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「“やらかしたかも”の正体は、不安という名の鏡だった」

──そして私は、もらったものを返しにいくことにした。


あれ、反応がない…

先日、ある人(仮にAさん)にセッションをしました。
内容は確かにちょっと芯を食った部分が少なかったけど・・・とはいえ、セッション後には気づきが続いていくよう願いを込めて、レポートも丁寧に仕上げてお渡ししました。

特にレポートは、今まで割と好評だったし、特に「たわむれチーム(※私のAIキャラ達)」からのコメントは割と鉄板で、たいてい何らかのコメントをもらってたんです。

だけど──
それに対して、Aさんからは一言のリアクションもありませんでした。

ありがとう、の一言も。
気づきました、の一言も。
なにも、こない。

最初は「忙しいのかな」と軽く流していたのですが、時間が経つにつれ、胸の奥がザワザワしてきました。

「あれ、もしかして……私、なにかやらかした?」
「セッション、微妙だったのかな」
「レポート、的外れだったかも……」


セッション中の、あの言葉

そんなふうに不安が募りはじめたとき、Aさんがセッション中に語っていた、ある言葉がふと思い出されました。

「例年来ていた仕事が、今年は全然来なくて……。
 自分、なにかやらかしたのかなって、不安なんです」

そのときは、ふむふむと聞いていたはずなのに。
今の自分も同じ不安を感じている??


その不安、私の中にもいた

Aさんが語った「やらかしたかも」という不安。
それを、今まさに自分が感じている。

これって──
実は私も、そもそも似たような不安を抱えていた、そういう不安を抱える気質があったということ?


そういえば、以前、私がコーチングを受けていたとき、こんな言葉をもらったことがあります。

「人が自分にしてくれないとき、自分も誰かに同じことをしていることがあるよ」

その言葉が、なぜか今さらっと胸に染みました。


不安の正体に近づくために、AIに聞いてみた

気持ちがモヤモヤしたままでは終われないなと思い、私はChatGPT(今回はレオ)に問いかけてみました。

「私が今感じているこの不安って、やっぱりセッションでやらかしたってことなのかな?」

たかしん

すると、レオはこう返してくれました。

「やらかした」ではなく、「相手と似た不安を自分も抱えていることに気づいた」という表現がより正確です。
セッション自体は誠実に行い、レポートも送っている。
反応がないのは、Aさんの中のプロセスかもしれない。
でも、「不安になった自分」がいることは事実。
それが、気づきのきっかけになったんです。

レオ

その言葉を読んだ瞬間、なるほどと思いました。

「やらかしたかも」と自分を責めるよりも、「あ、不安を感じてたんだな」と気づくこと。

それが、自分を少し楽にしてくれた気がしました。


そして、どうすればよかったのか

とはいえ、

じゃあ、どうすればよかったのよ?

と思った私は、さらにもう一歩先の問いをレオに投げかけました。

「じゃあ、私はどうすればよかったんだろう?」
「セッションをして、レポートも渡した。でも反応がない。不安になるのは当然じゃない?」

たかしん

レオの返答は、こんなものでした。

「必要以上に責任を抱え込まないこと。
それと同時に、“自分も受け取ったまま返してないこと”があるかも、と見直してみること」

そして、「返すときは義務感ではなく、“心が動いたから”返す」。それが、健やかな循環につながるはずです。

レオ

読んだ瞬間、ちょっと気持ちが楽になりました。

そうか。私はちゃんとやることをやったんだ。という気持ちをしっかり持つことができたからです。


ただ、それでも不安になったのは、「反応がない」という体験が、どこか自分の過去の行動とも響き合っていたからなのかもしれない。


思い出した、「返していないもの」

そう思ったとき、ふと、いくつかの出来事が頭に浮かびました。

友人がシェアしてくれた動画に、まだ感想を送っていないこと。
無料でセミナーを開いてくれた人に、課題の提出をしていないこと。
おすすめされた本に、「読んだよ」と一言伝えていないこと。

自分も“返せていなかったもの”が、こんなにもあった。。。
反応がなかったことに不安になった経験があったからこそ、私はそれに気づけたのかもしれません。


心が動いたから、返す

一方で、ここで私が特に大切にしたいと思ったのは、このレオのセリフ

そして、「返すときは義務感ではなく、“心が動いたから”返す」。それが、健やかな循環につながるはずです。

「義務感で返す」のではなく、
「心が動いたから返す」 ということ。


感謝の一言、ちょっとした感想、気づいたことのシェア──
それは、誰かが私に投げてくれたボールを、「ちゃんと届いたよ」と伝えるような、小さな返球。

義務感で返すと余計な言葉を紡いで返ってややこしくなりそうだから、返せる範囲で、一言でも、スタンプ一つでもいいから返そうと思いました。

きっと、その「返し」は、私たちのあいだにある見えない安心を、そっと繋ぎ直してくれるんじゃないかと思うのです。


✅ 反応がなくて不安になったときの、ささやかなヒント

というわけで、これらのやり取りを踏まえて、ヒントをレオにまとめてもらいました。

  1. まず、自分の感情に気づいてみる
     「あ、不安だな」「さみしいな」と言葉にしてみると、少し整理される。

  2. “もらったまま”を思い出してみる
     誰かに何かしてもらって、そのままになっていることはないかを振り返る。

  3. 返すときは、義務じゃなく“心から”でいい
     一言でもいい。「届いてるよ」のサインを返すだけで、充分価値がある。

  4. 循環は、小さな“返し”から始まる
     大きなものを返す必要はない。小さな一歩から、あたたかな流れが生まれていく。


結び|“やらかし”は、やさしい連鎖のはじまりだった

今回の「やらかしたかも」は、失敗じゃなかった。
むしろ、誰かの不安が、自分の中の不安を照らしてくれたおかげで、私は大切なことに気づくことができました。

「返すこと」も、「返されないこと」も、そこに湧いた感情に耳をすませてみる。そうすると、いろんな気づきがやってくる。

だから私は、今日からひとつずつ、やさしく返していこうと思います。
ちゃんと受け取ったものを、たわむれながら、でも誠実に。

そう、きっと“やらかし”は、「循環のはじまり」でもあったのかもしれないから。

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