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「血の鎖」※有料記事

作品タイトル

「血の鎖」


作 中島 猛

《所要時間 = 約30分》
本記事は有料記事です。無料で読めるのは前半部分までとなっておりますので、ご了承くださいませ。


※この作品は2024年に上演された舞台「ブラック・ダリアの慟哭」より、オムニバス4篇の中の1篇です。

実際に上演されたものと異なる部分もあります。ご了承くださいませ。

story
過去の犯罪行為をキッカケに 16年間引きこもりを続けている長男・函南峯佐と、そんな息子を囲う様にひっそりと生活する両親。
その環境に嫌悪し、半ば絶縁状態で家を飛び出し一人東京で暮らしていた長女・かおるの前に、ある日峯佐が現れる。
あの家は例えば茨の城。
私を縛るもの、それは。

登場人物

函南峯佐(かんなみ・ほうすけ)……(39)

函南かおる(かんなみ・かおる)……(28)






① 暗転より

暗転の闇の中、姿なき函南峯佐の台詞が発せられる。

峯佐「確かに単純作業でした。ベルトコンベアの上を流れてくる部品と手持ちの部品を嵌め込む、ただそれだけ。口紅です。この動作の繰り返しを一日七時間、休憩時間を除いてひたすら続けるんです」

峯佐の台詞の間、下手側じんわりスポットが灯っていく。カウンター席で突っ伏して眠っている様子の函南かおるの姿が映し出される。

峯佐「周りには多くの作業員が居たけど、みんなおんなじ作業着を着て、帽子にマスク。ほとんど顔もわからない。おんなじ顔した人達が、おんなじ動作を延々と繰り返している。誰の声も聞こえない。単調な機械の音だけが鳴り続ける」

その台詞の間、徐々に上手側にも対比的にスポットがじんわりと差し込み、背を向けたまま空虚な様子で椅子に腰掛けている函南峯佐の後ろ姿。変わらず淡々と喋り続けている。

峯佐「一時間…ニ時間…三時間を過ぎた頃、空間が歪み始め、自分という存在がドロドロと溶けて、貌(かたち)を失っていくのを感じ始めたんです。周りの作業員たちもおんなじ様にドロドロと溶けていく様で。そこにはもう人間は一人も居なくて、感情も思考も無い、ただ動き続けるだけの風景でした」

不意にかおるの片方の腕がカクンと垂れる。
峯佐、後ろ姿のままゆっくりと立ち上がり、のっそりと客席側を体ごと振り返る。
M、イン。
その手に、血のついたナイフが握られていた。
だんだんと赤みを帯びた照明に変わっていく。
動かないかおる。
その間も淡々と喋り続けている峯佐。最早 呟く様に、聞き取れない程度に言葉が延々と続いていく。
ゆっくりと照明が落ちていく。静かに燃える峯佐の眼差し。完全暗転。
プロジェクター・タイトルクレジット──『血の鎖』

② BAR・店内

オープン準備中の店内。(※シーンの最中、常に秒針を刻む音が微かになり続けている) あちらこちらに荷物が置かれている。
SE・鍵を開ける音。チリンチリンというドアの開く音。閉まる音。
かおる、電話しながら店に入ってくる。幾つかの袋を抱える様にして、買い物を終えてきたという様子。そのいっぱいに抱えた手には店の鍵。

かおる「うん、今ね、着いたとこ。そうなんだけど、どうしてもカウンターと併せて見てみたくなっちゃって。ちょっと高かったから勇気要ったよ」

かおる、シックな紙袋から取り出した箱を開けて、包装された花瓶を取り出す。緩衝材を剥がしてカウンターの上に置く。

かおる「ほら、ピッタリ。……あ、ホラって電話で何言ってんだか。あ、ちょっと待って」

電話してたそのスマホを使って、カウンターの上の花瓶をカメラ機能で撮影する。

かおる「今送った。見て見て、思った以上にいい感じだから。──スノーホワイト。花は何が似合うかなぁ」

そのカウンターの景色に見とれているかおる。

かおる「オープン、もうすぐだね。なんか緊張する」

 SE・ガチャッという物音。

かおる「?」

 かおる、外の様子を気にしつつ、

かおる「あ、うん。わかってます、明日も早いし、ちょっとだけ整理してすぐ帰るよ。うん、じゃね」

電話を切る。
暫し、思いに耽る。ハッとして、荷物の片付けを始める。
不意に外で不審な物音。

かおる「?」

一瞬気に留めつつ、しかしまた作業を始める。
それでも、どうしても気がかりで、思わず手を止める。

かおる「……」

退場。SE・チリンチリンというドアを開ける音。。沈黙。そして、閉まる音。
戻ってくるかおる。

かおる「………」

突然、SE・チリンチリンというドアを開ける音、バタンという閉まる音。
ビクッと振り返るかおる、その方向を見て愕然とする。

かおる「ちょっと…嘘でしょ。どうして……」

ドアの外、沈黙。

かおる「何してんの……」

入ってきたのは、峯佐。
室内を見渡す。

峯佐「……おう」

かおる「入ってこないでよ」

カウンターの席にドカッと腰を下ろす。

かおる「帰りなさいよ」

峯佐「……」

かおる「昼間、母さんから突然電話きて何かと思ったら。何も言わずに姿を消したんだって?」

峯佐「……」

かおる「なんでこの場所 知ってるの?」

峯佐「……」

かおる「ねえ」

 峯佐、ポケットからウィスキーの小さなボトルを取り出し、クイッと飲む。

かおる「………」

かおる、スマホを出し、どこかへかける。

峯佐「おい(制しようと)」

かおる「触んないで──あ、もしもし母さん今ね──」

峯佐、力ずくでスマホを奪い取って電話を切る。

かおる「………」

峯佐「……」

かおる、手を差し出しスマホを返すよう促す。

峯佐「……」

かおる「……かけないよ」

峯佐、間あってスマホを渡す。

峯佐「……悪かった」

所在なげに立ち尽くす峯佐。

かおる「座れば」

峯佐、テーブル席に腰をおろす。
かおる、何事もないかのように袋から箱などを取り出して買ってきた食器を並べたりしまったり。

峯佐「おまえの店か」

かおる、嘲笑気味に笑う。

峯佐「ああ、なんだっけ。彼氏と二人で」

かおる「……そういうことウチで話すんだ」

峯佐「結婚するのか?」

かおる「(一瞥し)……」

峯佐「もっと小さなとこだと思ってたけど、案外広々としてるんだな」

かおる「もしかしてホームページ見たの?」

峯佐「ああ、もうすぐオープンだって」

かおる「……」

峯佐「この辺もあんまり安くないだろ」

かおる「(黙々と)」

峯佐「この時計の音、なんかうるさくないか?」

かおる「……結婚ねぇ」

峯佐「?」

かおる「なんでもない、ちょっと独り言」

峯佐「……」

かおる「あの人たちはなんて?」

峯佐「え?」

かおる「私のこと、なんか……いや、いいや、別に」

峯佐「……」

かおる「……」


峯佐「元気にやってるよ」

かおる「……」

峯佐「母さん言ってなかった? 俺、やっと仕事始めたんだ」

かおる「……」

峯佐「始められたんだ」

かおる「………」

峯佐「新京成で乗り換えた先のところにある工場でさ。始発で行って乗り換えて、送迎バスでまた十分くらい揺られて。なかなか遠いよ。でも運動にもなるしね。寝つきが良かった次の日の朝とか、バスに乗らずに歩いて向かうこともあるんだけど、この時期だと青空が気持ち良いんだよ」

かおる「………」

峯佐「今度こそ、大丈夫だよ」

かおる「……」

峯佐「今度こそ」

かおる「………」

峯佐「はは」

かおる「……そっちはどう?」

峯佐「……え?」

かおる「順調?」

峯佐「……」

かおる「そう訊くモンじゃないの? 妹にあったらまずさ」

峯佐「……」

かおる「そういうとこだよ」

峯佐「何だよそれ」

かおる「……」

峯佐「──お前、俺のこと嫌いだろ」

かおる「……嫌いじゃない。……ただ気持ち悪いだけ。感情に任せて相手に重傷を負わせたあなたも、それを庇い立てする母さんも父さんもみんな」

峯佐「……」

かおる「まさか今もナイフ持ち歩いてないでしょうね」

峯佐「持ってないよ。──だからウチを出たのか?」

かおる「あの家なんて呼ばれてるか知ってる? ……"茨の城"」

峯佐「どういう意味だよ」

かおる「さあね」

峯佐「俺はさ、生まれ変わったんだよ、いや変わろうとしてるんだよ。それを父さんも母さんも守ってくれた。家族ってそういうモンだろ」

かおる「(嘲り)家族。──それはさ、守ったんじゃないよ。変わるのが怖かったんだよ。変わりたくないから何もしなかった。ただそれだけ」

峯佐「……」

かおる「厳格なフリして、その実、保身のことしか考えない父親。そんな夫の言いなりになって自分の意思も言葉もなんにも持たない母親。示談に持ち込んでなけなしの貯金はたいたのも愛なんかじゃない。息子を刑務所に送ってご近所からの刺す様な目を向けられるのが嫌だったから」

峯佐「違う!」

かおる「何が違う? 守りたかったのはあなたじゃなく自分たちの体裁でしょ?」

峯佐「……刑務所に入っていようが入ってなかろうが噂が広まれば、結局二人を孤立させることになる。何であれ、俺は二人に感謝してるし、だからこそちゃんとしなきゃなって」

かおる「ちゃんとって?」

峯佐「俺は生まれ変わったんだよ」

かおる「そう」

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