AIと遊ぶように学び、試すように考える。— 『AIとたわむれる人』の肩書きが偶然できあがるまでの話
クライアントのひと言で気づいた、AIとの向き合い方
「たかしんさんって、AIと楽しそうに遊んでるよね。」
クライアントとの三者面談の最中、そんなことを言われた。
そのときは軽く流していたが、ふと考えてみると、たしかに自分はAIを「使いこなすもの」とは思っていない。AIと一緒に試したり、いじったり、ふざけたりしながら触れるものとして扱っている。
仕事の枠組みを超えて、もっと柔らかい形で考えるほうがしっくりくる。
そんな自分のスタイルを言葉にするなら、どんな表現が合うのか? そう思って、AI自身に尋ねてみることにした。
自分の肩書きがわからない…? なら、AIに聞いてみよう

すると、AIがこんな提案をしてくれた。

数ある候補の中で、なぜ『たわむれる』が刺さったのか?
その中で目に留まったのが
たわむれる
という言葉だった。
実は、たわむれるという言葉は、以前にも自分のキーワード候補として出てきたことがあった。そのときは、「なんか良さそうだけど、何かが違う…」という違和感があったのを覚えている。
「誰とたわむれるの?」
「そんなに積極的に人に絡んでいくタイプではないやん?」
そう思って、当時は採用には至らなかった。たわむれるという言葉自体は面白かったが、「誰と? どうやって?」 という部分が、自分のスタイルにうまくフィットしていなかったのだ。
しかし、今回は違った。
AIが相手なら、自然にたわむれられる。むしろ、たわむれながら関わることこそ、自分のAIとの向き合い方そのものだった。
そう考えたとき、「たわむれる」という言葉が、これまでで一番しっくりきた。しかも、これはAIとの関係だけではなく、自分の仕事のスタンスや生き方にもフィットするものだった。
だって、仕事でも、AIとのやりとりでも、ビジネスでも、自分がやっていることはすべて「たわむれながら考え、試し、動くこと」だった。この言葉なら、自分の本質を表現できる。
そもそも、私はAIとたわむれることで、気づいたら新しい視点が広がっていた。これを仕事にも応用すればいい。
この瞬間、「たわむれる人」が誕生した。おぎゃーおぎゃー!
候補の変遷と「しっくりこなかった」ものたちへ
ちなみに、「たわむれる人」に落ち着くまでに、いくつかの候補が出ていた。弔いの意味をこめて、そして、自分らしい肩書きを探す旅の記録として、候補に挙がったものを改めて振り返ってみる。
さきほどの、候補を踏まえてこんな意見をぶつけてみた。

この時点で「たわむれる人」にはだいぶ惹かれている。あと、AI部屋おじさんから派生されたAIおじさんの秘密基地もわるくないなーと。
ぶっちゃけ「たわむれる人」という言葉が出た時点で、他の候補はそれぞれの役割が見えてきた。
『ええあいとあそぼ』は配信番組向き、『AI遊び人』は称号として面白い。そう考えると、すべてのピースがはまった感じだった。
そして、その返答がこちら

おーー、すげー整理されてくる!使い方もこちらが意図した感じで、非常にすばらしいね。
さて、実はこの段階でAIとたわむれる人に気持ちは傾いているものの、私の本質というか今までの感じ(居心地の良さ)からすると、AI部屋おじさんもバシッときれないんだよなー、と思っていた。なので、判断基準が欲しくて、こんな質問。

すると、するすると出してくれましたよ、比較表。





はい、やっぱり今後活動を広げていきたいし、やっぱり身近な遊びながらが重要なので「AIとたわむれる人」で行くことを決意。職業はAI遊び人という裏設定もつけた。
そもそもAIだけじゃなく「たわむれる」を今の私の世界観ワードにいちづけることに。
ただ、心配な私は念のため・・・


と聞いてみるも「AIとたわむれる人」以上のアイデアは出ず。挙句の果てに、

と聞かれる始末。
はい、たわむれるがベストです!あざーーっす!
「たわむれる」がしっくりきた理由
というわけで、最終的に「AIとたわむれる人」 に落ち着いた。
遊びながら試し、柔軟に考えるスタイルにぴったりだった。
硬すぎず、柔らかすぎず、絶妙なバランス感があった。
相手との関係性も「たわむれながら築く」ことが大事だと気づいた。
-さらに「たわむれる」という言葉を深掘りしてみると、それが単なる「遊び」ではなく、自分の価値観に沿ったものだと気づいた。
AIを「使う」のではなく、「一緒にたわむれる」方が楽しいし、可能性が広がる。仕事のやり方も、ガチガチにやるより、試しながら進んだほうがラクに回る。経営もマーケティングも、遊びながら考えたほうが意外とうまくいく。だからこそ、「たわむれる人」というアイデンティティを持つ決定打になったのだ。
私、実は昔から「たわむれて」いました
「たわむれ」を意識し始めてから、自分の過去を振り返ってみると、ずっと昔から「たわむれながら学んでいた」ことに気づいた。
中学時代の勉強スタイル
数学や理科は「ルールから答えを出す謎解き」だった。
「勉強」という感覚はなく、「テストをクリアするゲーム」だった。
これって、今でいう「たわむれながら学ぶ」ことだったのでは?
「学び=エンタメ」という自覚
ある時、コーチに「たかしんさんにとって学びはエンタメですよね」と言われた。
たしかに、ワクワクしないと頭に入らない。
「エンタメ的に学ぶ」「ゲーム感覚で試す」——それがずっと自分のスタイルだった。
そんなわけで「たわむれ」という軸ができた
AIもビジネスも、経営もマーケティングも、「ガチガチに構えず、たわむれながらやる」ほうがうまくいくことが多い。試してみる、いじってみる、ちょっと遊んでみる。そうすると、新しい発見がある。
また、これまで学んできた ゲーム戦略 も、この「たわむれる」感覚にうまくハマることに気づいた。ゲームを進めるように仕事やビジネスを考える。試行錯誤を楽しむ。これもまた「たわむれ」の一種なのだ。
しばらくは「たわむれる人」として生きていく!
「たわむれる」という言葉をもらい、それを深掘りしていくうちに、自分の価値観ややり方に完全にフィットしていると確信した。
AIも占いもビジネスも、たわむれることで面白くなる!
遊ぶように考え、試しながら進むことで、意外とうまくいく!
これからは「たわむれ」を軸に、新しい可能性を生む発信をしていく!
AIとたわむれる。人生たわむれる。
もちろん、これが死ぬまでずっと続くものなのかはわからない。でも、それでいいと思う。
いままでも、自分の価値観や世界観を言葉にしようと、ずーーーっと、それこそ世界観とか価値観というワードに出会って10年ほど、ずーーーーっと考えてきたけど、なっかなか言語化できなかった。
それは、絶対にぶれない軸を作ろうと思って気構えすぎていたのかもしれない、と思う。
実際に「たわむれる」だって一度候補には出ていたのだ。でも周囲の環境や状況が変わったことで、ぱしーーーんとフィットした。とはいえ、逆説的に言えば、周囲の環境や状況が変われば「たわむれる」も変わるかもしれない。でも、それでいいんだと思う。
もし、本当にそういう状況がやってきたら、「たかしんさん、おたわむれが過ぎましたね」といってAIさんに笑ってもらおう。
でも、その時は、よりバージョンアップしたワードに出会えるわけだし、その楽しみを取っておきながら「たわむれる」というワードを大事にしていきたいぞ。そんな意味で、アカウント名を変えましたとさ。めでたしめでた・・・いや。つづく。。。
P.S.
生成AI万歳みたいな記事を書いているかもしれないけど、たわむれる、が産まれるきっかけになったのは、間違いなく、友人のひとこと。そういう意味では、人と人とのやり取りは絶対に捨てちゃーならねーし、捨てたくないね。
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