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第41話|3分40秒に1年を。上田映劇で知った「タイパ」への猛烈な反省。

正直に言おう。私は今、猛烈に自分を恥じている。  
(いつも正直に書いてますよ君!そして、いつも反省していますよ笑)

この一年、私は会社を立ち上げ、まるで何かに追われるように動き回ってきた。
新しい名刺を配り、見知らぬ土地へ足を運び、目に見える「数字」や「結果」を追い求めてきた。

それ自体は生きるための戦いだが、
ふと気づけば、私の心の中には「最短距離」を求める浅ましい亡霊が居座っていたのだ。


「もっと効率よくできないか」
「もっと早く結果は出ないのか」

そんな、現代社会の病とも言える
「タイパ(タイムパフォーマンス)」の呪いに、
私の心は少しずつ侵食されていた。

そんな私の鼻っ柱を、上田の古い映画館が、鮮やかに、そして情熱的にへし折ってくれたのである。

昨年、テレビを捨てた山本家にとって、潤いを得られる最高のアミューズメントは映画である。


テレビという「受動的な情報」を断捨離した私たちが今回向かったのは、
上田が誇る名映画館「上田映劇」だ。


 長野市のロキシーと同じく、一歩足を踏み入れた瞬間に「映画の神様」が住んでいそうな、抜群の雰囲気を持つ場所。使い込まれた座席の匂いや、スクリーンの前に漂う独特の静寂。そこにいるだけで、自分の感性がゆっくりと研ぎ澄まされていくのがわかる。



この感じ最高です




そこで観たのが、
映画『ひゃくえむ。』である。  
この作品には、
どうしても確かめたい伝説があった。


公開最終日に行きました


「劇中のわずか3分40秒、
そのワンカットの映像を制作するために、
約1年という歳月を費やした。
創作画数は、じつに1万枚である」
というのだ。


「3分40秒のために、1年……?
かっこよすぎんか!」


その話を聞いた瞬間、私の背筋に震えが走った。

たった数分のために、
スタッフたちは一年の月日を、
1万枚の紙を、
そして、
自分たちの魂を削り取ったのだ。

そのリスペクトは、
実際に劇場でその熱量を浴びてからじゃないと語る資格がない。
そう思い、私は妻と娘を連れて、暗闇の座席に深く身を沈めた。

結論から言おう。


「マジで、かっこよかった」

私は映画の専門家ではない。
カット割りがどうだとか、演出の技法がどうだとか、そんな小難しいことはわからない。
けれど、スクリーンから溢れ出してくる圧倒的な「熱」だけは、肌が焼けるほどに伝わってきた。


最速を競う百メートル走の世界。
わずか十数秒で決着がつくその一瞬の爆発を描くために、あえて気の遠くなるような「時間をかける」という狂気的な逆説。
そのクリエイティブの執念に、
私は言葉を失った。

見終わった後、
いつもは賑やかな妻も娘も、
しばらく沈黙していた。

「言葉がないね。すごい良かった……」  

ようやく口から漏れたその言葉が、
何よりの正解だったと思う。

家族全員が、
その圧倒的な「積み重ねの力」に圧倒されていた。


この映画を通じて、私は自分の生き方を振り返り、静かに反省した。
(本当に反省好きですね笑)

すぐに結果を欲しがり、
効率よく動くことばかり考えていた自分。

だが、本気で人の心を揺さぶる「熱狂」を作るには、圧倒的な時間と、魂を削るような地道な積み重ねが必要不可欠なのだ。

熱量とは、時間の密度そのものだ。  
クリエイティブには、どうしても必要な「熟成期間」がある。

映画って、本当にいいものですね。  

テレビを消し、
静寂を選んだからこそ、
聞こえてくる鼓動がある。

もし今、私の家にテレビがあり、スイッチ一つで流れてくる情報をただ眺めていただけなら、この「3分40秒の重み」を一生知らずに過ごしていただろう。

焦ることをしない。

今はまだ、
自分の「1万枚の原画」を一枚ずつ、丁寧に描いている最中なのだ。

その気の遠くなるような作業の先にしか、
私だけのワンカットは存在しない。    

上田の街を歩きながら、
私は少しだけ、自分に誠実に生きる勇気をもらった気がした。  
さて、明日はどの「一枚」を描こうか。

熱量を込めて、
じっくりと、
泥臭く進めていこうじゃないか!!


続く、、、、、、




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