【伝わるプレゼンの探求】 共有すべき景色をそろえる、とはどういうことか|インセプション型プレゼンの前提設計
この話は、ここから続いています。
この記事でわかること
人が納得するとき、何が揃っているのか
プレゼンで共有すべきなのは「情報」ではない理由
前提・制約・比較軸がズレると、なぜ議論が噛み合わないのか
順路設計において、最初に整えるべきもの
|人は、同じものを見ていない
前回の記事では、
プレゼンは「何を言うか」よりも「何を先に見せるか」で変わる、という話をしました。
では、そのとき最初に見せるべきものは何なのか。
ここで多くの場合、「わかりやすい説明」や「結論の提示」が思い浮かびます。
けれど、その前に揃っていないものがあります。
話し手と聞き手が、同じ景色に立てていないことです。
同じ資料を見ていても、
同じ言葉を聞いていても、
人は必ずしも同じ景色を見ているわけではありません。
前提の理解が違う
置かれている立場が違う
守るべき制約の認識が違う
何を重視するかという判断基準が違う
この状態で議論を進めると、結論だけをいくら重ねても噛み合いません。
話し手は「なぜ伝わらないのか」と感じ、
聞き手は「なぜその結論になるのか」と感じる。
どちらも間違っていないのに、すれ違いが起きる。
その原因は、情報の不足ではなく、
見ている景色のズレにあります。
たとえば会議の中で、
「それって、そもそも何の話でしたっけ」
「前提はどこまで共有されていますか」

といったやり取りが出てくるとき、
多くの場合、見ている景色が揃っていません。
|共有すべきは「情報」ではない
プレゼンで共有すべきものは、単なる情報ではありません。
もっと手前にある、判断の土台です。
どの前提に立っているのか
どの制約の中で考えているのか
何を比較軸としているのか
どこを評価基準にしているのか
こうしたものが揃っていない状態で、
いくら正しい情報を積み上げても、納得は起きにくい。
人は情報そのものではなく、
「自分の基準でどう判断できるか」によって動くからです。
|なぜ「景色」が揃わないと納得は起きないのか
人は、「言われたから」ではなく、
「そうなるよね」と思えたときに動きます。
そのためには、結論に至るまでの道筋を、自分の目でたどれる必要があります。
けれど、
前提が共有されていない
制約の認識がズレている
比較軸が異なっている
この状態では、その道筋が見えません。
結果として、結論は「外から与えられたもの」になり、
自分の判断として引き受けられなくなる。
ここで違和感や抵抗が生まれます。
|情報は同じでも、受け取り方は変わる
ここで起きているのは、情報量の問題ではありません。
同じ内容でも、
評価や解釈とともに提示されると、それは結論として受け取られやすくなります。
情報を与えるという行為は、
受け取り方によっては、判断を先に決められているようにも見えます。
一方で、同じ内容でも、
そのまま見える形で置かれていると、
それをどう受け取るかは聞き手の側に残されます。
違いは、情報の中身ではなく、
判断の余地が残されているかどうかにあります。
|順路設計の第一歩は、地形をそろえること
ここまで見てくると、
プレゼンで最初にやるべきことが見えてきます。
いきなり結論を提示することではありません。
まずやるべきなのは、同じ景色に立つことです。
どこから考え始めるのか
どんな制約があるのか
何を基準に判断するのか

これらが揃ってはじめて、
同じ道筋をたどることができるようになります。
その上で結論が現れたとき、
それは「言われたもの」ではなく、
「自分でたどり着いたもの」として受け取られます。
本記事のまとめ
納得は、情報量ではなく「景色の共有」で起きる
揃えるべきは、前提・制約・比較軸といった判断の土台
景色が揃っていないと、結論は自分の判断として引き受けられない
情報は同じでも、置き方によって受け取り方は変わる
順路設計は、結論ではなく地形をそろえることから始まる
