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私の半生3人目/シングルマザー25歳③高校では、ただのスポーツマンでした――風俗嬢として生きる私が思い出す、「居場所」のあった時間

いまの私と、あの頃の私のあいだ

待機部屋で、スマホを伏せて座っています。
次の呼び出しが来るまで、時間は止まったままです。

この部屋には、
私の名前も、過去も、理由もありません。
あるのは「呼ばれるかどうか」だけです。

そんな場所にいると、
どうしてか、高校の体育館を思い出します。

床に反射する夕方の光。
少し汗の匂いが残った空気。
誰かが笑って、誰かがボールを拾っていた場所。

いまの私と、
あの頃の私の距離は、
思っているより遠くありません。


強豪ではない高校を選んだ理由

中学を卒業するとき、
「強い高校に行かないの?」と聞かれました。

でも、私はそうしませんでした。

家のことを考えると、
部活にすべてを捧げる余裕が、もうなかったからです。
交通費、遠征費、用具代。
どれも、家計にとっては軽いものではありませんでした。

だから私は、
バレーボールが“弱い”高校を選びました。

そこでは、
勝たなくても、
毎日が試合のように張りつめていなくても、
「ここにいていい」と思える空気がありました。


勝たなくても、役割はありました

強さが目的ではなくなった日々

高校の体育館は、
中学の頃より、少し静かでした。

全国を目指すわけでもなく、
誰かがスターになるわけでもない。

それでも、
ボールを追う時間は、私にとって大切でした。

勝つため、ではなく、
“ここにいるため”に、
私はプレーしていました。

私は、変わらず「支える側」でした

ポジションは、やはりリベロでした。

前に出て点を取るより、
誰かが思い切り打てるように、
後ろで支える役割。

中学の頃と同じです。

前に出るよりも、
誰かの背中を支えるほうが、
私には自然でした。

誰かのために動いていると感じられる瞬間。
それが、
私にとって一番「生きている」と思える時間でした。


それでも、終わりは静かに来ました

青春は、続かないことを知りました

高校三年の春、
部活の引退は、あまりにもあっさりと訪れました。

負けて、終わり。
涙は出ましたが、
世界が止まるほどではありませんでした。

それが、少しだけ寂しかったのです。

あれほど大きかった場所が、
簡単に「過去」になる。

その感覚を、
私は初めて知りました。

それでも、私は「支える側」でいたかった

部活が終わっても、
私は、前に出る人間にはなりませんでした。

目立たなくてもいい。
拍手されなくてもいい。

誰かが進むために、
後ろから支えている自分でいたい。

その気持ちは、
もうこの頃には、
はっきりと私の中にありました。

妹のために。
家族のために。
いずれ出会うかもしれない、
まだ見えない誰かのために。

あの頃の私は、
まだ知らなかっただけなのです。

その「誰か」が、
やがて自分の息子になることを。

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