【茨城】水戸に行ってきた【2024年3月】
どーも、たかしーのです。
昔の写真を整理しながら、過去に行ってきた場所の思い出を書いていきたいと思います!

今回は、2024年の水戸です。
例のごとく、仕事でやってきたのですが、茨城県に出張で行くのはこれが初めてでした。実は、過去にライブのため、立ち寄ったことがあるのですが、それ以来の訪問(10年以上前)。その思い出にも少し触れながら、書いていきます。
観光したところ
ラーメン山岡家 水戸城南店(水戸市城南)
水戸に着いたのが、夜だったので、到着した日の夜ご飯は…

ラーメン山岡家に行ってきました!
理由は、最近、私自身が家系ラーメンにハマっていることと、関西では山岡家の店舗は少ないこと、
あと、当時流行っていた猫ミームの動画で、ラーメン山岡家にちなんだものがあり、これを見て食べたいなと思い、行ってきました!(猫ミームの汎用性の高さよw)
今回は、特製味噌チャーシュー麺をオーダー。

カスタマイズは、かため、おおめ、こいめにしてみました。
こいめで食べたかったので、ライスも追加で注文しました!

いやー、家系好きにはたまらないビジュアルですね。
味も申し分なかったです。さすがに全部は飲めないけど、このスープの濃さがよい。

そして、猫ミームでも紹介されていた、スープに漬けたのりで、おろしにんにく、豆板醤、白ご飯を巻いてパクリ。これは背徳的な味だ。皆さんもどうですか??
水戸の納豆記念碑(水戸市宮町)
翌朝、仕事が始まる前に、水戸駅周辺をお散歩。

水戸駅前に、いかにも水戸らしいモニュメントを見つけました。
その名も、水戸の納豆記念碑。
茨城県納豆商工業協同組合が、水戸の納豆を全国にアピールする目的で設立を進め、水戸市へ寄贈したものだそうです。
ちなみに、除幕式は「納豆の日」である 7月10日に行われたそうです。(徹底している…!)
あと、歴史的なお話をすると、水戸の納豆の由来を示す説明板(由来書き)が、このモニュメントに添えられており、それによれば、水戸の納豆ができたのは、八幡太郎こと源義家 *1 が後三年の役 *2 のとき、奥州に向かう途中、水戸市渡里町の一盛長者*3 の屋敷に泊まったおりに、馬の飼料である煮豆の残りから納豆ができたという伝説からだそうです。
*1 源義家・・・平安時代後期の武将で、源頼義の子。前九年・後三年の役で活躍し、「八幡太郎」と称された。武士の名声を高め、後の源氏の隆盛の礎を築いた人物である。
*2 後三年の役・・・1083年から1087年にかけて東北地方で起きた内乱。清原氏の一族争いに源義家が介入し、平定した。これにより義家の武名が高まり、武士の勢力が拡大した。
*3 一盛長者・・・平安時代後期の伝説的人物で、陸奥国に住む豪商。源義家が後三年の役で苦戦した際、財力をもって兵糧を援助し、義家を支えたと伝えられている。
そして、水戸の納豆が有名になったのは、明治時代、水戸駅ホームで土産として販売されるようになったことがきっかけで、戦後は全国で水戸の納豆が販売されるようになったそうです。なるほど、なっとく~。
水戸駅北口広場(水戸市宮町)
納豆について学んだあとは、水戸藩についても、歩きながら学んでいきましょう。
先ほどの納豆モニュメントは、JR水戸駅の南口を出たところにあるのですが、

今度は、北口を出て、水戸駅北口広場へと向かいます。
ここで、老若男女問わず有名なあの3人の銅像を見ることができます。

人生楽ありゃ苦もあるさ~♪

はい、テレビドラマ『水戸黄門』でおなじみの水戸黄門 *4と助さん *5・格さん *6の銅像でございます。1992年(平成4年)に、水戸市観光協会などが手掛けて設置したのだそうです。
*4 徳川光圀(水戸黄門)・・・水戸藩第2代藩主で、通称「水戸黄門」。儒学を奨励し『大日本史』の編纂を始めた。学問と正義を重んじ、後に庶民の理想の名君として親しまれた。
*5 佐々木助三郎(助さん)・・・水戸黄門こと徳川光圀に仕えた家臣。実名は佐々宗淳とされ、剣術に優れた忠義の士。格さんとともに諸国を巡る物語で知られ、正義感あふれる人物として描かれる。
*6 渥美格之進(格さん)・・・徳川光圀(水戸黄門)に仕えた家臣で、実名は安積澹泊(あさかたんぱく)とされる。学問と礼節に優れ、助さんとともに諸国を巡る物語で知られる賢く誠実な人物。
水戸東照宮(水戸市宮町)

水戸駅北口広場から北西へと歩いたところに、徳川家康を祀る水戸東照宮 *7がありましたので、巡ってきました。

この東照宮は、日光東照宮を建てた家康の孫、江戸幕府三代将軍徳川家光ではなく、家康の息子であり、水戸藩初代藩主であった徳川頼房|《よりふさ》により、創建されました。
*7 水戸東照宮・・・水戸市宮町にある神社で、徳川家康を祀る。1621年に水戸藩初代藩主・徳川頼房が創建。荘厳な社殿と石鳥居が特徴で、歴史的建造物として水戸の重要な文化財となっている。

神社ですが、驚いたことに、大砲が展示されていました。
この大砲は十八封(18ポンド)カノン砲と呼ばれるもので、太平洋沖に異国船が多数現れることに危機感を持った水戸藩主第9代藩主・徳川斉昭《なりあき》が、那珂湊|(茨城県ひたちなか市の南東部)に反射炉を築かせ、そこで作られた鋼鉄を使って作らせた大砲だそうです。
水戸ライトハウス(水戸市南町)
そこから、さらに北西へと移動。
次は、過去にライブのため、立ち寄ったことがある水戸ライトハウス *8に向かいます。

移動中に見かけた「香陵住販」の看板。
10年以上前に訪れた時にも見かけたのですが、平成初期を感じさせるイラストがなんか良いんですよね。

到着しました。
当時、私はBiSのライブを観に行ったのですが、中は研究員(BiSファンの総称)でぎゅうぎゅうで、その研究員たちがかいた汗がライブハウスの中で、霧のようになっていたのを、今でも覚えています。※あまりに熱狂的なライブ
*8 水戸ライトハウス・・・水戸市南町にあるライブハウスで、1990年に開業。ロックやポップスなど幅広い音楽イベントが開催され、多くのバンドの登竜門として知られる。地元音楽文化の拠点である。キャパは350人。
黄門さん おしゃべりパーク(水戸市南町)

水戸ライトハウスの目の前には、黄門さん おしゃべりパーク *9と呼ばれる公園があります。
この公園にも、黄門様の銅像が建っているのですが…

水戸駅北口広場と違うのは、隣に巨大な印籠があること。
実は、この印籠にあるボタンを押すと、音声が流れて、黄門様がおしゃべりをするという仕掛けなのですが、この日は残念ながら故障なのか、何度押しても、音声が流れませんでした…。
*9 黄門さん おしゃべりパーク・・・水戸駅北口のペデストリアンデッキにある休憩スポット。水戸黄門の像や観光案内モニターが設置され、観光情報や地域の魅力を楽しく学べる交流の場となっている。
水戸城跡(水戸市三の丸)

ところ変わって、今度は、茨城県三の丸庁舎周辺にやってきました。

その昔、水戸城 *10の三の丸があった場所で、一部ですが、三の丸にあった濠|《ほり》が残されています。
*10 水戸城・・・茨城県水戸市にあった城で、平安時代末期に馬場資幹が築いたとされる。江戸時代には水戸徳川家の居城として繁栄。石垣を持たない土造りの城で、現在は学校や城門跡が残る。

濠を超えた先には、茨城県三の丸庁舎 *11、茨城県立図書館がありました。
現在の茨城県庁舎は、すでに1999年に移転をしており、旧庁舎である三の丸庁舎は、歴史的建造物として残され、かつての議会議事堂が茨城県立図書館として利用されています。
*11 茨城県三の丸庁舎・・・水戸市三の丸にある昭和初期建築の旧県庁舎。1930年竣工の洋風建築で、現在は茨城県三の丸庁舎展示館として一般公開。県政資料や水戸の歴史を紹介している。

その先に「三の丸歴史ロード」と呼ばれる道があり、その道沿いに水戸市立三の丸小学校があるのですが、その校門がまるで藩校の門のようで、驚き。

学校の塀も、城壁のようになっており、さながら城内にいるような感覚でお散歩することができました。

その先には、これまた立派な橋と門がありました。
これは、水戸城の三の丸と二の丸をつなぐ大手橋と大手門で、そこをくぐると、茨城大学付属小学校、市立水戸第二中学校、県立水戸第三高校といった、小中高の学校が建ち並んでいました。

写真にはハッキリと映していませんが、ちょうど登校する時間にやってきたこともあり、大手門に向かって、登校する学生たちの姿を見る事ができました。現代と江戸時代が混ざり合った異様な光景でした。

なお、大手橋の手前には、あの十八封カノン砲を作らせた水戸藩主第9代藩主・徳川斉昭の像もありました。幕末期における名君だそうなので、その人物自体にも、大変興味が湧きました。
二の丸ゾーンには、学校以外にも、歴史的なスポットがいくつか置かれています。

こちらは「大日本史編纂之地」と書かれた石碑。
水戸黄門こと徳川光圀公の大事業であった『大日本史』*12の編纂を記念して建てられた石碑とのことです。
*12 『大日本史』・・・徳川光圀が編纂を始めた日本の歴史書。鎌倉時代までの天皇中心の歴史を記し、全397巻。儒学思想に基づき、正統な歴史観を示した水戸学の基礎となった。

こちらは、水戸市指定の天然記念物「水戸城後の大シイ」。
なんでも戦国時代から自生していたと伝えられる椎の木だそうで、樹齢は約400年だと推定されています。

こちらは、二の丸にある県立水戸第三高校の塀ですが、同じく城壁でした。防御力が高そう。

さて、二の丸を抜けた先には、本丸跡に通じる橋があり、そこを抜けると、県立水戸第一高校につながっているのですが、さすがに学校内に入ってしまうため、橋の前までで自重しました。
ちなみに、この橋の下には、JR水郡線の線路があります。つまり、かつて水戸城の本丸と二の丸の間にあった濠には、現在、電車が走っているということになります。
LUANA(水戸市宮町)

水戸城巡りを終え、ホテルをチェックアウトしたから、最後は出張の〆に、茨城県のご当地グルメスタミナラーメン *13を食べに行ってきました。

スタミナラーメンとは、キャベツ・人参・かぼちゃ・味付けレバーなどの具材で構成された甘辛い餡がかかった茨城県のご当地ラーメンのこと。
醤油ラーメンの上にそのままかける「ホット」と、できあがった餡を冷水で締めた麺に直接かける「冷やし」の2種類の食べ方があるのですが、今回、私は「冷やし」を頼んでみました。
*13 スタミナラーメン・・・甘辛いとろみあんにレバーや野菜を加えた独特のラーメン。冷水で締めた麺に熱々のあんをかける「冷やし」と、通常の「ホット」がある。

見た目通り、ラーメンというよりも、あんかけそばに近い料理でしたが、甘辛い餡と絡んだ麺は、食べ応えがあり、確かにこれだとスタミナがつくよねと感じました。また、食べる前はどうだろうと思っていたレバーですが、餡との相性が良く、麺ともマッチしていました。

食後に、いちごミルクも飲んで、さっぱり。
お腹を満たしてから、電車に乗り、水戸を後にしました。
おわりに
他にも、ストックしている写真はいくつかあるので、また気ままに書いていきたいなと思います。
それでは!
