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世界は日本をどう見ているかNo24

自尊史観を持って進むために~その8

ドイツ
ハインリッヒ・シュリーマン

「教育はヨーロッパの文明国以上に行き渡っている。
 シナも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知の中に放置されているのに対して、日本では男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる。」

 シュリーマンは、幕末期に来日したドイツの考古学者、実業家です。
 彼は日本とその前に訪れた清国を比較して「シュリーマン旅行記 清国・日本」を著していますが、冒頭の言葉はその一文です。

 そのシュリーマンをもっとも驚かせたのが、日本の識字率の高さだったのです。
 当時の日本の識字率は、武士はほぼ100パーセント、江戸などの都市部では70~80パーセント以上、全国平均でも60パーセント以上という極めて高いものでした。
 ちなみに産業革命時のイギリス都市部での識字率は20~25パーセント、フランスのパリで10パーセント程度であったことからすれば、日本の識字率がいかに驚異的なものであったのかよく分かります。
 旅先の旅館で、女中が郷里の両親と手紙でやり取りするのを知った外国人が驚愕してエピソードとして残しているほどですが、それは裏を返せば、当時の西欧では女中はほぼ文盲(無学で読み書きがてきないこと)だったということになります。

 では、なぜ日本ではそれほど高い識字率が維持されたのでしょうか。
 これには、武士の教育は藩校教育が、また庶民には寺小屋という高度な教育システムが確立されていたことが背景にあります。
 また、読み書きができるということは、知識を受けていれる下地が、またそれと合わせて行われた算盤では、資本主義経済を受け入れる基礎が既にできあがっていたということになります。

 しかし日本はそれまで鎖国政策を行っていたため、物の流入は規制していました。
 ただ書物や情報については長崎の出島等を介して常に最新のものが入ってきており、日本の知識人は、何が最先端であるかということについて常にアンテナを張り巡らしていたのです。
 ですから、開国してあっという間に経済的にも軍事的にも欧米と肩を比しうるほどに急成長できたのでしょう。
 まさに「教育は国を作る」です。

 そしてもうひとつ括目すべき点は、この識字率の高さが何も男子のみに限ったことではないということです。
 シュリーマンの言葉にあるように、当時のアジア諸国では、女性は「無知の中に放置されていた」のが実情でした。
 ところが、日本では寺小屋などでは男女の差別なく、その機会も均等に読み書きそろばんを習っていたのです。

 現在日本ではSDGsという言葉が幅を利かせて
   ジェンダー平等、教育の機会均等
も取り組み目標として掲げているそうですが、そんなことは日本でははるか昔の江戸時代から実践していたことになります。
 知識人のなかには、そのような歴史的事実を知らないのか(或いは無視して)
   江戸時代は峻烈な階級社会により
   庶民にとっては暗黒の時代だった
と述べる人もいます。
 これは自虐史観により、戦前の価値観や文化を全否定する立場から脱け出せない偏狭な歴史観だと言えるでしょう。

 現在の公文式学習法も、江戸時代の寺小屋での
   一人一人の能力に合わせた個別学習
   反復練習による基礎力養成
といった手法を基礎としており、今では
   KUMON
として世界中の子供たちの未来に貢献しています。

ハインリッヒ・シュリーマン
1822~1890

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