ハロウィンが君に化かされる【短編小説】
僕は鏡の前で姿を確認した。
頭には目と口が描かれているオレンジのカボチャを被って、首からは赤いマントをなびかせている。服とズボンは黒いもので揃えた。
これが僕の本当の姿、名前は『ハロウィン』だ。これでみんなにイタズラしまくってやる!
僕はリビングに放り投げたランドセルを避けながら、玄関へと走った。
今年のターゲットは3丁目の公園だ。と言っても、毎年ここでイタズラをしているのだが。
さてさて、僕の獲物になる可哀想な子供はどこかな? 毎年ここでイタズラをしているせいか、みんな怖がってこの公園に寄り付かなくなってしまった。これも僕のイタズラがとてつもなく恐ろしい証拠だ。
僕がキョロキョロと辺りを見渡していると、一人で遊んでいる女の子を見つけた。丁度良い。僕はさっそく、女の子に声をかけた。
「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃイタズラするぞぉ?」
女の子はきょとんとしていた。いや、真顔のまま動いていないだけか? 女の子は凄く淡々とした声で言った。
「君は誰?」
期待していた反応とは違い、少しガッカリしてしまう。もっと怖がってくれると思っていたのに。
それでも、僕はふふんと笑いながら答えた。
「我の名は『ハロウィン』! ハロウィンにのみ現れるハロウィン様だ!」
「っていう設定?」
鋭すぎるツッコミに、ついガクッとズッコケてしまう。
「ち、違う! 我はハロウィン様なのだ! とにかく、トリックオアトリート! お菓子くれなきゃイタズラするぞ!?」
むきになっているのを頑張って隠しながら、僕はそう言った。
「分かった。お菓子がほしいんだね。じゃあこれあげる。甘いよ」
女の子は僕にオレンジ色のグミを渡してきた。
随分と素直だな。こんなカボチャ頭を見たら、まず怖がらないか? 今までだと、この姿を見るだけで逃げていく子もいたのに。
まぁ良い。これでお菓子がもらえるんだったら目的は達成している。ハロウィンは元々お菓子をもらうための行事なのだから。
「うむ、苦しゅうない。じゃあいただきまーす!」
お菓子を口に入れた瞬間、強烈な酸味に襲われた。
「すっぱぁ!」
なんとか噛んで飲み込んだが、まだ酸っぱさが口に残っている。ムッとしながら女の子を見たが、女の子はニコリともしていなかった。僕は女の子に怒鳴ってしまう。
「何が甘いだ! とんでもないお菓子を渡しやがって!」
「引っかかったね」
なんか、ずっと真顔だなこの子。笑いをこらえているのか?
それも相まって、更に怒りが湧いてきた。
「このハロウィン様にイタズラしただと! 子供のクセに!」
「君も子供じゃん。私と同い年なんじゃない?」
「違う! 僕……じゃなくて、我はハロウィン様だ! 子供なんかじゃないからな」
僕がそう言っても、女の子は笑わなかった。それが何とも不服で、僕はモヤモヤし始めた。
女の子は平然としながら、カバンから3つのお菓子を取り出した。
「じゃあ次は一緒に選ぼう。この3つの中に、1つだけ甘いお菓子がある。他2つは激辛だよ。甘いやつを食べた方が勝ちね」
「望むところだ」
3分の1を当てるなんて、僕にとっては造作もないことである。だって33%を当てたら良いんだから、簡単だ。
僕は真ん中を選び、女の子は右のお菓子を選んだ。
結果は……激辛だった。口の中がヒリヒリしてとても痛い。僕がヒーヒー言っていると、女の子がペットボトルのお茶を渡してくれた。僕がそれを飲み干すと、ありがとうと言ってから文句を突き出した。
「辛いよぉ! たっくもう、これ実は全部辛いお菓子だったんでしょ!」
僕がそう反発すると、女の子は涼しい顔で「甘いよ」と答えた。
女の子は甘いお菓子を引き当てたらしい。僕はなんとか女の子の顔を崩したくて、わざと怒った。
「何かイカサマしただろ! そんなズルして勝ったって、何もカッコよくないからなっ!」
僕は「ふーんだ!」と言ってやった。だが、女の子は首をかしげただけだった。
「私はそんな事してないよ。じゃあ次は君がシャッフルする?」
僕はムカついた。確かにこの提案は平等なものだけど、僕が言いたいのはその事ではない。
「もう、さっきから君は無表情すぎるよ! イタズラしたんだったらもっと笑いなよ」
女の子の顔が変わらなかったので、僕は続けていった。
「イタズラが成功したら笑うだろ! ケラケラ笑って相手をからかう所までがセットでしょ! そうでなきゃ、やられた側も怒り切れないよ!」
「そういうものなの?」
素早く返されてひるんだが、ハロウィン様として言い返してやった。
「そうだ! イタズラされた側はビックリして、やった側は笑うんだ。そしてやられた側は怒って笑うの!」
「怒って笑うの? 嫌な事されたのに?」
その言葉に、僕は刺されたような感覚を覚えた。
嫌な事。
前は僕にも、沢山の友達がいた。でも、僕がイタズラをするようになってから、みんな段々離れていった。最初はみんなも楽しんでくれていたのに、何故かどんどん楽しんでくれなくなっていた。
みんな嫌だったのかな。でも、最初はみんなも笑っていたから、間違っていないはずだったんだ。
僕がそう考えていると、女の子は僕に構わず喋り続ける。
「周りのみんなもそんな感じで楽しそうにしているんだけど、意味が分からなかったんだよね。ビックリさせられて、なんで笑ってるんだろうって。私も今イタズラしてみたけど、何が楽しいのか分からなかった」
「分からなかったの? 僕がこんなにもビックリしてたのに?」
「僕?」
「あっ、いや……この我がハロウィン様がビックリしていたのに、君は楽しくなかったのか?」
「そのハロウィン様ってのはよく分からないけど、君がどれだけ驚いても楽しくなかったかな」
僕は唇を噛みしめていた。それでも、僕は言い返したかった。
「だけど、イタズラは楽しいんだ! お互いが笑いあってたら、どんなイタズラでも、楽しいし……」
僕の声が尻すぼみになっていく。
「何かを間違えなかったら、みんな楽しいはずなんだ……」
僕は目をギュッとつむった。……ハロウィン様が泣くなんて、カッコ悪すぎてダメだからだ。
「イタズラは、みんなが笑える楽しいものなのに」
僕は黙った。次になんて言えば良いのか分からなかったから。女の子も黙っていた。
そうしているうちに、公園の時計のベルが鳴った。
女の子が、時計の方を見たのが分かった。
「それじゃあ、また明日教えて?」
「えっ、明日?」
「うん、明日。私、もう門限過ぎちゃうから」
そう言って、女の子は公園にある時計を見上げた。僕も見ると、時計は4時30分を示していた。門限にしては早すぎないか? 僕だったらあと30分は遊べるのに。
「また明日、この公園に来てよ。次は君がイタズラする番ね。その時に、『笑い方』を教えてよ」
笑い方。女の子は、イタズラ好きの僕に寄り添ってくれるの?
僕はそんな弱気な考えを、すぐに捨てた。そんなの、ハロウィン様らしくない。
「い、いやいや。そう言って逃げる気だな? お望みなら今すぐイタズラしてやるよ!」
僕はズボンのポケットに手をつっこんで、イタズラの準備をする。このために、とっておきのイタズラを用意していたんだ。
「ダメだよ? だって、私はもう君にお菓子をあげたから」
僕は「へっ?」と言ってしまったが、すぐに意味が分かった。
僕はさっき『トリックオアトリート』と言った。そして女の子から一応お菓子をもらったのだから、もう『トリート』は終わっているのだ。だから、ここでイタズラをしてしまってはルールに反してしまう。
ハロウィン様であるからには、このルールには従わなければいけない。
はめられてしまった。僕はもうイタズラが出来ない。こんなにもイタズラされてたのに、やり返したくて仕方ないのに、イタズラ出来ないなんて!
僕が「むぅ~!」と言っていると、女の子は言った。
「でも、明日なら関係ないでしょ? もうハロウィンじゃないんだし」
「だけど、僕は君に会えないんだ。だって、僕はハロウィン様だから、ハロウィンの日にしか会えない」
「っていう設定?」
「やめろよ! そういう事言うの!」
その時、女の子の口角がちょっとだけ上がった。
「じゃあハロウィン様じゃくていいから、君が来て? 私は君と遊びたいから」
そう言って女の子は、帰って行ってしまった。一度も振り返らないまま、スタスタと歩いていく。
僕にはもう、興味が無いように。
11月が始まったから、僕は放課後に3丁目の公園に行った。恰好は、普通のTシャツに普通のジーパンだ。
また1人でいる女の子に、僕は背後から登場する。
「バァア! ガラガラヘビだぞ!」
ズボンのポケットから、勢いよくヘビのおもちゃを飛び出させる。ヘビの速さも角度も完璧だ。ちゃんと女の子に当たるか当たらないかの絶妙な距離になっている。
だが、女の子はノーリアクションだった。
僕はいたたまれなくなって、また怒ってしまう。
「……スルーするなぁ!」
「親父ギャグ?」
「違う!」
僕の渾身のイタズラが不発に終わったので、いじけてほっぺを膨らませた。
「上手くいったと思ったのに!」
「ドンマイ。多分、別の子だったら驚いてたよ」
「当たり前だ!」
「じゃあ次は私の番ね」
イタズラに私の番とか無いのだが……だけど僕は、ちょっぴり楽しみだった。
「この3つのプチシュークリームのうち、1つはワサビがたっぷり入ってるよ」
「3分の2を引いたら良いんだろ? 余裕だって!」
僕は真ん中のシュークリームを選らんだ。女の子は右側のシュークリームだ。
シュークリームを食べた途端……ツーンとした辛さが飛び込んできた。今回も容赦が無い。
「これっ、ワサビ入れすぎでしょ!」
気付けば手に水が入ったペットボトルが握られていたので、それを夢中で飲み干した。僕が「ありがとう」と言って女の子に渡すと、女の子と目が合った。
「……外れだね」
女の子は、ニヤッと笑った。
意地悪な笑顔だけど、初めて見た笑顔だった。
僕は負けずにニィッと笑う。
「くっそー! お前相変わらず運良いな!」
「相変わらず? 君とは初めて会ったはずだけど」
僕はハッとして、すぐに言い返した。
「うるさい! 気のせいだ!」
あーあ。
本当に、君には敵わないや。
(了)
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