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新作戯曲「ピリオドは浮遊する」

作品タイトル

「ピリオドは浮遊する」

(所要時間目安 約30分)

作 中島 猛

■登場人物

淡谷カンナ(あわや・かんな)……(35)

大幡京子(おおはた・きょうこ) ……(35)



① 一軒家・居間

暗転より。闇の中、歌を口ずさんでいる女(カンナ)の声が聞こえる。歌詞のないメロディだけの 力の抜けた か細い音色である。
ぼんやりと照明がつき、そこがありふれた一軒家の居間の風景だとわかる。
2019年。場所は神奈川 三浦市初声町の一角。ソファに座り、歌を口ずさんだまま、本の頁(ページ)を開きどこか虚ろなカンナの姿。読書をしているというより、ぼんやりと眺めているという様子。カンナは喪服に身を包んでいる。

京子、同じく喪服の様相で現れ、

京子「その歌 知ってる」

カンナ「え……?」

京子「今の。今口ずさんでたやつ」

カンナ「え……なんて歌?」

京子「知らない」

カンナ「今知ってるって」

京子「聴いたことあるって意味。でも、いつどこで聴いたかは」

カンナ「そう」

京子「お手洗いありがとね」

カンナ「うん」

京子「廊下の景色、懐かしい」

カンナ「小学生の頃はよく来てたもんね」

京子「急にごめんね」

カンナ「ううん、斎場からもすぐだし」

京子「またいつか改めて」

カンナ「え、ちょっとゆっくりしてったら?」

京子「え…でも」

カンナ「折角なんだし。あ…もし急ぎじゃなければ」

京子「ううん全然。いいの?」

カンナ「うん」

京子「じゃ、お言葉に甘えて」

カンナ「どうぞどうぞ。──こういうこと言うのも不謹慎かもしれないけど、滝田先生ってあんまり話したこと無くてね。なんて言うか、思い出とか情? …みたいのが、その…あんまり無いって言うか…」

京子「え、そうなんだ」

カンナ「京子は? 仲良かったりとか」

京子「んーどうかなぁ。話すことはまあそれなりにあった気が。でも、訃報聞いて"悲しい"とか"ショック"とか、そういうのは正直あんまり…」

カンナ「子供の頃だしね」

京子「でも来たんだね」

カンナ「ん?」

京子「今日。参列するなんて」

カンナ「うん」

京子「私さ、こういうこと言うの良くないかもなんだけど…」

カンナ「ん?」

京子「……誰かに会えるかなって思って」

カンナ「え?」

京子「誰かに。こういう機会でもないとさ、なかなか無いじゃん。あ…ほら、同窓会だってさ、無かったし。ずーっと昔に一度やったけど、それっきりでさ。あれもまだ十代の頃だったし」

カンナ、クスッと笑みを零し。

京子「……不謹慎だね。弔いの場で」

カンナ「でも……実は私もね。あったと思うよ、そういうとこ」

京子「え……」

カンナ「先生も大往生ではあったわけだし」

京子「(安堵の息をつく)」

カンナ「でも来なかったね、あんまり」

京子「子供の頃だしね。でもカンナは来た」

カンナ「京子もね」

京子「大学の時に一度ご飯行った時以来だよね」

カンナ「うん、そんな気がする」

京子「お互い東京に居るってなって。あれ……なんで再会したんだっけ」

カンナ「なんでだっけ」

京子「SNSとか?」

カンナ「やってないよ私、そういうの」

京子「そっか」

カンナ「偶然バッタリとか?」

京子「そんなことある?」

カンナ「もう忘れちゃった」

京子「だね」

カンナ「あ、コーヒー淹れるね。座ってて」

京子「いいよ、お構いなく…」

カンナ、そそくさと台所の方へ向かい退場。

カンナの声「ね、ヒロくんだっけ。今何才?」

京子「え? あ、2才に。先月、誕生日で」

カンナの声「そうなんだ。おめでとう」

京子「あ、うん」

カンナの声「ねえ、2才ってどうなの? わんぱく盛りって時期?」

京子「ああまあ。多少はね。ウチはまだマシな方らしいけど。他所様の話聞いてる感じじゃね。でもやっぱり振り回されてるよ」

京子、辺りを懐かしく見渡す。

カンナの声「二歳かぁ。愛おしくてしょうがないでしょう」

京子「んーでも四六時中一緒だと憎たらしく見える時もあるけどね」

カンナの声「そっか。なんか気楽に可愛いなんて言うのもあれだね」

京子「まあでも、夜 寝顔とか見てたら昼間あんなにイライラしてたのが嘘みたいに愛おしく感じることはあるしね」

京子、卓の上に置かれた本に気づき、遠慮がちに手に取る。その本の名は『二十歳の原点』。
その本をジロジロと訝しく見ている京子。

カンナの声「ね、今度遊びに行っていい?」

京子「あ、もちろん。来て来て。それか、もし出るの厳しそうだったら連れてくるし」

カンナの声「今日は大丈夫だったの?」

京子「うん、お母さんがパート休みだったからね」

カンナが盆にコーヒーの入ったカップを載せて戻ってくる。本を手にしたままの京子と目が合い、

京子「あ…ごめん」

カンナ「ううん。(コーヒーを差し出し)はい」

京子「ありがと」

腰を下ろすカンナ。

京子「……小説?」

カンナ「いや」

京子「タカノ…エツコ。知らないなぁ、有名な人?」

カンナ「1960年代かな、その辺の頃の、ノンフィクションというか、まぁ日記? みたいな」

京子「ふーん」

カンナ「ほら、学生運動とか、あの時代」

京子「へー。こういうの読むんだ」

カンナ「まさか。ここにあった物」

京子「ふーん」

カンナ「私、もともと高齢出産で産まれた子供で、だから所謂"団塊の世代"っていうのかな。こういうのいっぱいあって。家の本棚なんて住んでた当時はあんまりちゃんと見なかったから」

京子「へぇ」

京子、コーヒーを口にして。

京子「あ、美味しい」

カンナ「そうでしょ。知り合いからお土産で貰った豆なんだけど。なんか違うでしょ」

京子「うん」

カンナ「ね、京子って読書好きな人?」

京子「私? 昔はよく読んでたけど、今は…うーん。時々?」

カンナ「ふーん。小説とか?」

京子「いろいろ」

カンナ「へー」

京子「でも最近はダメ。本もテレビや映画もなんだけどさ。なんか…重い感じのとか、しんどくなっちゃって」

カンナ「わかる。自分の生活とかそういうのに必死だとさ、物語っていうものが飲み込めなくなっちゃった」

京子「昔はいろいろ好きだったし、いっぱい観てたんだけどなぁ。──あ、これ変って言われるかもなんだけど……私ね、好きな小説とかテレビのドラマとかさ、結末を知るのが怖くて見ないの」

カンナ「ええ?」

京子「終わっちゃうのが寂しくて哀しくて。なんかそれが受け容れられなくて。だから見たくないって」

カンナ「何それ」

京子「ね、可笑しいでしょ。だから今思えば、結末知らない話がいっぱいだなって。あんなに好きで観てたはずなのに」

カンナ「終わって欲しくないってのは確かにあるかも」

京子、パラパラと本の頁を捲る。

カンナ「あ……雨?」

京子「うそ、今日降るって言ってたっけ?」

カンナ、立ち上がって窓のある方へと退場。
ひと間。戻ってくる。

カンナ「まあ、ポツポツってところかな」

京子「そう」

カンナ「傘ある?」

京子「うん、折りたたみが」

カンナ「──昼間の雨ってさ」

京子「ん?」

カンナ「昼間の雨って、夜降るのと違ってなんか優しく包み込んでくれてる気がするんだよね」

京子「何それ」

京子、本をパラパラと捲っている。

カンナ「その方、若くに亡くなってるんだよね。列車に飛び込んで自ら」

京子「(背表紙を見て)うん」

カンナ「ある日突然って辛いよね。周りの方どんな気持ちだったんだろう。心の準備なんて出来てなかっただろうし」

京子「……うん」

カンナ「でもさ、だったらどんなお別れだといいんだろうって、時々考えるんだよね」

京子「え……?」

カンナ「今生の別れってやつ」

京子「……うーん」

カンナ「まぁ人間皆いつかは終わりが来るわけだし」

京子「まあね」

カンナ「結局、理想も何も無いよなって。そりゃ出来れば終わって欲しくない。ただそれだけ」

京子「でも、そういう意味では滝田先生って理想ではあったんじゃないのかな。ご家族も穏やかなご様子だったし」

カンナ「確かに」

京子「にしても。これって亡くなった後に発刊されたんだよね? 人知れず綴ってたこの日記」

カンナ「うん」

京子「ちょっと恥ずかしいね」

カンナ「確かに」

京子「残しとくもんじゃないね。まぁ、今は書く人あんまり居ないか」

カンナ「え? 日記、いいよ。私、書くよ」

京子「ええ!何の為に?」

カンナ「うーん。自分と向き合える? 書くことで吐き出せるし、それを読み返すことで《ああこういうこと考えてたんだ》って自分を俯瞰できる。オススメ。京子も一回書いてみたら」

京子「無理無理」

カンナ「大丈夫だよ」

京子「無理だよ私は。語彙力ないし」

カンナ「誰に見せるもんじゃないんだから」

京子「いやあ、でも書くなら見られる可能性も考えとかないと」

カンナ「まあそうだよねぇ。じゃ旦那の不満は厳禁だな」

京子「絶対本人の目に触れるからね」

カンナ「足臭いとか書いたかも」

京子「わ、ショック受けるよ」

カンナ「ヤニ臭いとか」

京子「匂いばっかだね」

カンナ「京子のことはいっぱい褒めとくよ」

京子「じゃ、気品あふれる麗しき京子様って書いといて」

カンナ「今日は気品あふれる麗しき京子様と再会しました」

京子「お久しぶり」

カンナ「お久しぶり」

笑い合うカンナと京子。

京子「なんか不思議」

カンナ「ん? 何が?」

京子「だってさ、大学生の時以来だよ? 十何年とか? ながーい年月が間にあるんだからさ、もっとぎこちない空気流れるもんじゃない?」

カンナ「え、そうなの?」

京子「うん」

カンナ「今からでも間に合うよ。ぎこちない感じ出そうよ」

京子「いやいやもう無理」

カンナ「私がズカズカ踏み込んじゃったからか」

京子「でも助かる。私、気ィ遣っちゃうから」

カンナ「疲れるよ、そういうの」

京子「女子って感じの付き合いってほんと苦手で」

カンナ「あー私も」

京子「あ、そうだ。ねえねえ話戻っていい?さっきの」

カンナ「ん?」

京子「さっきの。歌。思い出せないって」

カンナ「ああ」

京子「なんかヒントとか無いの?」

カンナ「ヒント?」

京子「いやさ、歌詞の一部とか、なんかキーワードがひとつでもあれば検索して出てくるかなって」

京子、そう言いながらスマホを取り出す。

カンナ「キーワード」

京子「うん」

カンナ「なんだろう。うーん……」

京子「うんうん」

カンナ「雨」

京子「雨?」

カンナ「が降ってた気がする」

京子「雨降る曲はいっぱいあるなぁ。他に何か無い?」

カンナ「うーん…」

京子「うんうん」

カンナ「風?」

京子「風もいっぱい吹いてるよ」

カンナ「あ……」

京子「なになに?」

カンナ「火?」

京子「火?」

カンナ「キャン…パス?」

京子「キャン…え?」

カンナ「キャンパス? が……燃えて」

京子「燃えてるって、火事ってこと?」

カンナ「うーん」

京子「キャンパス? キャンバスじゃなくて?」

カンナ「どうかなぁ」

京子「学校が火事になる歌って。私の記憶には無いなぁ。一応出てくるか見てみるけど」

カンナ「違うかもなぁ」

京子「昔の歌かなぁ」

カンナ「ここに戻ってから、ずっと頭の中で流れてて」

京子「じゃ、やっぱ最近のってわけじゃなさそうだね」

カンナ「うん」

京子「子供の頃に流行った歌かな」

カンナ「京子も知ってるんだしね」

京子「ね」

京子、スマホを弄って検索している。
カンナ、コーヒーの味と香りを噛み締める。
ホッと息をつく。

京子「(チラッと見て)幸せそう」

カンナ「私ね、コーヒー飲むようになったの、ここ数年なんだ」

京子「そうなの? 嫌いだったとか?」

ふと、隣室の方を見やるカンナ。

カンナ「あの人がね、好きじゃなくて。だからウチで出てくることも勿論なかったし、そもそも体に良くないとか美味しくないとか、そういうのを幼い時から刷り込まれちゃってたから、飲みたいとも思ったこと無くて」

京子「へぇ」

カンナ「こっち戻って、今の生活が始まって、そしたら、ある時ふと『あ、飲んでみよう』って思って」

京子「何それ」

カンナ「ね、なんだろ。まるで洗脳が解けたみたいに急に」

京子「──ね。今、そちらに?」

カンナ「……うん。そこに」

京子「ごめん、うるさかったよね」

カンナ「ん? 大丈夫だよ」

京子「ご挨拶って…」

カンナ「今、眠ってて」

京子「そう」

カンナ、隣室の方へと向かい、引き戸を静かに開ける音。
振り返って、京子に小さく手招きをする。
京子、立ち上がり、そろそろとそちらへ向かう。
厳かな様子でその場に正座をし、小さくコクンと頭を下げる。暫し見つめて、やがて立ち上がってまたソファに戻る。
引き戸の閉まる音。
カンナ、戻って来て、京子の対面上の席に腰を下ろす。

カンナ「変わっちゃったでしょ?」

京子「……」

カンナ「覚えてないか」

京子「あ、いや」

カンナ「記憶ももうほとんど。たぶん私のことすらもう」

京子「……」

カンナ「なんか、赤ちゃんみたいだなって。あ、ウチは子供いないんだけどね。でもなんか…。言葉もままならなくて。でも欲求だけは態度で表すの。お腹すいたとか。うんちしたいとか。声を必死にあげて求めるの。そのクシャクシャにした顔見ながら、なんかね」

京子「大丈夫?」

カンナ「え?」

京子「いや、大丈夫だなんて訊いちゃいけないよね。ごめん」

カンナ「ありがとう。大丈夫。(冗談っぽく)大丈夫じゃないけど」

京子「(つられて遠慮がちに笑う)」

カンナ「気楽なモンだよ、案外ね。会社いた時なんて百パーセント仕事脳だったから。旦那とだって会話も碌(ろく)に無かったし。その点、今は。ようやく二人で居ることの意味っていうか、旦那の顔見て『あーありがとう!』って素直に思えるようになったから」

京子「でも合意してくれて良かったね。東京近いとは言え、通勤も結構遠くなっちゃったんじゃ」

カンナ「片道約二時間。別居婚とか? もっと最悪のことも考えたけど」

京子「仕事辞めたってことは、収入は旦那さんだけってことだよね……」

カンナ「うんまぁ。……暫くは私の貯金もあるし。在宅でできることもきっとあるだろうから、いずれは……」

京子「よく決意したね」

カンナ「決意も何も。母子家庭だったし、もう私しか居ないから。──なんでも押し付ける人だった。なんでも否定する人だった。会うことも無いかもって思ってたけど」

京子「そっか……なんか」

カンナ「ううん」

京子「……でも不思議」

カンナ「ん?」

京子「いやさ、なんか全然一致しないっていうかさ。カンナのお母さん、私からしたら凄く優しいお母さんって印象なんだよね。いつもニコニコしてて『きょうちゃんゆっくりしてってね』って。いつもニコニコしてて。ホカホカしてて」

カンナ「(乾いた笑いが漏れ出て)そういうモンだよ、どこもさ。家族なんて」

京子「……」

カンナ「外にはいい顔したがるから」

京子「……」

カンナ「ずっと許せなくて。何がっていうか、いろんなものが。ある時、お互いに爆発しちゃって。キッカケは思い出せないくらいほんと些細なことだったと思うんだけど。もうその勢いで飛び出しちゃって。でも、勢いだけじゃないんだよ。やっぱり一緒にいるのは無理だったし、顔合わせる度に相容れないものっていうのがどうしてもあって。どうしても。家族なんだからって、旦那にもよく説得もされたけど」

京子「……」

カンナ「ごめんね、こんな話」

京子「ううん」

間あって。

京子「……飴」

カンナ「ん?」

京子「黒糖のね、たぶんのど飴かな。遊びに行く度にそれをよく貰って」

カンナ「あぁ」

京子「黒糖の味のものをさ、口にする度その時のことを思い出すんだよね」

カンナ、退場し、すぐに戻ってくる。手には小袋で包装された一掴み分程の数量の飴。

京子「あ、そうそうこれ」

カンナ「最近売ってるとこ少なくて。ようやく見つけたんだよね」

座って、京子に一個差し出す。

カンナ「良かったら」

京子「ありがとう」

二人、口に飴を放り込む。

カンナ「あ、起きたかな」

カンナ、飴を口に入れたまま立ち上がり、隣室の方へと向かう。
引き戸を開ける音。
戻ってきて、

カンナ「大丈夫」

戸を開けたままにした様子で、目線は隣室に残したまま。

京子「(味わって)懐かしい」

カンナ「ね、いろいろ思い出す」

京子「(隣室の方を見ながら)…穏やかな顔」

カンナ「うん」

京子「ほんと、赤ちゃんみたい」

カンナ「こんなだった?」

京子「うん」

カンナ「そう」

京子「もう覚えてないんだ」

カンナ「そうだね」

京子「何もかも」

カンナ「そうだね」

京子「なんか……なんか、だね」

カンナ「……そうだね」

京子「黒糖の味だね」

カンナ「そうだね」

間。

カンナ「……なんかさ。なんていうかさ。……このまま何となく、曖昧なまま終わっていっちゃうっていうのがさ」

京子「うん」

カンナ「まるで何も無かったみたいにさ。……いろんなことあったっていうのに。なのに……」

京子「うん」

カンナ「何だったんだろう、ほんと」

京子「うん」

カンナ「せめて……」

間。

カンナ「時々思うんだ。子供が居たら、また今とは違ってたのかなって。でも私がそれを望んでなくて。旦那の方は、内心欲しがってたみたいだけど。それで、何度も何度も話し合って」

京子「解決した?」

カンナ「一応ね」

京子「そう」

カンナ「母親の立場になれば、いろいろ変わるものもあったのかもしれないけど。でも(首を振って)……私は子供は産まない」

京子「───」

カンナ「……」

京子「……なんか」

カンナ「ん?」

京子「いや……なんか自分がすっごくちっぽけだなって」

カンナ「え? なんで?」

京子「なんていうか、ぬくぬくしてる気がして」

カンナ「何それ」

京子「強いよ、ずっと。私なんかよりも。カンナは小さい頃からずっと。強くて、優しくて、正しくて……。なんか私は……」

不意に涙ぐむ京子。込み上げてくるものを抑えようと──、

カンナ「え、なんで? なんでそうなるの? そんなわけないじゃん。やめようよ、そういうの。どっちが上とか下とかじゃないんだよ」

「でも……」

カンナ「ヒロくんだってきっと元気に育ってるんでしょ。あなたがここまで育て上げてきた証でしょ。簡単なことなんかじゃない。どっちがどうなんて話じゃない。あなたに無いものが私にはある様に、私に無いものが あなたにはある。ただそれだけ」

京子「私には何も……」

カンナ「私は強くもなければ、優しくもない、正しくもない。ただ必死なだけ。あの頃も、今も」

京子「………」

カンナ「京子ってさ、もしかしてニュースとかも観てていちいち心痛めるタイプ? そうやって何でもかんでも背負おうとしちゃうとさ、そのうち疲れちゃうよ」

京子「……」

カンナ「他人の人生なんてさ、所詮視界の端を掠めるだけの通過点なんだよ。誰だって自分の人生に精一杯。それでいいんだよ、それで。目の前の人と懸命に生きていけば」

京子、ただ泣いている。

カンナ「ヒロくんの寝顔見て幸せな気持ちになるでしょ? それでいいんだよ、ただそれだけで」

京子「でも、でも………」

カンナ「もう! なんて顔してんの。ほら、お化粧直してきな」

崩れかけた京子を支え上げて、半ば強引に化粧室へと導く。共に退場。
すぐにカンナのみ戻ってくる。
ふと、静寂。

カンナ「………」

本を手に取り、パラパラと捲る。
やがて母の眠るその傍らに腰を下ろし、ぼんやりと見つめている。

カンナ「………」

深く息をつくカンナ。
沈黙。
虚ろで無念なその眼差し。

カンナ「……」

鼻歌で歌を口ずさむ。思い出せないあの歌を。
暫くして、その歌に被さる様にもうひとつの歌声が聴こえる。

照明変化。
京子、ハミングしながら私服姿で現れる。
ポツンとしたカンナの姿を遠く懐かしむ様に目を細めて俯瞰している。
歌いやめる京子。カンナの掠れた声だけが聞こえ続ける。

京子「──とりなす様に笑ってみせた彼女の姿を、今も時々思い出すんです」

場面変化しており、時は2024年。京子、徐ろにソファに腰を下ろす。当時のままのカンナがまだそこに居る。

京子「もう5年も前の話です。コロナ禍に入ったのもあって、それから暫く会うことも無く、久々に近況を聞きたくなって連絡しようと思ったら、LINEのアカウントが消えてしまってて。理由はわかりません。帰省した時にあの家に立ち寄ってみたけど、そこはもう更地になっていました。
もともとSNSさえやらない人だったから、その時点で彼女との縁が完全に途切れてしまったんです。何とも呆気なく……。
同窓会、実現ならずで残念でしたね。もう連絡先わかる人が居ませんから」

ハッとして机の引き出しからCDを取り出し、

京子「あ、これ。 見つけたんですよ。彼女が思い出そうとしてた歌。──森田童子。《みんな夢でありました》。
雨。風。(微かに笑みをこぼし)……火。キャンパスの炎。……あの家に行く度、口ずさんでいたのを聴いていたんだと思います。彼女のお母さんが、きっと」

京子、微かにメロディが乗るようにその歌詞の一節を口にする。

京子「(歌詞)"キャンパス通りが炎と燃えた
あれは雨の金曜日
みんな夢でありました
みんな夢でありました
目を閉じれば
悲しい君の笑い顔が
見えます"」

記憶の中のカンナ、虚ろな眼差しで再び口ずさむ。自ずとメロディの乗った京子の歌声と重なり、まるで二人で共に歌っているかの様に聴こえる。

京子「(歌詞)"河岸の向こうにぼくたちがいる
風の中にぼくたちがいる
みんな夢でありました
みんな夢でありました
もう一度やりなおすなら
どんな生き方があるだろうか"」

沈黙。
記憶の中のカンナ、本の頁をそっと閉じる。

京子「……私は、私の人生を」

M、イン。
暗転。カンナ,京子、退場。

明転。
京子の日常の風景がまた始まる。
洗濯物がたんまりと入った籠を持って現れる。
腰を下ろす京子、その中に入った衣服を取り出し、丁寧に畳んでいく。目の前の生活に勤しんでいる。
ふと、手を止め、机の椅子に腰掛け、引き出しからノートを取り出す。新品のその外包を破り、開く。
シャープペンを手に取り、暫し考えを巡らせる。
そして書き始める。初めての日記を。
そこに綴られた文面を、モノローグとして口にする京子。

京子「コンビニに行って光熱費の支払いをした。あぁまた電気代が上がった。来月の食費に頭を悩ませる。子供が学校に行きたくないと言い出した。旦那の仕事が最近上手くいってないらしい。かく言う私も職場の人間関係がストレスとなっている。昔よく行ってたお弁当屋さんが無くなっていた。可愛い服を着ても以前ほどテンションが上がらなくなった。ああまた日が暮れていく。
生きていくことは消費していくことだって、時々考えることがある。少しずつ何かが削られていく様だ。いいこともあるけど、いいことばかりじゃない、本当に。色んな波があって上がったり下がったり、その繰り返し。
読みかけだった本の頁を開いてみる。当然ながらその物語にはまだ続きがあった。
ふと思い出す。あの人は……彼女は元気にしてるだろうか」

場面変化。照明の色味が変化し、更に月日が経過していく。
また洗濯物を畳み始める。その動作をしながら京子のモノローグは更に続く。

京子「好きなドラマの最終回だけ観なかった。終わっていくのを見るのが怖くて、寂しくて。結末を知らないようにしていた。目を逸らしてしまったんだ、きっと。
出逢ってきた多くの人達の、そのほとんどはきっと"何となく"終わっていくのかもしれない。疎遠になっていったり、環境が変わってしまったり、連絡先が変わってしまったり、忙しくなってしまったり。何となく会わなくなって、何となく話題から消えていって、何となく忘れていって。
この沢山いる知り合いの中で、最期にきちんとサヨナラ出来る人なんて、きっとほんの一握りなんだろう。彼女と彼女のお母さんがそうであったように、そして彼女自身と私もそうであるように。何となく、なんとなく、ナントナク……。
悪いことじゃなければそれでいい。悪いことじゃなければ。元気でさえいてくれれば。
例えば、何でも受け止めようとする私に、心配かけまいと。自分の人生だけをしっかり生きなさいって、そういうことなのか。いやまさかね」

京子、傍らの洗濯物のシャツをふと手に取って、尊く見つめる。

京子「でも、もしそうだとしたら私は……だとしたら私は、目の前のことを……目の前の人と……ただ、懸命に───」

強くも優しくも正しくもない、京子のただ凛としたその眼差し。
暗転。


〈了〉



※曲のイメージ
ラストシーンの執筆時の曲イメージは下記。
タテタカコ「あした、僕は」

※歌詞引用
森田童子「みんな夢でありました」
(1980年発売アルバム「ラスト・ワルツ」収録)

※参考資料
高野悦子 著「二十歳の原点」

上記各敬称略。

シナリオ「ブラック・ダリアの慟哭」ネット販売開始。
※本記事「ピリオドは浮遊する」は新作につき含まれていません。

キネマ・ノワールSHOPページ
https://cinemanoir.base.shop/

公演フライヤー(表面)
公演フライヤー(裏面)

キネマ・ノワール
プロジェクト公演
「ブラック・ダリアの慟哭」

作・演出
中島 猛

振付 中島 猛
ソロ振付 森澤碧音

私たちは
どれだけの嘘をつき、
どれだけの秘密を抱え、
どれだけの人を傷つけ、
どれだけのものを失ってきたのだろう。

テロ,震災,疫病…
歴史の闇に立ち聳えたあらゆる困難を前に、
ささやかな命を前に、
それでも「演じる」ことができるのか?
それでも「物語」を書く意味が、あるのだろうか。

【四篇のオムニバス短篇奇譚集】
Ⅰ.「オルトロスは眠る」
Ⅱ.「血の鎖」
Ⅲ.「名もなき者への讃歌」
Ⅳ.「クリスマスローズの殺人」


2024年9月13日(金)〜9月15日(日)

会場
performing gallery&Cafe
絵空箱

CAST
春口ゆめ
佐々木健
中島 猛(キネマ・ノワール)
村田詩織
宇都宮功一
彩咲(演劇集団AN)
岡部光祐(青空ペイン)
林 愛実
浦濱里奈
齋藤みなみ
珠愛万織花

GEST
森澤碧音

STAFF
舞台監督 上野 智
音響 松本 蓮(合同会社KaTia)
照明 飯村勇太
プロジェクター 中沢徳人(ポポポ)
スチール撮影 BOSS
フライヤーデザイン 中島 猛,横尾宏美
映像編集 中島 猛
小道具・美術 オノユウコ
衣装(黒蝶) 久保友美
制作 横尾宏美

協力 MUSIC BAR 道,加藤企画,演劇集団AN,青空ペイン

企画・製作 キネマ・ノワール

《SNS各種》

キネマ・ノワール
X(Twitter)  @cinema_noir
Instagram  @cinema_noir014

中島 猛
X(Twitter),Instagram
@takeshi014

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