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【伝わるプレゼンの探求】 なぜ、正しいプレゼンほど反発を招くのか | 説得が失敗する理由

この話は、ここから続いています。


この記事でわかること

  • なぜ、論理的に正しいプレゼンほど反発を招くことがあるのか

  • 人が反発しているのは結論そのものではなく、受け取り方の構造であること

  • 人は「納得」はしたいが、「説得」はされたくないということ

  • 次に見直すべきものが、内容ではなく順路であること

|正しいことを言っているのに、なぜか通らない理由

会議の終盤に「理屈はわかるんだけどね」と言われ、何が引っかかっているのか掴めないまま終わる。

そんな場面は、思っているより少なくありません。

プレゼンで、筋の通ったことを言っているはずなのに、なぜか空気が重くなる。

根拠もある。数字もある。論理も通っている。
それなのに、相手の表情は固くなり、反論が増え、その場では否定されなくても前に進まない。

そして多くの場合、話し手はこう考えます。

  • まだ理解されていないのではないか。

  • 説明が足りなかったのではないか。

だから、もっと丁寧に説明しよう、と。

けれど、そこで起きている問題は、必ずしも説明不足ではありません。

正論が反発を招くのは、あなたが伝えたいことが間違っているからではない。
その正しさが、相手の判断する余地を奪う形で届いてしまうからである。

相手は、ただ情報を受け取っているのではありません。
その話が、自分の立場、経験、利害、これまでの判断基準とどう噛み合うのかを見ています。

そのとき、どれだけ内容が正しくても、
それが「もう結論は決まっている」「自分はそれに従うだけだ」と感じられる形で差し出されると、納得より先に防衛の構えが生まれやすくなります。

|人は、結論そのものに反発しているわけではない

人は、論理的に正しい話そのものを嫌っているわけではありません。
筋の通った話には、本来うなずけるはずです。

それでも反発が起きるのは、相手が自分で判断している感覚を失うからです。

  • 結論が間違っているからではない。

  • ロジックが弱いからでもない。

相手が反発しているのは、結論そのものというより、それが自分の考えとして引き受けられない形で現れていることです。

言い換えれば、

人は、正しい結論そのものに反発しているのではない。
それを「自分の考えだ」と思えないことに反発する。

表面上は、単なる違和感や警戒感に見えるかもしれません。
けれど、その奥にはしばしば、「自分で考え、自分で判断したと思える余地がなかった」という感覚があります。

|「納得」と「説得」は、似ているようでかなり違う

プレゼンでは、この違いがとても重要です。

説得は、他者の論理によって自分を動かされる感覚です。
一方で、納得は、自分の中で筋が通り、自分の判断として引き受けられる感覚です。

外から見れば、どちらも同じ結論に至ったように見えるかもしれません。
けれど、受け手の内側で起きていることはかなり違います。

説得されると、人はどこかで抵抗したくなる。
たとえそれが正しくても、自分の意思が宿らない限り、その結論は自分のものになりません。

逆に、納得が起きるとき、人は「言われたから」ではなく、「そうなるよね」と思える。
自分で辿り着いた感覚があるからこそ、その結論を引き受けることができます。

だから、人は
「納得」はしたいが、「説得」はされたくない。

|正論を重ねるほど、かえって動かなくなることがある

ここは、かなり誤解されやすいところです。

話し手の側から見ると、根拠を増やし、数字を示し、論点の抜け漏れを減らすことは、プレゼンを強くする行為に見えます。
実際、それ自体は間違いではありません。

けれど、正論を積み上げることが、そのまま納得につながるとは限りません。

相手は情報の総量だけで動くのではなく、その情報がどのような流れで自分の前に立ち上がるかに反応しています。

正論が次々と積み上がると、受け手の側では、

  • もう結論は決まっている

  • 今さら違うとは言いにくい

  • 自分の考えを差し挟む余地がない

  • これは共有ではなく、押し込みではないか

と感じやすくなります。

つまり、正論が逆効果になるのは、正しさが悪いからではありません。
その正しさが、相手の中で結論を育てる形ではなく、外から完成品として置かれる形で届いてしまうからです。

ここで起きているのは、論理の失敗ではなく、受け取られ方の失敗です。

|見直すべきなのは、内容より「辿り着き方」である


ここまで見てくると、プレゼンで本当に見直すべきものが少し変わって見えてきます。

問題は、あなたがプレゼンで伝えたい内容そのものにあるのではない。
問題は、その正しさが、相手にとって自分の考えとして受け取れない形で届いてしまうことにある。

だとすれば、見直すべきなのは、何を言うかだけではありません。

相手がどの順番で何を見て、どこで引っかからず、どの地点で「そうなるよね」と思えるか。
その辿り着き方そのものです。

プレゼンは、正しいことを全部言う競技ではありません。
相手の中に、判断が自然に立ち上がる順路を整える設計です。

人は、正しい結論そのものに反発しているのではない。
それを「自分の考えだ」と思えないことに反発している。

だとすれば、次に考えるべきことは一つです。

何を言うかより、何を先に見せるか。

その順番が変わるだけで、同じ内容でも、プレゼンは「説得」から「納得の支援」へと少しずつ変わっていきます。

こうした変化を、私は「インセプション型プレゼン」と呼んでいます。

本記事のまとめ

  • 正しいことを言っているのにプレゼンが通らないのは、内容が間違っているからとは限らない

  • 人が反発しているのは、結論そのものではなく、それを自分の考えとして引き受けられないことである

  • 人は「納得」はしたいが、「説得」はされたくない

  • 正論が逆効果になるのは、正しさが相手の判断する余地を奪う形で届いてしまうからである

  • プレゼンで見直すべきなのは、何を言うかだけではなく、どう辿り着かせるかである

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