレオン戦争を引き起こしたように、革命や改革で民主化が実現した直後の国家は、武力紛争を開始する傾向があります。マンスフィールドとスナイダーという研究者らは共著『戦うための選挙:なぜ新たに出現した民主主義国は戦争に向かうのか(Electing to Fight: Why Emerging Democracies Go to War)』(2005)で、なぜこのようなことが起こるのかを説明しました。彼らは政治システムが民主化しても、政治システムそれ自体が不安定である場合は、むしろ戦争のリスクが急激に高まると説明しています。
Edward D. Mansfield and Jack Snyder. 2005. Electing to Fight: Why Emerging Democracies Go to War. MIT Press.

民主主義と戦争の関係を選挙過程から再検討すべき
著者らは最初に政治学で受け入れられている民主的平和論の内容を再検討し、そこでは有権者の投票行動と政党の議会行動が極めて単純な形でしかモデル化されていないことを指摘しています。
民主的平和論では、戦争によって多くの有権者は利益を得ることができないので、そのため選挙で争う政党や議員も、戦争を回避し、平和を維持するような政策を主張しがちだと考えられていました。しかし、どのような政策を有権者と政党が好むかは、選挙の状況によって千差万別であるはずです。
有権者の好みはその時々によって、あるいは地域によって異なるはずであり、政党もそれに応じて多種多様な戦略で支持基盤を拡大しようとします。このような選挙のメカニズムを無視して理論を作ると、民主主義と戦争の関係を過度に単純化してしまうと著者らは指摘しています。
1789年のフランス革命では封建的な身分制に基づく君主制が廃止され、選挙制度を導入して共和制に移行しました。しかし、その3年後にオーストリアが敵対行為をとったことを理由として宣戦を布告するに至り、フランス革命戦争(1792-1802)を起こしています。このようなフランスの軍事行動は民主的平和論でうまく説明することができません。
民主的平和論の限界は日本の歴史でも当てはまります。日本では1925年に衆議院議員選挙法を改正しました。それまでの日本では投票権が高額納税者に限定されていた制限選挙制が実施されていましたが、この法改正によって25歳以上の男性であれば投票権が認められる普通選挙制に移行したのです。それから6年後に日本軍は満州事変(1931)を引き起こし、1937年に中国大陸で支那事変に突入し、1941年に太平洋戦争が勃発しています(Mansfield and Snyder 2005: 6-7)。
著者らは、これらの歴史上の事例を説明するには、民主主義であるかどうかだけを見るのでなく、政治システムの安定性を考慮に入れた上で、選挙制度の下で政党がどのような戦略を採用するかを考慮しなければならないと考えました。「脆弱な制度しか持たない不完全な民主化を遂げた国は、そうでない国よりも戦争を始める可能性が高い」と著者らは論じています。
急激に民主化が進むと政治的な副反応が現れる
著者らは民主化が進行した国家の多くが、深刻な政情不安に陥っていることを指摘しています。これは選挙制度が導入されることで、多種多様な利害関係者が政界に入ることができるようになるためです。
民主主義の理論では、利害関係者の対立や紛争を協議や交渉で処理する役割を政党が担うはずですが、民主化の直後は政党に十分な調整能力が備わっていない場合も多く、混乱が避けがたいものになると考えられています。民主化の影響によって民主主義が存続できなくなるという逆説的な状況が起こり得るということです。
「脆弱な政府組織下で不完全に民主化を推し進める最大の問題は、大衆が政治に参加する要望が高まっているのに、その利害の対立を収拾するべき政治組織の能力が追い付かなくなることである。君主制の国家が崩壊した場合、この問題はしばしば深刻なものになる」(Ibid.: 59)
政権の安定性が失われると、それぞれの政党は安定した支持基盤を確立する観点からイデオロギーを選択するようになります。あるいは、安定した支持基盤を確立できるイデオロギーを選択した政党以外は政界から淘汰されると述べた方が正確かもしれません。この際に用いられるのが民族主義(nationalism)であり、これは階級の利害、あるいは地域の利害を超え、民族としての利益を実現しようとする動員力の高いイデオロギーです(Ibid.: 61-2)。
著者らは、このようなイデオロギーはエリートと大衆の利害対立を回避する上で非常に有効であるため、特にエリートが好んでそれを採用しようとすると述べています。国内の権力闘争では、エリートは自分の資産を課税から守るために、資産を持たない大衆に対して指導的地位を維持する必要があるので、国民の一体性を強調する民族主義によって、外国との利害対立に注意を向けようとすると説明されています。
「不完全な民主化が脆弱な制度の下で進められると、エリートは民族主義者を演じることに強く引き付けられるようになり、重要なニュース・メディアを支配している優位を活用する。例えば、ドイツのワイマール共和政においてクルップの取締役であり、また最も有力な民族主義政党の党首でもあったアルフレート・フーゲンベルク(Alfred Hugenberg)はドイツの中小都市にニュースと金融情報を提供する事業を手掛けていた」(Ibid.: 63)
統計分析が示す政情不安定な民主主義国の特異性
著者らは民主化が進んでいるかどうかを示す指標だけでなく、政治システムの安定性を評価したPolity2の指標を使って統計的な分析を行っています。詳細は第4章から第5章を確認して頂きたいのですが、そこで民主化を遂げたものの、政治システムが不安定な国が武力行使に向かう傾向は、そうでない国に比べて極めて高いという結果が出ました。
そこで興味深いのは、政治体制の類型と安定性の指標、そして1816年から1992年までの世界各国の戦争行為のパターンを調べると、政治システムの移行が起きていない国が戦争に突入する確率は、国内政治の安定性とは関係がなく0.02、つまり2%で一定だったと見積もることができます。民主主義から不完全な形で専制政治に移行する場合だと確率は7%をやや上回る程度に上昇します。これだけでも3倍強の増加率です。ところが、専制政治から民主主義に不完全な形で移行し、政治体制の安定性が低い場合では、戦争に突入する確率は16%から17%にまで上昇すると報告されています(Ibid.: 112)。
ただし、これらの結果はいずれも政治システムの安定性が極端に低い場合を想定しています。もし政治システムの安定性が回復すれば、不完全な民主主義国でも戦争に突入する確率は2%程度、つまり体制変動が起きていない場合の水準とほとんど変わらなくなります。基本的に政治システムが安定すればするほど、その国が戦争に参加する確率は下がることも確認できます。
著者らは分析で使う指標や類型にバイアスがかかっている可能性も考慮し、いくつか条件を変えて分析を行っていますが、それらの結果には一貫性があることを認めています。それによれば、国内の政治システムの安定性は対外政策の決定に重大な影響を及ぼしており、その影響が最も大きくなりやすいのは民主化の局面に入っている場合です。
まとめ
民主主義の理論では、有権者の利害や立場を政党が代表しており、政党が法案の審議や予算の編成に関与するという関係を想定しています。民主的平和論では、戦争が勃発した場合に一般の有権者が受け取れる便益は、支払う費用を滅多に上回ることがないので、政権与党は支持を維持できないはずだと想定してきました。
しかし、政治情勢が不安定な状態にある場合、政党の指導者は選挙で他党に打ち勝つため、動員力を最大化できる民族主義的な立場をとることが合理的なので、必ずしも有権者の利害や立場を正確に反映しようとはしません。著者らの説明が正しいなら、民族主義のイデオロギーが政党の動員力を拡大するだけでなく、国内の利害対立から大衆の目をそらし、エリートが自分の権益を守りやすくなるので、民主主義国の戦争行為に国内政治上の合理性が生まれると考えられます。
著者らが結論でも述べているように、この研究は民主的平和論の全部が間違っていると主張するものではありません。この研究で示されたモデルだけでは、選挙、投票行動、政党政治が対外政策に与える影響を完全に説明できるというわけでもありません。それでも、民主的平和論で見過ごされていた選挙が戦争に与える影響を分析したことは重要であり、特に民族主義的な政党の選挙戦略が対外政策に与える影響はより詳しく分析される必要があると思います。
関連記事
いいなと思ったら応援しよう!
調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。