稟議が通らない、を終わらせる
■ 第1章 予算は「企画」ではなく、決裁者の"不安"に付く
最初に、多くの人が勘違いしていることを一つ、壊させてください。
予算は、良い企画に付くのではありません。
決裁者の「不」が消えたときに付きます。
私たちは、つい「企画の魅力を上げれば通る」と考えます。
だからスライドを増やし、市場規模を大きく見せ、情熱的にプレゼンする。ところが、決裁者の頭の中で動いているのは「この企画はどれだけ魅力的か」ではありません。
「これにOKを出して、自分は大丈夫か」です。
つまり、あなたが売り込むべき相手は「企画」ではなく、決裁者が抱えている"不安"なのです。
私は、人が「うん」と言えない理由は、突き詰めると4つしかないと考えています。
「4つの不」です。

① 不信――「そもそも、この話(と、この人)を信じていいのか?」
提案の中身以前に、語り手や前提が信用されていない状態。
ここが埋まっていないと、どんな正論も跳ね返される。
② 不要――「うちが、今これをやる意味はあるのか?」
面白い。でも「自社がやる必然性」が見えない。
他社でもいい、と思われた瞬間に終わる。
③ 不安――「これ、失敗したらどうなる? 誰が責任を取る?」
決裁者が本当に恐れているのはコストではなく、自分の立場のリスク。
ここが新規事業で最も重い"不"です。
④ 不急――「わかった。で、それ今じゃなきゃダメ?」
一番静かに、一番多く企画を殺すのがこれ。
「筋はいいね、来期また持ってきて」
――この一言で、企画は事実上、死にます。
良い企画が潰れるとき、この4つのどれか(たいてい複数)が消えていません。
逆に「なぜこれが?」という企画が通るのは、内容はさておき4つの不が全部消えているからです。
だから、新規事業の社内突破は、プレゼン力の勝負ではありません。
「4つの不」を、正しい順番で、正しい相手に対して消していくゲームです。
順番、と書いたのには理由があります。
この4つは同時には消せません。
消す順番を間違えると、いくら正論を積んでも通らない
――私が何度も外して学んだことです。
◆ 不信は、顧客の生の声で消す
4つの不のうち、私が最初に消しにいくのは、いつも「不信」です。
ここが残ったまま企画の魅力や数字を積んでも、
決裁者の頭の中では「……本当かなあ」というノイズが鳴り続けていて、何も入っていきません。
土台が濡れているのに、その上に家を建てようとするようなものです。
では、不信はどう消すのか。
私の答えは一つです。
あなたが語るのをやめて、顧客に語らせること。
あなたがどれだけ熱弁しても、「それは提案者のポジショントークだろう」という疑いは消えません。
市場規模のグラフを出せば「その数字、盛ってない?」と思われる。
あなたが主語である限り、不信は消えないのです。
だから私は、社内の会議に顧客自身の生の声を持ち込みます。
インタビューの録画でもいい。
「これがあったら、今すぐ金を払う」と言った顧客の言葉そのままでもいい。
可能なら、顧客本人に会議へ出てもらう。決裁者は、提案者のあなたのことは疑えても、目の前の顧客の"生の困りごとや期待"は疑えません。
一つ、忘れられない場面があります。
私がソニーの技術部門にいた頃、社内はデジタルカメラの画素数の勝負一色でした。
より高精細に、よりきれいに。エンジニアの正義はそこにあった。
でも、街では別のことが起きていました。
女子高生たちが、あの粗い画質のプリクラを、手帳にびっしり貼って持ち歩いていたのです。
画質なんて、彼女たちの価値のうちに入っていなかった。
大事なのは「誰と、どんな瞬間を、一緒に残したか」だった。
これを会議室で言葉で説明しても、たぶん誰も動かなかったと思います。
「画質を捨てるだと?」と、不信で終わっていたはずです。
だから私は、その女子高生たちを、最もセキュリティの厳しい我々のフロアに招待しました。
そして、200人いた技術者に、彼女たちのプリクラ手帳を実際に回し見させたのです。
空気が変わりました。
粗い、けれど宝物のように扱われている一冊が、技術者の手から手へ渡っていく。
スペックの正しさの外側に、こんなに切実な価値があるのか――と。
私が100枚のスライドで説いても届かなかったものが、当事者が持ち込んだ一冊の手帳で、静かに崩れていきました。
この感覚は、のちにキュレーションズを設立してからソニーを支援する立場になっても変わりませんでした。
役員に新規事業を通したいとき、私は資料を厚くする前に、顧客になるであろう当事者が動いている現場に役員を連れ出したり、その人たちを本社に招いたりしました。
決裁者は、提案者の私は疑えても、目の前で困っている・熱中している当事者は、疑えないのです。
不信は、データではなく、現場の生の声と、生の姿で消える。
私はこれを、キャリアの初期にプリクラ手帳から教わりました。
そして――消す順番には、意味があります。
不信 → 不要 → 不安 → 不急。
不信がまだ残っているのに「なぜうち(不要)」から攻めると、決裁者は「面白いけど、そもそもその市場、本当にあるの?」に引っかかったまま、こちらの戦略論をどれだけ重ねても頷きません。
土台を飛ばして二階から攻める――典型的な失敗です。
次章から、この順番に沿って、一つずつ「消し方の型」に入っていきます。
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ここまでで、「予算は企画でなく"4つの不"に付く」という土台をお話ししました。ここから先は、その4つをどの順番で・誰に対して・どんな言葉で消すのか――具体的な型に入ります。
第2章:決裁者マップ――誰を、どの順番で口説くか
第3章:企画を殺す一言/生かす一言
第4章:通る稟議・提案資料の"型"
第5章:盛らずに通す、数字と撤退基準の見せ方
第6章:通した後の地獄――2度の危機から逆算する
終章+付録:最初の1件を通す30日アクション/各種チェックリスト
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