私の半生3人目/シングルマザー25歳①/それでも、私は今日もここにいます――25歳、母で、風俗嬢で、家計の責任者として生きる現在地
いまの私が立っている場所
いま、私は25歳です。
履歴書に誇らしく書ける肩書きはありません。
母親で、風俗嬢で、家計の責任者。それが、いまの私です。
両親と同居していて、5歳の息子はほとんどを祖父母と過ごしています。
保育園の送迎や食事、寝かしつけは両親が担ってくれています。
私はできる範囲で関わりますが、役割ははっきり分かれています。
育児は両親。
生活費と将来のお金は私。
この分業が、いまの我が家の現実です。
「週三日出勤」という言葉の違和感
出勤は週に三日です。
そう話すと、たいてい「楽そうだね」と言われます。
でも、一度出勤すると、夜11時から翌々朝5時まで拘束されます。
日曜の夜に家を出て、帰るのは火曜の明け方。
火曜の夜から木曜の朝、木曜の夜から土曜の朝。
休みと呼べる時間は、土曜の朝5時から日曜の夜11時までです。
その間に、家のこと、体の回復、次の出勤の準備をします。
正直に言えば、「休んでいる」という感覚はほとんどありません。
この仕事を、どう思っているのか
好きでも、誇りでもありません
この仕事が好きかと聞かれたら、好きではありません。
誇りかと言われたら、そうとも言えません。
ただ、嫌いだから辞められるほど、状況は単純ではありませんでした。
一回の勤務で、平均して十人ほどを接客します。
一人あたり約70分。
店のルール通りだと、手元に残るのは一人7,000円ほどです。
それでは足りませんでした。
息子が将来「これをやりたい」と言ったとき、
お金のせいで諦めさせたくない。
その気持ちが、私をここに立たせています。
お金は目的ではなく、手段です
私は遊ぶために稼いでいません。
贅沢にも興味はありません。
必要なのは、
生活費と貯金、そしてまだ見えない息子の未来のためのお金です。
この仕事を続けているのは、諦めたからではありません。
現実的に、ほかの選択肢が見えなかったからです。
母親であることと、稼ぐこと
一緒にいない時間のほうが長い現実
息子と過ごす時間は多くありません。
夜に家を出るとき、息子は眠っています。
帰るころには、朝の支度が始まっています。
「もっと一緒に遊んであげたら?」
そう言われることもあります。
その通りだと思います。
だから、言い返せません。
それでも、いまの私にできる“愛し方”は、これしかありません。
母性は、感情より先に責任として来ました
母親になった実感は、あとから来ました。
最初に来たのは責任でした。
食べさせること。
住ませること。
将来の選択肢を残すこと。
そのために、私は今日も働いています。
抜け出せていないという自覚
私は、この状況から抜け出せていません。
仕事も、生活も、将来も、まだ途中です。
辞められていません。
立ち直ってもいません。
成功したとも言えません。
それでも、生きています。
「今日を終わらせる」ことの積み重ね
この連載は、過去を美化するためのものではありません。
救われた話を書くつもりもありません。
ただ、いまの私が、
どうやって今日を終わらせているのか。
それを、言葉に残したいと思いました。
ここから先は、回顧録になります。
学生時代のこと、社会に出て最初に折れた日のこと、
そして、この仕事に来るまでの話です。
どれも特別な転落ではありません。
少しずつ、選択肢を失っていった結果です。
それでも、未来を手放していません
終わりは、まだ見えていません。
でも、希望は捨てていません。
息子が将来、何かをやりたいと言ったとき。
そのときだけは、胸を張って言いたいのです。
「お金の心配はしなくていいよ」と。
そのために、私は今日もここにいます。
それだけです。
