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モネ 睡蓮のとき〜京都市京セラ美術館

こんにちは。高月香里です。


3月7日から開催されています、モネ展に行ってきました。

写真撮影可能な作品がありましたので撮りましたよ。撮りながら感じたのですが、本物よりも写真のほうが色鮮やかなものになるようです。

睡蓮
1914-1917年頃 油彩/カンヴァス
マルモッタン・モネ美術館、パリ
睡蓮、柳の反映
1916-1919年頃 油彩/カンヴァス
マルモッタン・モネ美術館、バリ

二股に分かれた枝垂れ柳の幹がかたちづくるゆるやかな
S字形の反映像は、オランジュリーの大装飾画のうち
<木々の反映>の中心的モティーフをなします。モネはこのモティーフにこと大きな関心を寄せていたと見え、複数の
※描と6点の習作、そして2016年に再発見された国立
西洋美術館所蔵の装飾パネル(no.15) の中に描き込んでいます。縦横2メートルにおよぶ本作はその6点の習作のうちでも最も巨大なもので、荒々しいマティエールをとどめた
正方形の画面の中央に、青の明暗の調子で表された樹影の茫たる形象が浮かび上がります。垂直の鋭いタッチで表された木漏れ日のきらめきは、白内障による失明の恐怖の只中にあった画家の光への渇望を伝えるかのようです。
睡蓮、柳の反映
1916-1919年 油彩/カンヴァス
北九州市立美術館
クロード・モネ
睡蓮、柳の反映
1916-1919年頃 油彩/カンヴァス
マルモッタン・モネ美術館、パリ
睡蓮
1914-1917年頃油彩/カンヴァス
マルモッタン・モネ美術館、パリ
クロード・モネ
睡蓮
1916 1919年頃 油彩/カンヴァス
マルモッタン・モネ美術館、パリ
睡蓮
1916-1919年頃 油彩/カンヴァス
マルモッタン・モネ美術節、パリ

水面に映し出される雲の反映像は、モネの風景画において初期から頻繁に描かれてきましたが、<睡蓮)に限っていえば、1909年以前の作例にはほとんど登場しません。
しかし、1914年以降の大装飾画の制作において、このモティーフは、池の周囲に植えられた枝垂れ柳とその反映像とともに、きわめて重要な位置を占めるようになります。
そうすることで、おそらくモネは、水面の上で天地が一体となったかのような効果を強めようとしたのでしょう。本作でも、動勢に富んだ自由なストロークによって木と水と空が混然一体と描かれ、一つの小宇宙をかたちづくっています。
睡蓮の池
1917-1919年頃油彩/カンヴァス
マルモッタン・モネ美術館、パリ

1917年から1919年にかけ、モネは約20点の横長の画面に、いずれもほぼ同じ構図の睡蓮の池を描きました。本作もその一つであり、第二次世界大戦中に画面右側が大きく損傷を受けたために切断されています。オリジナルの状態では、縦1.3x横2メートルの画面の両端に、ポプラと枝華れ
柳の樹影がさながら舞台の幕をかたちづくるように配されていました。これらの作品は大装飾画の制作過程にあって、例外的に、当初から売却を前提として手掛けられたと考えられます。


平日に訪れましたが結構なひとが来られてました。

撮れていなかった説明文があり、ゴールデンウィーク後にでも再訪しようと思っています。絵画をもう一度見ておきたいですので。

青という色は精神を落ち着かせますね。

モネは晩年視覚障害に悩み、赤を基調とした絵画もありました。モネの苦悩が現れているように感じました。

6月8日までですので、ご興味あるかたはぜひ。


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