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女子のバストには甘いホイップクリームが詰まっていると思っていた

 表題の通りである。

 なんなら女子にはムダ毛なんて生えないと思っていたし、さらには女子の身体から漂うほのかなフルーティフローラルの香りは天然の体臭だと思っていたし、果ては女子の――。

 際限がなさそうなので、ここいらで自主規制。

 しわの少ない脳みそが「女子」と「エロ」と申し訳程度の「ロックンロール」でミリ単位の隙間もなく埋め尽くされていた十六歳当時、同世代の異性とまるで接点がない現状に僕はひどく焦りを感じていた。

 高校生にもなればカノジョの一人や二人、黙ってたってできるもんだ、それが自然の摂理ってもんだ、なんてうそぶいていたのは中学サッカー部時代の先輩、マッキーさん (尻フェチ) だったろうか。二学年上の彼は卒業後もことあるごとに練習に顔を出し、数ヶ月おきに変わるカノジョとのツーショット画像を僕ら後輩に見せつけては、上記のセリフをミキプルーンを口にした若き日の中井貴一みたいな微笑でもって宣った。

 正直なところ僕は、マッキーさん (右曲がり) がうらやましかった。そして何よりマッキーさん (実話ナックルズ愛読者) の言葉をどこぞの教祖の教えがごとく妄信していた。輝ける極彩色のハイスクールライフに夜な夜な想いを馳せ続けた。

 しかし、それがどうだろう。

 十六歳のタカトウ少年 (奇才) ときたらカノジョどころか女友達すらできず、ただひたすら悶々悶々、二十四時間ノンストップでくすぶり倒していた。高校入学と共に両親に買い与えられたボーダフォン社製ケータイのアドレス帳に名を連ねる異性はわずか二人。いずれも中学時代の同級生であり、ただの友人である。

 高校一年、男子クラス、デオドラント臭漂う教室の隅。

 四方八方どこに視線を放っても男! 漢! オトコ!

 いにしえより、我が国における純然たる中高生男子の初カノジョはクラスメイト、あるいは部活の後輩と相場が決まっているはずだ。

 ……ダメじゃん!(CV:ウエストランド井口)

 高校生にもなればカノジョの一人や二人、黙ってたってできるもんだ、それが自然の摂理ってもんだ。そんな、いつかのマッキーさん (白ブリーフ) の言葉がふと脳裏を過る。

 果たして、本当にそうなのだろうか。

 直後、年季の入った机の下、こりん星人こと小倉某の巻頭グラビアをめくる指がぴたりと止まる。担任教師天野の耳障りな声がはたと鼓膜からシャットアウトされる。

 自問自答はこのあと、数時間にもおよんだ。

○○○

 七月。高校一年の夏休みが刻々と近づいている。梅雨明けの街がきらきらと輝き出す。

 相も変わらず純潔を保ち続けている文化系十六歳。しかしこのとき、僕は計三名もの女子と、いわゆるメル友として交友を深めていた。

 マッキーさんあらため牧原 (チャリンコ泥棒) の件のセリフは今や頭の片隅にもない。言葉の一文字一文字をぐっちゃぐちゃに丸め、焼けたアスファルトに勢いよく叩きつけたあと、フルパワーのスーパー・ウルトラ・ハイパー・ミラクル・ロマンチック・ファビュラス・アルティメット・インステップシュートでもって遥か遠くアメリカはネブラスカ州フロンティア群近辺まで蹴飛ばしてやった。ざまあみやがれ!

 そんなわけでタカトウ少年 (甘いマスク) は、十六歳と四ヶ月目にしてようやく現実を直視できるまでに成長。ノーチャレンジ・ノーサクセスをスローガンに手当たり次第、沸々とたぎるリビドーのままに友人連中から女子を紹介してもらっていた。

『ネーネー! 金曜日アィテルゥゥ~★』

 夏休み一週目だったと記憶している。

『ょかったら遊ばなァィぃ??』

 胸焼け寸前五秒前、アブラマシマシこってりメッセージの送り主はメル友のナオちゃん。牡羊座AB型、帰宅部の頼れるエース、溢れる果実のシックスティーン。

 市内の工業高校に通うナオちゃんとはほんの三週間前、他中出身のクラスメイトを介し知り合ったばかりである。三人のメル友のうち二人とは悲しいかなうまいこと関係が続かず、しかしそれでいてナオちゃんとのメールのやり取りときたら、それはもういつだって盛り上がった。数日におよびラリーが続くこともあった。間違いなく好かれている。イケる。そう思った。

 ゆえに、ナオちゃんからのお誘いを秒で承諾した僕は、

『ァりがとぅ♪ ぅれピッピぃィー!!』

 などと彼女の奇っ怪なテンションに合わせ、スクールカースト万年二番手のキャラにはまるでないキテレツな文章を打ち込んでみせた。

 やった……やったどおおおおお!

 タカトウ少年 (小池徹平) は心で咆哮、頭上1フィートでは天使の一団らしき面々が嬉々としてゴスペルを熱唱している。

 決戦は金曜日。当日まで、まだ二日ほど猶予が残されている。思い立ったが吉日の言葉に倣い即座に美容室の予約を入れた僕は、翌日の午後には野暮ったい髪をロッド・スチュワート風のウルフヘアにカットし、申し訳程度にカラーを入れ、そのあと立ち寄った最寄り駅前のファッションビルでジャックダニエルのラベルがプリントされたTシャツを一枚と、コンバースのハイカット・スニーカーを一足購入した。

 帰宅するや否や、そそくさと服を着替え、自室の姿見の前でいっちょまえにポージング。一人ファッションショーを開催し始める。

 うむ、悪くない。ナオちゃんがひいきにしているベンジーだとかいうどこぞのバンドマンにもきっと見劣りしないはずだ。思いつつ、見惚れつつ、しかしどこかしっくりこない自分自身をうすらぼんやりと自覚しているのも確かだった。

 七秒、八秒、まるで竜王戦のような静寂がしみったれた空間を支配し、

「……なるほど」

 そして、確信する。これは見てくれうんぬんではなく内面の問題なのだと。

 直後、ほとんど無意識のうちに動作した一対の眼球が、埃を被った真っ黒なテレビ台を捉える。上から二段目の収納スペース。そこに確認できるのはプレステ2本体と一本のソフト。

 ときめきメモリアル2――。

 関連ソフトを含め累計三百万本を超えるメガヒットとなった、言わずと知れた大人気恋愛シミュレーションゲーム「ときめきメモリアル」の二作目に当たる作品である。もともと中度のオタク趣味を持つ僕は、このソフトを中学二年時から所持しており、現在に至るまでシコシコスコスコとプレイし続けていたのだ。

 僕の頭の中で行書体の「決別」の二文字が躍り始めるまで、そう時間はかからなかった。ナオちゃんとのデートを目前に、ときメモ2からの、当タイトルのヒロインであり推しである陽ノ下光からの、さらに言えば二次元からの卒業を想う。

 巨大化した想念はやがてジグザグに渦を巻き、風速八十メートル超えの特別警報級の勢力でもって四畳半のワンダーランドを倒壊させた。

○○○

 ふと空を振り仰ぐと、そこには怖いくらいの群青が広がっている。

 思えば、ときメモ2を求め級友と遠方のゲームショップまで自転車を走らせた十四歳の夏の日も、こんな景色に出会っていたような気がする。

 ナオちゃんとのデート前日、午後一時。僕は学校指定のスクールバッグを右肩に、ただならぬ決意を胸に、自宅から徒歩圏内に位置する名も知れぬ山道にたった一人繰り出していた。目的はただ一つ。二次元との決別――ときメモ2本体および攻略本の埋葬を企てていたのだ。

 なぜこのとき、ゲームショップで買い取ってもらうといった至極真っ当な方法が第一に思い浮かばなかったのか。今さらながら不思議でならない。

「……っ」

 草木が鬱蒼と生い茂る獣道。むせ返るような緑の匂いが鼻を突く。牧原 (テトロポリキョン星人) に二千円でつかまされた某ハイブランドのパチモンTシャツには滝の汗。「熊出没注意」および「不審者注意」の看板をものともせず、なんならムーン・スパイラル・ハート・アタックで軽快になぎ倒しながら、タカトウ少年 (長男) は進む。進む。競歩の速度でとにかく進む。

 四、五百メートルほど歩き続けた頃だろうか。途方もなく続く未舗装路の真ん中で足を止めた僕は、不意に辺りをキョロキョロと見渡した。

 ……誰もいない。

 当たり前だ。映画「スタンド・バイ・ミー」の舞台さながらのこんな秘境に誰がノコノコと足を踏み入れようものか。それこそ僕のようなワケありくらいのものだろう。内心でぼそりと呟きつつ、飾り気のないスクールバッグからおもむろに取り出したのは、自宅からこっそり持ち出した真っ赤な園芸用スコップであった。

 直後、視界の端に飛び込んできた一本の大木になんの気なしに歩み寄る。血管然とした長枝にはテープの伸び切った怪しげなVHSが絡まっている。背の部分にかろうじて読み取れるのは「爆乳 A GO GO!」の文字。ここにしなよ、と風が語りかける。気づけば真下の根元部分にスコップで一撃を入れている。一心不乱に土を抉り取っている。

 大きさにしてマンホールのフタほどの穴が完成したのは数分後のことだった。そこに想い出を葬ったことに一切の迷い、ためらいはなかった。ここで中途半端に計画を頓挫させようものならば、僕はもう一生情けないままの劣等生で終わってしまいそうな、そんな気がしていたのだ。次のステップに進むためには、ナオちゃんとの恋を成就させるためには、ここで逃げてはならない。絶対、絶対に。

「バイバイ、光」

 もちろん返事はない。

 タヌキの一団が物陰から怪訝そうにこちらを見つめている。どこか遠くの方では怪鳥が鳴いている。

 バイバイ、光。

 心でもう一度つぶやくと、僕は全速力で駆け出した。

○○○

「人」の文字を呑み込むたびに平常心が遠のいてゆく。

 デート当日、いまだかつて経験のないドドド緊張を胸に、煩悩の数ほどの罪なき「人」を胃袋へと流し込んだ頃だろうか。待ち合わせ場所として指定された最寄り駅コンコース、みどりの窓口近辺で直立不動を保っていた僕を左方から呼ぶ声がした。振り向いた先にいたのは黒髪ボブカットのイマドキ風の女の子。ナオちゃんだった。

 直訳すると「ラジオ頭」になるUKロックバンドのジャケ写がプリントされたTシャツに膝上のプリーツスカート、足元はドクターマーチン風の3ホールシューズといった格好のナオちゃんは、事前にメールで交換し合っていたプリント倶楽部のそれよりも二割増しでふっくらしていた。

 美人かと問われたら、おそらく違う。タイプかと問われたら、これまた違う、気がする。少なくとも素直に首肯することはできない。しかし、しかしである。

 バストが……それはもうバストがご立派であった。

 目測Gカップはかたいであろうホイップクリームたっぷりの二つの球体を前に、己が理性は早くも飛翔姿勢。

「写メで見るよりイケメンだね」

「は! あ! いやいやいや! ジャニーズレベルには到底およば――」

「とりあえずカフェでも行こっか」

「ハハハハイ!」

 跳ねる心臓。強張る顔面。歩き出す彼女。必死に歩調を合わせる僕。道中の記憶は八割型消え失せている。もうとにかく、おっぱ……もとい、いっぱいいっぱい。思考回路ショート寸前だったのだ。

 あっという間に到着した昼下がりのカフェチェーン。先客はまばら。その一角、窓際に設えられたテーブル席に着いてからもなお、僕はいまだ自身のペースを取り戻すことができずにいた。アーティスティックなまでにハズしまくっていた。世界情勢に興味関心のあるクレバーな高校生を演ずるべく北朝鮮による日本人拉致問題について語ったときの冷え切った空気といったらなかった。思わずユニクロまでヒートテックを買いに走りそうになったほどだ。

 あからさまに口数が減る巨乳娘。ボサノヴァの流れる空調の効いた店内にアイスコーヒーの氷がカラリと溶ける音が響く。

 無論、このままおいそれと引き下がるわけにはいかない。プライドが許さない。なんとか挽回しなくては。尋常ならざる焦燥を胸に、己を鼓舞し、

「つ、つーかさあ!」

 しかし、なし得る限りの最大出力の笑顔でもって、やっとこさ口にした言葉といえば、

「ベべベンジーってさあ! ひひ響きが! ガガガンジーっぽくね!?」

 などという、人類総ズコーッ必至、ブランキーファンにグレッチで脳天をかち割られても仕方がない、なんとも素っ頓狂なものであった。

 ナオちゃんはその丸顔にザ・苦笑いを湛えると、

「……そろそろ帰ろうかな」

「え」

「ごめんね、これからバイトなんだ」

○○○

 結局、僕らは落ち合ってからわずか一時間ほどで解散となった。

 夕方からアルバイトの予定が入っているというナオちゃんは別れ際、横断歩道を背に今日イチの笑顔を振りまいていた。下手っぴなウインクさえ決めていた。脳内ステレオからは、ときメモ2のバッドエンディングテーマ「向日葵」の哀愁漂うイントロが流れ始めていた。

 後日、ナオちゃんからメールが届いた。何やら体育会系の男子を紹介して欲しいとのことだった。死体蹴りとはこのことだと思った。もっとも、傷心している暇などない。恥も外聞もかなぐり捨てた僕は、最後の悪あがきに出る。

 代わりに女の子、紹介してよ。

 思いのほか返信はすぐだった。ナオちゃんは快く交換条件を呑んでくれた。翌日にはマヤちゃん、そしてアキコちゃんという二人の名前がケータイのアドレス帳に加わった。両者共にいいコだった。かわいかった。しかし、いずれも長くは続かなかった。

 ほどなく僕は髪の毛を真っ黒く染め直した。いくつかの台風がこの街を通り過ぎた。ナオちゃんが友人とつき合い始めた。友人が大人の階段を一足飛びで駆け上がった。高校一年の夏が過ぎ去ろうとしていた。

 赤に紫、ピンクにオレンジ――トリッキーな髪色の二次元女子相手にならば余裕たっぷりのデートを楽しむことができるというのに、片や対象が三次元女子となるとこのザマだ。やることなすことすべてが裏目に出てしまう。

 十六歳当時の僕は、生身の女子をあまりにも知らな過ぎた。少々大げさな表現を用いてしまえば、彼女たち一人一人にも真っ赤な血が通っていて、心があって、いくつもの感情があるということを、まるでわかっちゃいなかった。いや、わかろうともしていなかった。

 いつだったか、街で久々に鉢合わせた牧原 (今や一児の父) とちょっとした世間話になり、なぜか一杯やることになり、その流れでこんな言葉を投げかけられたことがある。

 人生に攻略本は存在しないんだぞ――。

 振り返ってみると僕の青春は、この記事に代表されるようなしょうもない、ろくでもない、悶々の極地たるエピソードで満ち溢れている。たまにはホイップクリームみたく甘ったるい恋愛話なんぞドヤ顔で披露してみたいものだが、いかんせん引き出しが少ない。いやはや、困ったものである。ガックシである。トホホである。

 ちなみに蛇足だが、ナオちゃんとはその後、成人式でたった一度、再会を果たすことになる。いっぱしのギャル男へとクラスチェンジしたかつてのメル友を前に振袖姿のシングルマザーは一瞬の戸惑いを見せ、しかしわずか二・七秒後には一転、腹を抱えて大笑い。シジミよろしく小粒な目にはうっすら涙さえ浮かべていた。僕も笑った。声を上げて笑った。笑って、笑って、二人して酸欠になるまで笑い続けた。

「今の俺、ベンジーより男前じゃね?」

「あはは、そうかもね」   

 ちょっぴりうまくなったウインクが、なんだかとても愛おしかった。

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タカトウリョウ⚡ オーイエーアハーン!