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【伝わるプレゼンの探求】 一度通したものほど、戻れなくなる— 色もロゴも直したのに、違和感だけ消えなかった|インセプション型プレゼン

【この記事でわかること】

・なぜ、一度通ったデザインが、あとから急に噛み合わなくなることがあるのか
・なぜ、部分修正で何とかしようとするほど、違和感が増えることがあるのか
・なぜ、人は「ここまでやったんだから」と、前提の変化を見落としてしまうのか
・なぜ、成果物ではなく“前提”を見直した方が良いことがあるのか
・インセプション型プレゼンが強力だからこそ起きる怖さ

※インセプション型プレゼンとは:相手に結論を押しつけるのではなく、相手の頭の中に自然と前提や判断基準を共有させるプレゼンのこと



以前、ある商品のパッケージデザインを外部委託したことがありました。

最初の前提は、

・20代向け
・低価格帯
・SNS映えする
・ポップで親しみやすい
・少し雑貨っぽい
・カラフルで、勢いのあるコピーを入れる

というものでした。

その前提なら、出てきた案は悪くありませんでした。

明るくて、目立つ。
親しみやすさもある。
若い人が気軽に手に取りやすい空気もある。

会議でも、

「この方向で進めてみましょう」

という話になりました。



でも途中で、

「実際の購入者は40〜50代が中心かもしれない」
「価格帯も想定より上がりそう」
「プレゼント需要もありそう」
「かわいさより、“ちゃんとしている感”や“安心感”の方が大事かもしれない」
「安っぽく見えると逆効果かもしれない」

という話が出てきます。

100円の雑貨と、3,000円のギフトでは、求められる“質”の定義が根本から違います。

本来なら、その時点で、

「前提が変わったので、方向性から考え直しましょう」

が正しかったのだと思います。



しかし、実際は少し違います。

人は、そう簡単には戻れません。

「色を落ち着かせればいけるかも」
「ロゴを小さくすればいけるかも」
「写真を変えればいけるかも」
「少し高級感のある表現を足せばいけるかも」

と、部分修正で何とかしようとします。

それは、ある意味では自然なことです。

人は、一度通したものを否定したくありません。

お金も使っている。
時間も使っている。
会議でも通している。
外部委託なら、相手にも修正依頼を重ねている。

だから、「今あるものをどう活かすか」に意識が向きます。



でも、不思議なことに、
どれだけ直しても、どこか噛み合わない。

色を落ち着かせても、
ロゴを小さくしても、
写真を変えても、

なぜか違和感だけが残る。

少し高級感を足すと、今度は元のポップさとぶつかる。
落ち着かせようとすると、中途半端になる。
ターゲットを上げようとすると、今度は元の軽さがノイズになる。

修正しても、修正しても、
何を目指しているのかが分からなくなる。

しかも、修正を重ねるたびに、
最初にあった魅力や理由が、少しずつ薄まっていく。

明るさを消し、
勢いを抑え、
尖りを丸くし、
誰にも嫌われないように整えていく。

すると、最初にあったはずの“魂”のようなものが、少しずつ抜けていく。

整っている。
ちゃんとしている。
でも、なぜか欲しくならない。

そんな“整えられた死に体”のようになっていくことがあります。



たぶん、その違和感は、
色やロゴの問題ではないのだと思います。

本当は、そのデザインを成立させていた前提の方が、途中で変わってしまっている。

誰向けなのか。
どんな気持ちで手に取ってほしいのか。
何を優先するのか。
何を捨てるのか。

そこが変わっているのに、
成果物だけ直そうとすると、ずっと噛み合わない。

でも、人は「前提が変わった」と認めるより、

「もう少し直せば何とかなる」
「せっかく作ったんだから活かしたい」
「ここまでやったんだから、今さら戻れない」

の方に引っ張られます。

通したこと。
お金を使ったこと。
ここまでやったこと。
外部委託先とのやり取り。
社内で説明したこと。

それらが、“戻る理由”ではなく、“戻れない理由”に変わっていく。



インセプション型プレゼンは強力です。

前提を共有させる力が強い。
だから、本来なら「前提が違うので、一度止まりましょう」と言われるはずのものまで、

「確かに、この方向でもいけそうですね」

と成立させてしまうことがあります。

本当は、同じ延長線上にはない。
本当は、一度戻って考え直した方がいい。

でも、うまく説明できてしまう。
うまく辻褄を合わせられてしまう。
うまく“同じ話の続き”に見せられてしまう。

その場では成立したように見える。

でも、現実でだけ違和感が消えない。



私自身も、ターゲットが変わった後、本来なら再デザインすべきだったものを、修正案のプレゼンで通してしまったことがあります。

その場では成立したように見えました。

「確かに、この方向でもいけそうですね」

という空気も作れた。

でも、あとから何度調整しても噛み合わず、結局は再デザインになりました。

通したことが間違いだったというより、前提が変わっているのに、“同じ延長線上にある”ように見せてしまったことの方が問題だったのだと思います。



だから、通した後ほど、

「今、噛み合っていないのは、本当に成果物の問題なのだろうか」

を考えた方が良い場合があります。

色なのか。
ロゴなのか。
写真なのか。

それとも、

「誰に、どんな気持ちで手に取ってほしいのか」

という前提の方なのか。

部分修正では済まない違和感があるとき、
本当に見直すべきなのは、成果物ではなく、その成果物を成立させていた前提の方なのかもしれません。



戻ることは、退歩ではありません。

前提を見直すことは、ここまでの努力を無駄にすることではなく、今の違和感をこれ以上大きくしないための前進になります。

むしろ、戻れなかった経験がある人ほど、この違和感はよく分かるのではないでしょうか。

【まとめ】

・一度通ったデザインでも、途中で前提が変わると噛み合わなくなることがある
・人は「ここまでやったんだから」と、今あるものを活かしたくなる
・その結果、成果物の部分修正で何とかしようとしてしまう
・修正を重ねるほど、最初にあった魅力や“魂”が少しずつ抜けていくことがある
・プレゼン技術で“通せてしまう”からこそ、本質的なズレを見逃すリスクがある
・部分修正では済まない違和感があるとき、本当に見直すべきなのは、成果物ではなく、その成果物を成立させていた前提の方なのかもしれない

会議では通ったのに、あとで覆る理由

インセプション型プレゼンシリーズ


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